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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

婚約破棄された侯爵令嬢は落とし前をつける。拳で。

作者: 坂東太郎


 フランクルム王国の王宮では、その日、特別な夜会が開かれていた。

 王立貴族学園の卒業パーティ兼、貴族子女たちのデビュタントとなるパーティである。


 絢爛豪華な王宮の大ホールは、この日ばかりは卒業生が主役だ。

 優秀さを見込まれて貴族学園に入学した平民にとっては、一生に一度の晴れの舞台である。

 もちろん、このデビュタントをもって正式に「貴族」として扱われることになる貴族子女たちにとっても晴れの舞台であった。


 将来に夢を抱く子供たちのために、親である貴族はもちろん、自分の子供が今年の卒業生ではない貴族も寄付をするため、この日の夜会は特別豪華となるのも名物だ。

 大ホールを飾る大きなシャンデリアは魔法の灯りがきらめき、提供される食事も飲み物も一流のものばかり。


 デビュタントを迎える卒業生は思い思いに着飾り——平民の卒業生は庇護を受けた貴族が用意した衣装か制服だ——、興奮に瞳を輝かせている。


 そんな、晴れの日に。


「アーデルハイト・フォアスト侯爵令嬢! 貴方との婚約を破棄する!」


 ふさわしくない言葉が、響いた。


 卒業生も親たちも、参加した貴族も来賓も、何事かと大ホールの中心を見やる。


「殿下、このような場で冗談が過ぎますわ」


「冗談ではない! ふん、貴族が集うこの場で悪事を暴かれるのがよほど嫌なようだな」


 そこでは、一組の男女が言い争っていた。


 一人はアーデルハイト・フォアスト侯爵令嬢。

 優秀な文官を輩出してきた侯爵家の娘で、本人も学業においては一番の成績を収めていた。

 剣術、実戦魔法等、戦闘系の授業は受けなかったため、「首席」は別の者に譲ったが。


 アーデルハイトに指を突きつけて鼻息も荒いのは、ルートヴィヒ・フランクルムだ。

 フランクルム王国の第二王子である。


 ルートヴィヒの背後には、学生時代より側近としてともに過ごした騎士団長の息子と宮廷魔術師長の息子、それに一人の女の子がいた。


 デビュタントの最中(さなか)に、王子が婚約破棄を宣言する。

 センセーショナルな出来事は大ホール中の注目を集めた。


 興味本位に目を輝かせるのは貴族の中でも低位の者たちである。

 「晴れの日に何を」と顔をしかめるのは中位、もしくは真っ当な感覚を持つ貴族たちだ。


 そして。

 国の中枢にいる貴族たちは、頭を抱えるか怒りに顔を染めるか感情を読ませない無表情か、表情が抜け落ちた無表情だった。


 けれど、すぐに王子を止める者はいなかった。

 何を言おうが、場に相応しくない言動だろうが、彼は「王族」なので。


「貴方は貴族であることを(かさ)に着て、平民のカミラ嬢をイジメたそうだな!」


「心当たりがありません」


「ふん、調べはついている! これが証拠だ!」


 王子が横に手を出すと、宮廷魔術師長の息子がさっと紙束を乗せた。

 騎士団長の息子はカミラと呼ばれた平民をかばうように一歩前に出る。


 それから、王子は「証拠」と称した紙束を読み上げた。

 カミラ嬢にマナーについて厳しく指導した、仲間外れにした、私物を故意に汚した、魔法理論応用の受講を妨害した。

