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逆行悪女は弟を愛でて生きたいです  作者: 朝吹はづき
序章 「私が絶望と決意をした日」
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第0話 オープニングは牢の中からでございます(2)


 ──「ぁ、あ、ねうえ……ッ」



 自分を“姉上”と呼ぶ人間がいたか。いいや、いない──いや、居た。記憶の片隅にある家族と言う思い出にもならない日々の中にいた。可愛らしい天使のような薄灰色の髪に碧眼を持つ自分の二つ下の男の子。


 亀のような動きで痛みを隠しながら起き上がる。気付いた様子もない。夜空の中で一斉に輝く星の瞬きを閉じ込めた碧眼が煌めく。


 家族と言う形は呼び名だけであり実態は学校のような、そのような他人行儀な家族がローベル家であり家族の絆もないと言われ続けてきた要因である。あの婚約破棄のパーティーの場でも何も口を出さなかった父。

 その、イクシャが二桁になった頃、出て行ってしまった母を引き留める最後の砦であった待望の息子。やっと困難の果てに産まれた子であった。だから名前は、そう。



「リュ、シ……アン?」


 色褪せた記憶から引っ張って来た名前は合っているらしい。安堵するも、すぐに此処に来られた事が不思議でならなかった。大罪人イクシャの牢は普通の罪人が入る牢よりも厳重に保管されている所になる。其処に見張りの眼を掻い潜るなんてまず不可能だ。


「どうし、て」


 乾いた唇が静かに動く。その先の零れた言葉は彼の耳には届くまいと思ったのにちゃんと消えてしまいそうな音量の声を拾ってしまう。その言葉を耳にしたらしいと分かったのは表情が突然に強張ったから。



「はっ…………こんな、私に会いに来て何になるの。着飾って薔薇になろうとした果てがこれ、化けの皮がはがされて中にはこんな醜い女。愛されたいを愛されてると錯覚して馬鹿みたいに追い掛けた女の末路、こんな姿を笑いに来たのね」


 そんなこと思ってもみないことなのにも、こんな自分にも家族が、それも弟だけどそんな人が会いに来てくれて嬉しいと思っているのにも口が勝手に動くわ悪女のような笑みを浮かべてしまうわ。何もかも思い通りにならない。


「帰りなさい、もう、帰ってよ……ッ!」



 ──「しっかりして下さい姉上……!!」



 錆び付いた格子を抉じ開けるようなくらいの勢いで掴み、怒鳴り込む姿に呆気にとられる。天使だと言われこれまた可愛がられた弟のようなようでない男が見ず知らずの馬鹿女に諫めてくれる。奇麗な顔が皺を寄せられて迫力を感じびく、と身体が強張る。


「………やはり、殿下との婚約を反対しとけば良かった」

「は」


 心底に悔やむ顔。どういう事だ。こんなことを犯した娘が居る公爵家は没落し、リュシアンだけでもなく使用人も路頭に迷うだろう。迷惑女のことを考えて居るのか。怒鳴り込みにでも殺しにでも来たわけでなく危険を冒してまで只面会に来たと言うのか。


 利益ばかりを気にしてきたイクシャも自分の馬鹿さを悟ったが、理解出来ない行動であった。


「ずっと心配だった。姉上が、苦しさや辛さも投げ出したいから受け止めて欲しいから殿下に盲目に走って、何時か壊れてしまうのではないかと。それを見越していた上で婚約を聞きつけた時に行動出来なかった。姉上を引き留めることも出来なかった」


 声も出さずに、あの日のように、と口を動かす。きっと聞かれたくなかったことだったからだろう。でも何を言っているのかイクシャにも手に取るように分かる事だった。頭が良いと言われていてもやはり年下であり子供で関わりはなかったとしても弟であることは事実無根。


「……リュ、シア、ン」

「どう……して、僕の家族は何時もいなくなってしまうのですか。どうして、姉上までそうなってしまうのですか。姉上まで、どう、していなくなってしまうのですか!? もう、僕はッ家族を失い、たくない、のに……ッ!!」


 血の気が引いてくる。また自分中心で物事を考えてしまった。

 リュシアンは幼いながら母を失った。奇妙で不思議で恐かったろう。周りの空気も慣れないが一生懸命によんで頑張ってきたに違いないのに。

 幼いからこそ、考えを上手く伝えられない。突然母が居なくなったら悲しいじゃ済まないだろう。今まで甘えていた存在が消え、実質自立していかなくちゃいけなくなってしまったその状況が己だったらと不安で生きてはいけないだろう。

