第12話 気遣いに恩と、ただ懺悔
「あれ、お嬢さまではないですか……! 今から行こうと思いましたが、逆に迎えに来てくれたのですか? 念願の書庫は、もう良いのですか」
偶然に、書庫を飛び出して居たら出会ったのは目的のフロウラントであった。謁見はかなり長引いたらしいが、疲れた顔はしておらず逆に生き生きとした表情をしていたので、やはり皇帝と紡がれるのは実りある会話であった事は確かなのだろう。
「ええ……今日は、久し振りに外の光を浴びたからか疲れてしまって、それと色々……今日は良いです。今度、万全の状態でゆるりと読み漁ろうかと」
「……そう、です、か。そうですね、お嬢さまの為にそもそも来たのですし、書庫の場所も覚え門番の兵とも顔見知りになったのですから大丈夫なのでしょう」
何を察してかフロウラントは優しく言葉を返してくれる。普通だったら「先に行っている」と口にしたのだから淑女らしく公爵家の令嬢らしく目上の人に言った言葉に嘘偽りもなく大人しく書庫で待って居るのが礼儀なのに。
無礼を、許してくれるこの人は、困ったように悲しむようにイクシャに笑みを向けることが多い。そんな風にさせてるのは何時の時だってイクシャ本人だ。
「……私って、本当に駄目な、令嬢の端くれにもならない人間です。考えなし故に起こした無礼を、お許し下さいませ」
頭を垂れて自分の罪悪感を消そうとする、悪い人間。素直でも無くて子供らしくも無く図々しく許しを請おうとする自分主義な女。あの日から、リュシアンがきっかけで改心したつもりなのに結局は自分勝手になってしまう。他人を傷つけている事に見て見ぬ振りをして無知に可愛く振る舞って愛を貰おうとする、他人の事を責められもしない邪悪な悪魔。
「そんな事、ありませんよ。お嬢さまは私にとって娘のような存在なのですよ。幼い頃からずっと見て来て本当に可愛く思えてしまい甘やかし過ぎてしまう事が多い。そんな公私の区別のつかない家庭教師あるまじき私を先生と慕ってくれるイクシャさまに此方こそ謝罪したいです」
(……そんな風に責め立てて欲しいのに、誰もしてくれない。此処の人達は、シアンは、お父さまはお母さまは、ベル先生は、ロゼは、アーノルドは……クロヴィスは………優し過ぎる。きっと私が悪女に戻ったって庇ってくれるような期待をしてしまいそうになる程、温かい)
驚く程に前回の人生とは対応が違うし、掛けてくれる言葉も慰めや誉め言葉ばかり。
それがなくなってしまうと言う想像をすると胸が張り裂けそうになる風に辛くなる。地獄に落ちるのが怖かったのにも、今ではその方が凄く、怖い。
「私は、幸せ過ぎるのかもしれないです」
「お嬢さまだからですよ? お嬢さまが優しく温かいから周りの人間もうんと優しく温かくなるのです。そして、幸せが周りに量産されるのですよ。貴女さまのお蔭で多くの人が変わり多くの人が笑顔に満ち溢れました」
「……そんな言われるような人間じゃないのに」
「そういう所ですよ」と目線を合わせて頭を大きく角ばった手で撫でてくれるフロウラントはふんわり微笑んだ。
「お嬢さま、馬車を用意しておきますので其処の庭園にあるベンチで待って居て下さいますか? 今度こそは見失わない為にも、迷子にならない為にも居て下さいね?」
「……解りました。ご足労掛けて申し訳ないです、そして、宜しくお願いしますね」
そうすると満足そうな顔をして頷くフロウラント。丁寧に礼をして馬車のところへと行ってしまう。
(逆に気を遣わせてしまったわね……)
イクシャが悩んで疲れているように見えたからこんな綺麗に咲き誇る花々を見ながら一人の時間をわざわざ取ってくれたのかもしれない。
「昔から世話になりっぱなしだわ。この恩をどう返せばいいのかしら」
何時も何時も、取り乱した時に迷惑を掛けてしまう。その度にフロウラントは大きな胸で慰めて褒めてくれるから。咎める事なんてしたことないから、甘えてしまう。
(……前回の人生の時も同じように。私が授業をすっぽかしたって真面に話を聞かなくたって、歩幅を合わせて歩こうとしてくれた)
「あんな善い人を困らせて居たなんて愚かだったなあ」
独り言を呟きながら庭園へと吸い込まれるように歩く。皇太子殿下であるアンブロワーズの婚約者として妃教育の後、出入りを許された書庫に毎日のように通っていた庭園。この白樺のベンチや庭園の真ん中に聳え立つ大樹。この大樹は如何なる時も涙する時も怒る時も笑う時も、冷静に己の事を見下ろしていた。
「……そして、この大樹は」
アンブロワーズとの出会いの場所────。
光に溶けてしまいそうな風に靡く黄金色の髪、力強い意志を感じる蜂蜜を宝石のように固めてそのまま嵌めたように煌めく瞳、爽やか且つ雄々しい端麗な顔立ちは色を失った視界の中で色濃く映った。何よりも、胸が初めてぎゅっと鷲掴みにされたような気分になった。
今でもすぐに思い出せる。どれだけ汚く醜い自分とやつれて距離の離れて行ったアンブロワーズとの喧嘩やフェリシテを排除しようとしてきた悪行の数々に塗りつぶされたとしても、瞼の裏に焼き付いて離れない。
─────「誰だ、其処に居るのは」
(そう、彼は、こんな風に凛とした声音で話しかけて来たわね……いえ、そんなわけないわ。ただ兵が間違って入った子供と思いぶっきら棒に声を掛けて来たのよ。だから、大丈夫)
イクシャは声を聞いた時、一瞬、耳を疑い、頭に浮かんだ事を必死にそんなわけないと一蹴りをし、次に眼を疑った。
振り返れば、其処に居たのは爽やか且つ雄々しい端麗な顔立ちをした黄金色の髪をした少年だったから。
大輪の向日葵が咲く蜂蜜色の瞳を真っ直ぐに向けていた。