 なかでも王子が糾弾を決意したのは、卒業パーティを間近に控えたある日、王子が用意したカミラ嬢のドレスを切り裂いたうえ、頬を打ったからだという。


 王子が「証拠」を読み上げるにつれ、表情を曇らせる貴族の顔は増えていった。

 侯爵令嬢が平民に酷い仕打ちだ————と思ったのではなく。


「殿下。すべては殿下たちかカミラさん、もしくは彼女の友人たちの一方的な証言であり、客観的な証拠がありません」


「言い逃れするつもりか! 平民の意見は証拠にならないと? 我らの証言もあるのだぞ!」


 責める王子と、キリッとした顔の側近、目にうっすら涙を浮かべるカミラ嬢を遠目で見ていた大半の貴族は天を仰いだ。

 卒業生やアーデルハイトの友人たちは拳を握り、悔しそうに唇を噛んでいる。


「殿下。なぜ、今日なのでしょう?」


「知れたこと! 今日はデビュタント。今日より貴族として扱われる貴方に、王族として罪を認めさせるため!」


「そう、ですか」


「なんだその態度は! カミラ嬢に謝罪の一つでもあれば考えてやったものを!」


 遠巻きに争いごとを眺める人だかりを割って、宰相が二人に近づいてきた。斜め後ろを歩いていた補佐役に何事かささやいて去らせる。

 ようやくこの場を収めてくれそうな人物の登場に、貴族たちも卒業生もほっとひと息を吐いた。


 だが。


 アーデルハイト侯爵令嬢は、宰相の接近を視線で止めた。

 肘まであるロンググローブを外して手に持つ。


「婚約破棄は受け入れましょう。幼い頃より築いてきた殿下への信頼は損なわれました。いまさら戻れません」


「では罪を認めるのだな? アーデルハイト!」


「いいえ、私は潔白です。ですから——」


 つかつかと、アーデルハイトが王子に近寄る。

 ぴたっと立ち止まって。



「——私が正しいと、証明しましょう。()()()()で」



 ロンググローブ(手袋)を、王子に投げつけた。


 刺繍が施されたレースのロンググローブは、王子に当たってふぁさっと落ちていく。


 フランクルム王国の王宮で最も広く、最も豪華な大ホール。

 国内の貴族とデビュタントを迎えた卒業生が集まったそこは、シン、と静寂に包まれた。

 お淑やかな侯爵令嬢が言い出した「決闘裁判」の意外性と、彼女の迫力によって。




「なにごとだ」


「陛下」


 大ホールの静寂は、一段高いステージに現れた国王によって破られた。

 豪奢なマントを背にたたずむ国王へ、侍従長と宰相が経緯を説明する。


 国王は、壇上から騒ぎの中心人物たちを見下ろした。


「直答を許す。アーデルハイト・フォアスト侯爵令嬢。何があったか、簡潔に申せ」


「濡れ衣を着せられたため、第二王子ルートヴィヒ・フランクルム殿下に決闘裁判を申し込みました」


「父上!」


「黙れ。アーデルハイト嬢よ。王命を下して事実を調べることもできるぞ?」


「デビュタントの今日この日に、私の貴族としての矜持と乙女の誇りが傷つけられました。恥を(すす)ぎたく存じます。私の、この拳で」


「あいわかった。だが日を改めることは許さぬ。やるならいま、この場で、だ」


「早急に決闘裁判の機会がいただけること、感謝いたします」


「父上! 話を聞いてください!」


「黙れと言っておろう。アーデルハイト嬢、決闘裁判の相手は四人のうち——」


「四名による糾弾です。四名全員でかまいません」


「はあ!? 俺たちを舐めているのか!?」


「ほう? よいのだな? フォアスト侯爵より()()()()()()()()?」


