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逆行悪女は弟を愛でて生きたいです  作者: 朝吹はづき
第一章 「目覚めたら七歳でした」
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第9話 言葉も出来ない感情への歯痒さ

 無事に涙も枯れたようでもう泣き声も羞恥心により上げられなくなくなって只々申し訳ない気持ちがイクシャの胸の内を占めていた。

そのせいか、フロウラントが話す需要のある授業の内容も、頭にはよく入らなかったのは事実。

 フロウラントはイクシャが浮かない顔をしているのを察してくれて復習を兼ねて同じ授業を時間を作ってやってくれると穏やかな笑顔で言ってくれてホッと安堵していた。



 そんなちょっと気分の良いイクシャは鼻歌交じりにスキップをして愛しの弟の待つ書庫へと向かおうとしていた所で、声を掛けられる。遅いかもしれないけど何かに付けて使用人から注目され噂話の的であることからまた酒のつまみにでもされたら溜まった物じゃないと慌てて淑女らしく佇まいを直し花が舞うようにゆっくりと振り向けば、声を掛けて来たのは執事長だったことが判る。


「シャーロック……ど、うしたの」


 嫌な予感がする。シャーロックとは殆ど話したことは無かった。料理人下男下女侍女執事などの全ての使用人を取り仕切る執事長はベルナールの後ろにくっついて離れない者だと認識しており、それが己やネニュファールに近付いてきた場合何かの御呼出しがある事は経験上確かなことだ。

 前回の人生の時もシャーロックに痛い目にあわされたのを憶えている。あのことは何があっても一生忘れないつもりだ。

 イクシャが嫉妬や羨望、独占欲の悪と成り果てた幼い子供の夢や希望によりいじめ、嫌がらせ噂話などの悪行や呪いを高笑いをしながら行っている所を目にしておきながら黙認し続け、イクシャが窮地に立ったあの舞踏会の時にベルナールと一緒に更に追い込み証人として登場したとんでもない男だと言うことは記憶済み。

 今回もどうせ己にとって悪いことなのであろうと訝し気に顔を険しくさせるイクシャに迫力を感じたのかシャーロックは目を見開いてから、何時ものように澄ました顔に戻って。



「旦那さまがイクシャお嬢さまに御話があると言うことです。紅茶や菓子を用意させているので書斎部屋に早急にお向かい下さいませ」


 (……ほらね!)


 シャーロックが己に近付いてくるのは悪いことの予兆だ。もう解っている。眉間に指をやって皺を刻むのを防ごうとして、苛々とする気持ちを宥めよう、抑えようと深呼吸を繰り返しながら。


「拒否権は?」

「……は、」

「だから拒否権は? お父さまに御呼びが掛かったのだから行かなきゃならないのは解るのだけれど、私はその前に弟のシアンとの先約があるの。“淑女らしく”約束は守るべきでしょう?」


 此処でそれを出すのかと眉が吊り上げられる。拒否権はあるのだろう。だが、シャーロックとしては大人しく主人の待つ書斎に行って欲しいのだろう。任務を遂行しなければならないと釘を打たれているから、だからこそイクシャは抵抗する。

 前回の人生での彼が己にした行為、全てを赦す訳ではない。此処で何とか時間を稼いで、困らせて苛立たせて焦らせて気が気ではなくなるようにしたいのが本音。ベルナールが憤慨すれば共にシャーロックも叱られるのではないかと思う。


(我ながら酷い意地悪ね。過去のシャーロックはともかく今のシャーロックは何もしていないのに、その罪をこっちに償わせようだなんて……でも、あれは赦せなかった。私の行動で彼が今までの残虐な出来事がなくなり人生が変わるとしても、シアンと私の未来を危うくさせるこの人間には私の恐ろしさと言うものを知って欲しい)


「まさか淑女がどうとかってベル先生に習わせてる癖に、自分の命令に従ってシアンとの約束を破りなさいってお父さまは言ってる訳? それって、正気なのかしら? お父さまが来なさいって言ったのはシアンとの約束を知らなかったからでしょう? ねえ、早く指示を仰いで来てよ」

「ですが、お嬢さまっ」


 深い皺が何個も刻まれた顔に汗が伝う。それは緊張と焦り、恐怖から出て来たものだと願うことにする。

 此処まで前回の人生での悪女と人々から忌み嫌われ、その外見から滲み出すどす黒く人々が鼻を抓む程の臭い腐り果てた愛情恋情、希望夢恨み嫉妬を抱え込んで暴走に走ったイクシャを思い出してあれやこれや威圧感を与える為の居住まいや表情を作っているのにも何も反応を示さず暑いからと汗を流されたら演技が水の泡だ。


