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逆行悪女は弟を愛でて生きたいです  作者: 朝吹はづき
第一章 「目覚めたら七歳でした」
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第8話 円は丸く繋がらない

 フロウラントも居ないこの独りきりの学習室に、恐ろしい怪物にも追われる映画の中の少女のように慌てて入ったイクシャは、そのまま扉の前に座り込んでしまう。息が詰まり、上手く酸素を吸い込めない喉はひゅと可笑しな音を立てる。胃酸が込み上がって来そうで口に手を添えた。


「どう、いう……こと、なの?」


 掠れた声で独り言を呟く。自分が睨んでいたことが正反対のことだった大きく裏切られた。


 ──『どうしてそんなに冷酷無情に生きられるの……?』

 ──『最初から君の事を、愛してなんか、いない』

 

 冷え切った言葉の数々が刺すような頭痛と共に脳内を何度も巡る。

 それと同時に悪寒が背中にさし、真冬の中をいるように手足は寒く冷たく、それでも顔は火照っていて寒暖差に体調が悪くなりそうだった。ローベル家はイクシャの事を第一に考え温度を管理する機械などを完備している筈が、可笑しい。


 何もかもが可笑しい。


「……なん、で、」


 ベルナールはネニュファールのことだけを想い、その他のイクシャとリュシアンには関心を示さず愛も抱かずだからこそ子を想い慈悲深いネニュファールと道を違えると思っていた。ベルナールに傷付けられる子供を見たくないと静かに人知れず離婚を迫るのだと思っていた。

 だけど、実際はベルナールは誰のことも好きではない。愛も抱いていない。全ては仕事の為、家門の為、家督の為と言うようにまるで家族と言う商品や駒を量産した言うなれば商人のように無情だ。感情も無いロボットのようだ。


「……じゃぁ、……ぃままで、私は……なにを」


 今まで母のように愛してくれるかもと期待を抱いてあの大きな扉の前に立ち尽くして、温かな光が己を照らすのを待って居たのに。

 ベルナールの帰りが速くなるか遅くなるかで一緒に夕食を食べれるかなと一喜一憂し、毎年行われた誕生日パーティーに今度こそは己を優先してエスコートし世の父親と同じく笑顔で「よく成長したこれからも宜しくな」なんて言いながらプレゼントをくれるのだと楽しみに、それを渇望していたのに。


(ほんと、私は……馬鹿で狭い視野しかない幼稚な人間な事ね……)


 結局は父にとって己は仕事の為の手段でしかなかったのに。それが終われば「家族ではない」と棄てられてしまうような効果も僅かしか与えない小さな小さな駒で荷物でしかなかったのに。


 顔を腹と足の間で作られる溝に埋めて息を吐く。独りだと気楽だった。誰も居ないから何をやっても叱られず疎まれず困らせず涙させず呆れられずに済む。ネニュファールや他の者全員が誇りに羨望する公爵の一人娘、淑女らしさ何て、ベルナールが望むローベル家を支える柱何て忘れられて肩にのしかかった重荷を放り投げられる。


 気付けば安心していた。そして涙も流しやすかった。堪えていた涙は止めどなく溢れてしまう。リュシアンを想い幸せを願い何とか行動しようとしていたがこうなればもう救いようも手の打ちようもない。最初から好きではないと言い放った挙句、お互いに爆発した。


 前回の人生よりもずっと早く二人は離婚をし、ネニュファールはあの時のように寂し気で鬱々とし儚く脆い背中を自分達に向ける事になるだろう。


(私がシアンの為にこの家の為に動こうとするだけで悪くなっていくのね……悪化させないように幸せにするなんてどうすればいいの、このやり方は間違っていたの? お父さまは、もう変われないの、お母さまを私達を愛すことは出来ないの?)


 ──「イクシャお嬢さま……?」


 お尻が押され、体育座りを崩される。隙間が出来た所からは、紺色の髪が見える。凍り付いた悍ましい声を聴いたからか、その撫でるように甘い優しい声を耳にピアノの音のように心地良く響き渡るのを、涙がまた出そうになった。


「……良かった、具合が悪くて部屋の中で倒れて居たらと心配しました。どうしたんですか、目の周りが腫れていますよ? 大丈夫ですか?」

「……べ、るせんせ……ぇ」


 頬に柔らかく触れたその瞬間に涙が溢れ出す。あんなにも独りで泣いたのにも、吐き出したのにも。人の体温に触れてその体温に落ち着いて離れて欲しくないと思ってしまう。


「……大丈夫です。此処には私とイクシャお嬢さましか居ませんよ、泣き止むまで傍に居ますから安心して下さい」


 言葉と共に頭に、大きな手が下りて髪の流れに沿って滑らさせる。その言葉通りにイクシャは安心しきって、泣いて泣いて叫んで嗚咽交じりに不満を口にして、また泣いてを繰り返していた。


 男性。父親。誰かの父親。アーノルドの父親。

 そう思うとまた更に切なくなった。イクシャが本当に欲しいのは、望んでいるのはフロウラントが慰めて撫でてくれることでもなく誰かの父親が傍に居てくれる事でもない。

 同じ男性に同じ父親でも、己の実の父親であるベルナールの手が、自分の頭を撫でて抱き締めて慰めて優しくしてくれることを望んでいるのだ。

 母を傷付ける男だとしても、己を愛してくれないと解っていても、利用されていると知っていても棄てられてしまう未来が待って居るのだとしても。


 ──ベルナールが良かった。ベルナールが、笑いかけてくれるだけで良かった。他に何も、要らなかった。



「辛い事があったのなら奥さまにもベルナールにでも気持ちを吐き出すんです。それも難しいのであれば私に仰って下さいね」

「……ぁ、……ぅあぁん」


 返事したつもりなのに泣き叫んだ声になってしまう。どうしようどうしようと思っても頭は色んな悲しいことでこんがらがっていて上手く回らない。

 立派な大人だと言われる歳なのに、どうして。どうして、こんなにも子供らしく泣いてしまうのだろう。気持ちが理性よりも優先されてしまうのだろう。


 



「……かわいそうに」


 フロウラントから零れた一つの言葉だった。

 


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