「はい。すべて覚悟のうえです」


「ふむ。フォアスト侯爵」


「こうなれば仕方ありませんな。父として、娘が()()()()()()()を祈るのみです」


「あいわかった。魔術師長——は関係者の親であったな。魔術師副長、結界で場を整えよ。騎士団長——も動かせぬか。近衛騎士は訓練用の武器防具を持て」


 国王の指示で、即座に人々が動き出す。

 倒れんばかりに青白い顔をした魔術師長を除く魔法使いたちは、大ホールの中央に集まって結界を張る。

 握り締めた拳からポタポタ血を垂らす騎士団長は近衛の代わりに国王の横に控え、近衛騎士たちは刃を潰した訓練用の剣や槍、革製の防具を運んでくる。


 王子とカミラ嬢は見つめ合いながら話をして、魔術師長の息子と騎士団長の息子は、親から一言だけ言い渡された。

 何を言われたのか、二人はそれぞれ目を見開く。

 ふたたび集まった四人は革の部分鎧を身につけて、得意な武器を手にする。

 一人の貴族令嬢相手に、四人がかりで完全武装である。


 一方で、アーデルハイト嬢は一人静かにたたずんでいた。

 武器や防具を手に取るでもない。

 近づいてきた父親と兄に困ったように笑うだけで、すぐ一人に戻った。


 あっという間に場は整い、決闘裁判の時を迎えた。

 審判は国王の信頼も厚い近衛騎士団長である。


「双方、前へ」


 四人と一人が近づく。

 やる気に満ちた四人に対して、アーデルハイトはドレス姿のまま。

 ロンググローブを脱ぎ捨てた腕は武器さえ持っていない。


 その姿を見た貴族と卒業生はざわついた。

 ある一団は、遠巻きに見ていたアーデルハイトの家族に駆け寄るほどに。


「失礼します。ベルンハルト・フォアスト侯爵令息とお見受けいたします」


「いかにも」


「あの、止めなくていいんでしょうか。僕たちがアーデルハイト嬢の潔白を証言します!」

「そうです! 彼女がそんなことしていないのはみんなわかっています!」


「そうか、君たちは妹の学友か」


「はい! ですからこんな、結果がわかりきった決闘は止めましょう! アーデルハイト嬢は何もしていません!」


「ありがとう。君たちの気持ちは嬉しく思う」


「じゃあ!」


「だが、貴族には矜持がある。このような場で傷つけられた以上、黙って見過ごすわけにはいかぬのだ。相手が誰であっても」


「そんな……」


「『結果がわかりきった決闘』か……私も、止めたかったのだがなあ……」


「え?」


「叶うなら、この決闘裁判で何を見ても、君たちはずっと妹の友達でいてやってほしい」


「もちろんです!」

「お兄様も覚悟のうえなのですね……」

「どれほど傷つけられようと、たとえ処断されようとアーデルハイト嬢と友達でいます!」

「こわい……貴族こわい…………」


「君たちの想像とは逆の意味なのだがな。まったく、せっかく眠らせた獅子を起こしてくれおって」


 そう言って、アーデルハイトの兄・ベルンハルトは大ホールの中央を苦々しげに睨みつける。


 決闘裁判は、いままさにはじまろうとしていた。


「私、アーデルハイト・フォアストはルートヴィヒ・フランクルム第二王子をはじめ、四名のみなさまが申し立てたことを何一つしておりません。この決闘裁判の勝利をもちまして、身の潔白を証明いたします」


「抜け抜けと! 俺、ルートヴィヒ・フランクルム以下三名は、決闘裁判の勝利にてアーデルハイト・フォアストが有罪だと証明しよう! 降伏は認めぬ! 戦闘不能をもって決着とする!」