「何が、『ですが、お嬢さまっ』よ!? ねえ何時私が貴方の意見を許したの? ねえ使用人の癖に主人に向かって口答えするの? お父さまだけが自分の主人だと思ってるの? それって間違いよ、貴女はこのローベル家に仕えてるんじゃないの、だったら私も主人になるでしょ。お父さまと同じように対応してよ」

「もッ申し訳ございませんッ! イクシャお嬢さま……ッお静まり下さいませ!」

「馬鹿みたい、そんな風に謝っても私は行かないのに。こんな惨めなことしているんだったら早く独りで来ない者を待っているお父さまの元に向かったほうが良いんじゃないかしら?」


 今が子供でどれだけ良かったと思うだろう。子供だから許される突然の癇癪、悪態。これが子供じゃなかったら頬を平手打ちにされていたことだろう。

 屈辱に侵されるシャーロックの顔は頬が赤く、頬から下は真っ青だった。ぷるぷる震えて此処まで虐める必要があったかと思ったけど彼の行いを考えればそれ相応、いやまだ足りないのではと感じたイクシャ。


 そそくさと逃げるように走り去る姿を見つめ、思わず笑みを浮かべてしまったのが元悪女。良い気分愉快愉快と微笑む、窓から反射する現在七歳のイクシャの顔はもう、悪女に近しいものだったことをシャーロックだけが知っていた。


 花よ蝶よとネニュファールから愛されるようになった継承者であるリュシアンからも懐かれ尊敬される姉は、実は相当な腹黒い人間じゃないかと震え上がった。それが舐めては掛かれない隙も無い人間だとも。


「……でも、疲れるわね。あんなに声を張り上げて意地悪そうに筋肉を保つのはこれが最後なことを願うしかないわね」


 二度目の人生になってから腑抜けた顔やだらしない顔、泣き顔しか多くはしてこなかったイクシャはじんじん攣って痛む口元の筋肉を小さな指で擦った。






 ▲ ▽ ▲



 (……自分のしたことを今一番後悔している気がする……)



「イクシャ、正午前に伝えた通りお前には込み入った話がある。今は夕食も食べ終え勿論、先約もないだろう? 今度こそ一緒に来て話をさせて貰う」

 

 彫が深い美しい顔は今まで以上に恐さ倍増厳つさ倍増で己の瞳にお届けされる。

 辺りを見回しても助けてくれるような人はいない。好奇に満ち溢れた眼差しでイクシャを突き刺す。

 何時も庇い抱き締めて勇気を振り絞ってベルナールに意見をしてくれるネニュファールは今日の午後から部屋から籠って食事も摂らず泣き喚き物を壊し割り、壊れたように布団の中に蹲っては死んだように窓の外を見つめて可笑しくなっていた。だけど、己やリュシアンが逢いに行けば再び優しい母に戻る。

 医者にどうして母はこうなってしまったのかリュシアンと一緒に訊いた所「持病とまで症状が重くなって不眠症も引き起こしていた心の病、睡眠不足と過労が重なった」と告げられてしまい言葉を失った。


 まさか心の病を患っていたとは誰も知り得なかった。元々病弱だった為に医者が頻繁に出入りしていたが、睡眠薬や安静剤が処方されていたなんて誰もが信じられなかったこと。その衝撃も束の間、早く悩みと悲しみや苦しさ辛さの種を取り除かなければもう意識もなくなってしまうと。


 リュシアンは言っている意味は半分解らないようで首を傾げて居ても場の空気から悲しいことや辛いことと言うのは判別できるようでその部屋の状態や穏やかで優しい母の変貌の衝撃から泣き叫びながら寝てしまった。



「は、……は、ぃ……」


 声が震えてしまう。誰も護ってくれる人のいない状態で、誰も傍に居てくれない状態で。この家の当主であり何もかもを破滅に導く元凶と二人きりで一緒の時間を過ごすなんて、考えられない。虎の巣穴に無防備で入るようなものだ。


 だけどそれを断る名分も理由もない。戦う術も無ければまだこの人に立ち向かう勇気すらも無い。従うしかない、それしか、方法が無い。有り得ないくらいに震え上がり鳥肌が立つ小鹿のような己を自分で抱き締めた。


 そんなイクシャをそっと尻目に見て、眉を寄せて前を向いたベルナールは息を吐いた。言葉にも出来ない雲のように分厚い感情が取り巻いて離れない胸倉を握り締めていたベルナールは一歩一歩、後ろに実の娘なのにも己に可哀想な程に震え怯え苦しむ少女を引き連れゆっくりと歩み出す。


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