 


「ご、めん、ね………“シアン”」


 

 気付けば、鉄格子を悔し気に掴む手に自分の手を重ねて謝っていた。リュシアンはその瞬間、大粒の涙を流し始める。真っ赤になって、泣きじゃくって嗚咽をして。声を押し殺すのも儘ならないで。

 本当はリュシアンは子供のままで大人になる為の拾わなければいけないピースを拾わずにぽっかりと穴が開いたままで歳を重ねていたのだろう。


 だから、辛い時は泣いて苦しくて悩んでる時は素直に打ち明けると言うことを知らなかった──それは自分も同じだ。

 リュシアンの手を握ってあげられる存在になって居ればと悔やむも悔やみきれない。どうあがいたって過去には戻れない。そのような魔法なんて無いのだから。あったとしたもそんな魔法をこんな女にかけてくれるような魔法使いが筈がない。




 べそを掻いて帰っていく姿に胸が痛んだ。


(あぁ本当に馬鹿で愚かな女ね。イクシャ・リセ・ローベル、身勝手で自己中心的で、隣にずっと同じように苦しんで悔しんで辛さを抱え込んできた小さな姿がいたことを見落とすなんて)


 リュシアンは己のことを考えてくれていたのに。家族として心配してくれていたのに。


「ほんっと馬鹿で愚かな女……何にも解ってないお前が過去に戻りたいを願う資格なんてないのよ」


 でも、でも。リュシアンの為ならば少しくらい願っても良いんじゃないかしらとイクシャは項垂れつつ思う。

 明日死んでしまうのが確実な女の願う儚く脆く、馬鹿で愚かな夢。それが夢だと判っても別に良い。見続けたい、そんな夢だったら。


 神さまがやり直しを許してくれて夢みたいな事が起こるのならもう間違わない。

 同じように愛を欲して、だけど言い出せなかった弟に精一杯の愛と感謝を込めて罪を犯さず、誰の邪魔もせず、平凡に生き切って弟の望むもの全てを与えよう。幸せを見届けてその気持ちのまま一生を終えようと切実に思う。


 どうか。

 白々しく輝きを放つ三日月を見上げたイクシャはそのままあの日、静かに眠りに落ちたのだった。




 ──「ちょ、ちょっと、ねえ!! ねえ、イクシャさま、起きてよイクシャ……っ! ねえ、起きてよ、イクシャさま、イクシャ………っ」



 消えそうなくらいに怯えた声が聞こえる。突然意識を失ったイクシャに驚いて、この寒い地下牢の中ずっといたのだろう。どんなに意地悪で嘘吐きでもフェリシテの心中に良心と言う大切な欠片がある事に何故か安堵したのも束の間。


 揺さぶられる感覚を覚えると共にまた、酷い痛みがやって来る。頭痛と共に腹痛。声にもならない叫び、呼吸も上手く出来なくなる。


 願っていた“迎え”が処刑よりもまさか先に来るなんて悪女が死ぬお約束を破り過ぎていると苦しみ藻掻く辛さに悶え寒気に吐き気に襲われるイクシャは蒼褪めた顔色で薄ら笑いを浮かべた。


 なら、願っておこうか。もう一度。


 神さまがやり直しを許してくれて夢みたいな事が起こるのならもう間違わない。


 同じように愛を欲して、だけど言い出せなかった弟に精一杯の愛と感謝を込めて罪を犯さず、誰の邪魔もせず、平凡に生き切って弟の望むもの全てを与えよう。幸せを見届けてその気持ちのまま一生を終えようと切実に思う。


 だから、だから、この哀れで愚かで馬鹿な女の願いを、どうか。


 一度だけでいいから一度も助けてくれなかったのだから、一回だけでもわたしに微笑んでよ、いえ、手を差し伸べてくれませんか。


 格子の先に見える細々と輝く月を眩し気に見つめ、脳に霧みたいにかかる眠気に抗えず、また目を伏せたイクシャ。

 人々が押し寄せてイクシャの意識を確かめても尚、肩を揺さぶり続けた、少女が居た。


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