「かまいませんわ」


「よいのですか、アーデルハイト嬢。この場合、王子側は四名全員が戦闘不能になった場合のみ、アーデルハイト嬢の勝利ということになりますが」


「確認ありがとうございます。それでかまいません」


 王子が出したあまりにあまりな勝利条件に、周囲の貴族がざわつく。

 人数差も、武装の差もあったうえでこれである。

 いかに頭に血が上っているとはいえ、冷静さの欠けた王子の言葉に貴族たちは失望の色を見せる。

 ベルンハルトに話しかけた卒業生たちは、条件のひどさに顔を青ざめさせた。


 そして、アーデルハイトの父親である侯爵と兄のベルンハルトは天を仰いだ。

 その理由を理解している者は少数だ。たいてい逆に取っていた。

 決闘裁判がはじまる直前の、いまこの時までは。


「これより決闘裁判をはじめる! 両者、陛下の御前で己の正しさを証明して見せよ! はじめ!」


 近衛騎士団長が、よく響く声ではじまりを告げた、直後。



「アーデルハイト・フォアスト! 回復魔法の使い手にして心優しく美しい聖女カミラ嬢を傷つけたその罪、この場にて(あがな)ってもらおぶらっ!」



 刃の潰れた剣でアーデルハイトを示して、声高らかに何か喋っていた王子が吹っ飛んだ。


 アーデルハイトの拳で、顔面を殴られて。


 大ホールがしん、と静まり返る。


「…………え? 王子?」


「いま何が、え?」


「そうか……ゆえに父は俺に『己の目で見定めよ』と言ったのか……なんたることだ……」


 カミラ嬢が目を丸くして床でぴくぴくしている王子を見つめ、魔術師長の息子は何が起こったのかさえわかっていない。

 騎士団長の息子は、何かに納得したかのように呆然としていた。守るべき相手である王子がぶっ飛ばされたのに。


 悠然としているのはアーデルハイトただ一人だった。


「カミラさん、早く回復した方がいいと思いますよ。殿下唯一の取り柄である綺麗な顔が歪んでしまいます」


 冷静な口調だがあんまりな内容である。

 とつぜんの婚約破棄に濡れ衣、自身のみならず卒業生全員の晴れの舞台を台無しにされたこと、内心はそうとう怒っていたらしい。


「〈治癒〉! 〈治癒〉! しっかりしてルートヴィヒ! 学校でも冒険者ギルドでも、誰にも負けなかったじゃない!」


「治療は任せました、カミラ嬢! アイツは僕が倒します!」


 王子に回復魔法をかけるカミラ嬢を守るように、魔術師長の息子が前に出た。

 杖を手に詠唱をはじめる。


 アーデルハイトは、妨害するでもなく黙ってそれを見つめていた。


「ちょっとぐらい体術が得意だろうと! 魔法の前には関係ありません! 喰らえ、〈炎の矢〉!」


 血筋なのか幼い頃からの修行の成果なのか、魔術師長の息子は貴族学園の卒業生の中で一番の魔法の使い手だった。

 炎の矢が10本に分かれて向け飛んでいく。

 放たれた魔法は一直線ではなく、四方八方からアーデルハイトを襲う。


 だが。

 10本の炎の矢は、アーデルハイトに当たることなく消え去った。


「……………は? な、なにをした?」


「拳で振り払っただけですわ」


「そんな、そんなはずがない! 僕の魔法が! ただの拳一つで防がれるなんて!」


 10本、20本、30本。

 〈炎の矢〉がアーデルハイトに向けて放たれる。


 数が増えたことで、ようやく魔術師長の息子にも、戦闘が得意ではない者たちにもアーデルハイトが何をしているのか理解できた。


 言葉通り、拳で振り払っているのだ。


 魔法に左右いずれかの拳を当てる。


 それだけで、世代随一の使い手による魔法は消え去った。


「拳に魔力を込めて……? だったら! 〈爆炎〉!」


 信じられない防御方法を抜くべく、魔術師長の息子は範囲魔法を使った。

 大ホールや周囲に被害が及ばないよう結界が張られているが、それでも一部の貴族が後ずさる。

 だが。


「はっ!」


 アーデルハイトが足で床を踏み鳴らすと、〈爆炎〉は広がることなく消滅した。


「は、はは、そんな、そんなバカな……」


 魔術師長の息子がふらりと揺れて地面に倒れ込む。

 そのまま、意識を失った。

 魔力切れである。

 〈爆炎〉は持てる魔力を限界まで込めた魔法だったらしい。


「もう終わりですの? ……これで一人脱落、ですね」


 アーデルハイトがつかつかと、残る三人に歩み寄る。

 ルートヴィヒ王子は回復魔法を受けて傷は治ったようだが、まだ意識が戻らない。

 迫りくるアーデルハイトを見て、カミラは必死の形相で王子を起こそうとしている。


 二人を守るためか、騎士団長の息子が前に出た。


「次は貴方が相手ですか?」


「まず謝罪する。アーデルハイト・フォアスト侯爵令嬢。貴殿を疑ったこと、申し訳なかった」


「あら? どうしたのでしょう?」


「父より『己の目で見定めよ』と言われた。ゆえに、この決闘裁判で(おのれ)は貴殿を見ていた。まっすぐな拳、よく練られた魔力。心にやましいところがあれば適うものではない」


「は、はあ」


「間違っていたのは殿下であり、諌めねばならぬのは殿下の騎士である己だった。アーデルハイト嬢には何一つ誤ったところはない」


「ありがとうございます? ですが、この決闘裁判の決着は戦闘不能をもってのみです。降伏はできませんよ?」


(あるじ)を諌められぬ己は騎士失格だ。決闘裁判が終わり次第、いかような沙汰も謹んで受けよう」


 そう言って、騎士団長の息子は大盾を捨てた。

 主を、背後のルートヴィヒを守るための盾を。


「本来であれば己で我が身の始末をつけるべきなのだろうが……己に都合のいいことを言っているのも重々承知しているのだが……己の、最期の願いを聞いていただけないだろうか」


「なんでしょう?」


「決闘裁判が終われば己をいかようにしていただいてもかまわない。それで謝罪になるとも思えぬが……どうか、最期に。いや、最初で最期に。騎士でもなく、家名もない、一人の武人として一手ご教授願いたい!」


 騎士団長の息子が膝をついて首を垂れる。

 背後のカミラ嬢はぽかんと大口を開けている。

 王子はようやくぼんやりと目を覚ました。


「私に何ができるかわかりませんけど……」


 アーデルハイトが腰のスカートに手を当ててもぞもぞ動かす。

 と、自らスカートを剥ぎ取った。

 中は下着姿、ではなく乗馬用のズボンを履いていた。

 足元はハイヒールではなくショートブーツである。


「破獣魔拳流、アーデルハイト・フォアスト。お相手いたします」


「破獣魔拳……拳聖の。名乗りを、許されているのか……」


 はじめて構えたアーデルハイトを、騎士団長の息子は呆然と見やる。

 一度目を閉じて。

 大剣を手に、立ち上がった。


「ドラモンド。己の知る最強と、最期に戦えることを光栄に思う」


 たがいに見つめ合う。

 合図はない。

 だがどちらともなく、同時に動き出して。


 戦いがはじまった。


 大剣を振りまわす大男の攻撃を、令嬢がひらりひらりとかわしていく。

 触らば両断されそうな剣撃を、時に拳で受け流す。

 アーデルハイトに攻撃が当たることはなく、ドラモンドの体に拳がヒットしてダメージが蓄積していく。

 だが、どれだけ傷ついてもドラモンドが倒れることはなかった。

 仕切り直し、とばかりに二人が距離を取る。


「おおおおおおっ!」


 ドラモンドは余計な思考を捨てて、ただ己の最高の攻撃を放つべく、大剣を大上段に振りかぶって駆けた。

 振り下ろす。

 人生最高のひと振り。


 アーデルハイトは、それを迎え撃った。

 拳ではなく、足で。


 刃を潰した剣と生身の足の衝突は、大ホールに轟音を響き渡らせた。


「これが、破獣魔拳流の奥義、鎧通し、か……拳聖は拳でやると聞いた、が」


 交差したまま両者は動かない。

 足一本で立っているアーデルハイトも、ピクリともブレない。


「私は足の方が得意なんです」


「そう、か。鎧にさえ触れていないのに……………見事」


 血を吐いて、ドラモンドは立ち尽くした。


「衝撃と魔力を狙った場所に通す。やることは同じですから」


 アーデルハイトが離れると、審判役の近衛騎士団長がドラモンドに近づく。


「立ったまま気絶しおったか。……この気概を、違う箇所で見せておれば」


 小声の嘆きが聞こえたのはアーデルハイトだけだ。


「これで二人、戦闘不能ですね。回復はもうできましたか?」


 問いかけられて、ルートヴィヒ王子は立ち上がった。

 だが、先ほど鬼神のごとき戦いを見せたアーデルハイト相手に腰が引けている。


「しゃ、謝罪しよう! すまなかったアーデルハイト!」


「何に対して、ですか?」


「婚約破棄を言い出したことについてだ! 決闘裁判も、俺の負けでかまわない!」


「王子さま!? 私と結婚するっていう約束は!? だからあの夜、私は」


「まあ。ですが殿下、降伏は認めないとおっしゃったのは殿下ですよ? 神聖なる決闘裁判で、途中変更はできませんわ」


 アーデルハイトの言葉に、審判役の近衛騎士団長が重々しく頷く。

 周囲の観客たち——貴族と卒業生や国の重鎮——が王子を見る目は冷たい。

 なんなら、王族に騙された哀れな子、とカミラに同情する視線さえ出てきた。


「くっ、くそ! こんなはずではなかったのだ! お前さえいなければ、お前が決闘裁判などと言い出さなければ!」


 震える手で王子が剣を構える。


「俺は最強なんだ! 学校でも冒険者ギルドでも!」


 ルートヴィヒは、()()()を抜いて、剣に炎をまとわせた。


 審判にちらりと見られたアーデルハイトはためらうことなく頷く。

 訓練用の剣ではなく、真剣相手でも問題ないと。


「うおおおおおお!」


 叫びながら突っ込むルートヴィヒ。

 先ほどのドラモンドより遅く、迫力もない。

 学校でもこっそり登録した冒険者ギルドでも、模擬戦闘の勝利は手加減されてきたものだったので。

 授業であっても、王族相手に勝利しようとする者は少ない。

 いくら本人が隠したつもりでも、冒険者ギルドの目は節穴ではない。

 まあ実際に、ルートヴィヒもかなり才能はあって、同年代の中で強い方なのは確かなのだが。


 それでも。


「おおおお、ぷへっ!」


 アーデルハイトに勝てるほどではなかった。


 ミスリルの愛剣はあっさり折られて、ふたたび顔を殴り飛ばされる。

 王子はずざっと、カミラの下まで床を滑っていった。


「さあ、早く回復してあげてください。カミラさんは戦えないのでしょう?」


「〈治癒〉! 〈治癒〉! お、王子さま……」


「『聖女』ご自慢の魔力量が尽きるまで、何度でも回復してあげてくださいませ」


 最初よりダメージが少なかったのか、王子はすぐに目を覚ます。

 カミラに促されて立ち上がる。


 震えながら、それでも、自分で言い出したことゆえ降伏は許されず。


 倒れては回復して立ち上がり、挑み、ぶっ飛ばされること三度。


 王子はついに、膝をついたままカミラの声にも反応しなくなった。


「こんな、こんなはずは。アーデルハイトと別れて、最強の俺は戦争やモンスター退治で活躍して、聖女と結婚して、いずれ王に、そうだこれは夢なんだ。俺が負けるわけない、アーデルハイトが強いわけない」


 虚空を見つめてぶつぶつ呟いている。


 審判役の近衛騎士団長が横に来ても、顔を張っても変化はない。

 しゃがみ込んだ近衛騎士団長が首を振った。


「残るは一人ですわね」


 腰を抜かしたカミラが、足を動かしてずりずり下がる。


「だって、王子さまに言われて、ぜんぶ貴方のせいだって、だからわたし信じて、王子さまはやさしくて、だからわたしあんなことまでして、ごめんなさいごめんなさい」


 カミラ嬢の言葉が静かな大ホールに響く。

 コツコツと、近づくアーデルハイトの足音まで聞こえてくる。


 目を見開いて涙を流すカミラに、アーデルハイトが蹴りを放った。


「ひっ!」


 衝突音はない。

 寸止めである。


 が、戦いに慣れていないカミラにはそれで充分だった。


 気を失ってカミラが倒れる。


「勝負あり! 御前で行われた決闘裁判の勝者はアーデルハイト・フォアスト侯爵令嬢である! これをもって彼女の身は潔白であることが証明された!」


「『勝者が正しい』という決闘裁判の方式はどうかと思いますけれど……とにかく、恥は(すす)ぎましたわ」


 高らかに宣言する近衛騎士団長の横で、アーデルハイトはちょっとだけ困った顔をしていた。

 王子と魔術師長の息子をぶっ飛ばしたことはいい。

 騎士団長の息子ドラモンドとはいい戦いができたのでスッキリした。

 ただ、王子に騙されたカミラ嬢のことは哀れに思ったようだ。

 あと、わかっていて利用したとはいえ、勝った者が正しいという『決闘裁判』そのものに不服らしい。


 ともあれ、決闘裁判は決着した。

 フランクルム王国の王宮大ホールに、居並ぶ貴族たちの拍手が響く。

 国王陛下その人も、拍手で勝者を称えていた。その後、王子に向けた視線は厳しいものだったが。


「おめでとうございます、アーデルハイト嬢!」

「僕は信じてました! アーデルハイト嬢は潔白だって!」

「お強かったのですね! 私、惚れてしまいましたわ!」

「勉強もできて強くて家柄もよくて私たち平民にも優しい……完璧すぎるアーデルハイトさま……」


 結界が解けると、アーデルハイトはすぐ友達に囲まれた。

 安心したのか感動なのか、涙を流す貴族子女もいる。


 祝福の嵐の中。


「あっ。私、『拳で恥を(すす)ぐ』と言いながら、蹴りで決着をつけてしまいましたわ」


 アーデルハイトは、一人ぼそっと呟いた。




 フランクルム王国の王宮で行われたその日の夜会は、後世にまで語られる特別なものとなった。


 これをきっかけに第二王子ルートヴィヒ・フランクルムは廃嫡。

 一人前の貴族として扱われるようになった当日の出来事で、貴族としての責任を取らされた形となる。

 もっとも、この日以来すっかり覇気が消え失せたルートヴィヒにとって、廃嫡は願い通りかもしれない。

 以降、王子は小さな領地でひっそりと暮らしたという。


 魔術師長の息子は特に国王からの処罰はなかったものの、父親である魔術師長の意向で蟄居となった。

 与えられた家から出ることなく、ひたすら魔道具の魔力補充を行う日々を送った。


 カミラは教会預かりとなり、王族や貴族から離されてひたすら信者の傷を癒やす役目を与えられた。

 神父やシスターとともに質素に暮らし、平民同士気楽に、傷を癒やしては感謝されるシンプルな日々は充実しているようだ。

 平民の間では気さくな「聖女」として親しまれているのだとか。

 貴族社会のドロドロに当てられ、王子の睦言に騙されただけで、根っから悪い子ではなかった、ということだろう。


 騎士団長の令息・ドラモンドは、自ら望んで家から放逐された。

 以降、ひたすらモンスターを討伐する日々を送った。

 「己は人を見る目がないから」と、誰にも仕えず・誰とも組まず、ソロ冒険者として戦い続ける。

 報酬の多寡にかかわらず人を助けた「剛剣ドラモンド」のお話は、小さな村ほど人気のある英雄譚となった。



 そして。


 決闘裁判でも、のちにもたらされた諜報班——王子の婚約者として配備されていた——の情報でも、無実が証明された侯爵令嬢アーデルハイト・フォアストは。


 せっかく侯爵家が一家総出で隠していたじゃじゃ馬っぷりがバレて、開き直った。

 婚約破棄されて自由になったしみんなに知られたしと、幼い頃にわずかな期間教わった「拳聖」を探し出して再会。

 今度は正式に師事して修行を開始する。

 わずか一年で免許皆伝を認められ、以降は領内・時に頼まれて国内各地のモンスター退治に励む。

 時には「剛剣」と組むこともあったとか。


 婚約破棄とその後の決闘裁判のおかげで秘めた才能をおおっぴらにできて、本人は楽しい日々を送ったようだ。侯爵令嬢らしくないことは別として。



 ちなみに。

 この事件以降、フランクルム王国の貴族たちは「婚約破棄」に慎重になった。

 なんらかの理由があっても、事実かどうか入念に確かめた上で、二人と両家の合意を以てはじめて破棄される、という流れが主流になっている。


 妙な言いがかりや嘘をつくと、拳で落とし前をつけられる。

 あの日以来、そんな風習が定着して、腕を磨く令嬢が増えたので。





なんと!

この短編がコミカライズしました!

漫画化されるのは榎のと先生です!

みんな美しい……

そして原作より笑いどころまで加えられてる……

榎のと先生すごい…………


ということで、漫画はアンソロジーとして単行本に掲載されます!

書籍情報は以下の通りです。


================================

『悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック』

レーベル:avarus

発売日:2022年4月14日(木)

価格:定価660円(税込)

ISBN:978-4-8000-1199-2

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◆収録作品タイトル


『婚約者が無視ばかりするので、婚約破棄します』

漫画:小箱ハコ 原作:立草岩央


『旦那様は私を殺したいほど憎んでいる』

漫画:真柴なお 原作:鈴元香奈


『悪役令嬢ですけど、すでに義弟をいじめた後でした。』

漫画:赤羽にな 原作:餡子


『悪役令嬢、物語の冒頭で死ぬ伯爵の未亡人になろうとしたのに、伯爵様が死にま

せん。なんで?』

漫画:みけだて 原作:枝豆ずんだ


『婚約破棄された侯爵令嬢は落とし前をつける。拳で。』

漫画:榎のと 原作:坂東太郎


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― 新着の感想 ―
スカッとしました。 暴力はすべてを解決する…!
[一言] お久しぶりです、コミック広告バナーから飛んで、作者名みて読みに来ました。 婚約破棄ざまぁは何種類読んでも良い。 男が婚約破棄されるのは、需要が無いのか?|д゜)チラッ
[良い点] 広告を見て参りました。 >一手ご教授願いたい! あっ!これ、漫画で見た武道家の挑戦状だ! [一言] そして、伝説へ。 うほほほ、こうしてフランクルム王国は武芸大国になってしまうのです…
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