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無知ゆえの不明

「オレンジジュースとアップルサイダー、どっちがいい?」


 買い物から帰り、訓練所で座って待っていたノエルに飲み物はどちらがいいか聞いた。誰でも飲めそうなものを選んだつもりだ。振り向いたノエルは少し悩んでからオレンジジュースを選ぶ。

 左手に持っていたそれを手渡し、僕はアップルサイダーをストローで飲みながら彼女の隣に座った。炭酸が喉で弾ける。――ああ、どうして動いた後の炭酸はこんなにも美味しいのだろう。

 甘いジュースを味わいつつも、僕は買い物の最中に考えていたことをノエルに言うべきか悩んでいた。自分で律すればいいだけのことだ。しかし他人の協力が得られるに越したことはないだろう。これは僕だけの問題ではない。

 結局、僕は話すことにした。


「ノエル、頼みがあるんだけど」

「……なんですか?」

「これから先師匠と弟子の関係を続けるにあたって、僕が君を異性として見るようなことがあれば、そのときは思いっきりぶん殴ってほしい」

「はい?」

「物理的に目を覚ましてほしいってことさ。剣士に男も女もない。そんなことでいちいち悶々としてるようじゃ本気で強くなろうとしてる君に失礼だ」


 ノエルは困惑の表情をしていた。まあ考えてみれば当然だ。なんの脈絡も無しに殴ってほしいと言われれば僕でも混乱する。気恥ずかしいが状況を説明しなければならないだろう。


「……その、さっきのことで意識してしまってさ。女の子なんだって思うとどうしても緊張する。君は、あー……特にさ」


 かわいいから、とは事実なのだがどうしても言えず、ごにょごにょと誤魔化して言葉を切る。熱を持ちそうになった顔を冷ますべくジュースを飲んだ。

 反応を探るべく横目でノエルを見ると、顔を背けてそっぽを向いている。機嫌を損ねてしまったかと思いなにか話題はないかと考えるが、それよりも早くノエルが口を開いた。


「別にそう見られるのは構いませんけど。女なのは事実ですし、胸とか無駄にあるから『らしい』とは自分でも思いますし」

「そうはいかないよ。気にしてたら手伝いの邪魔になる。君だって僕がもじもじしてるのを見たら気持ち悪いって思うだろ?」

「まあ、そうですね。そういう視線は嫌いです。でも仕方ないことだと分かってるつもりです。あなたは男で、私は女なんですから」


 ノエルの言葉には諦めが混ざっているような気がした。もしかすると彼女にはそういう経験があるのかもしれない。品定めするような視線を受けた経験が、何度も。

 だが、それならなおさらだ。彼女に理解してほしいこともある。


「……言っておくけど、僕は『あわよくば』を狙って君の頼みを受けたんじゃない。君の気持ちに惹かれたんだ。強くなりたいっていう気持ちがあるなら、僕はそれを全力で手伝う。性別なんて関係なく」

「でも実際、女だって意識してますよね」

「それは、君がかわいいからどうしても――待った、今の無し!」


 漏れた言葉を慌てて撤回するが、ノエルにははっきりと聞こえてしまったようで、照れて顔を赤くしてしまった。


「かっ、かわいい……」

「あー……うん、君はかわいいからさ、どうしても意識してしまうんだよ。でもその意識は手伝いをするうえで邪魔でしかない。かわいいからってもじもじしてるわけにいかないだろう。だから実力行使でそれをなくしてほしいんだけど……」

「分かりました! 分かりましたから、面と向かって連呼しないでください!」


 ノエルは真っ赤になった顔を両手で覆う。

 諦めてかわいいと口にすると、ノエルは照れて顔を隠してしまった。何度も陰から言われたことがあるだろうに、直に言われるのはそれとは違うのだろうか。


「うう……よく言われてるのに、どうして……」

「かわいいね!」


 調子に乗って僕は言った。

 直後、ひゅんと風を切る音がして、僕の視界を拳が埋め尽くす。次いで痛みが後頭部まで突き抜け、僕は衝撃で仰け反る。ノエルのパンチが顔面に炸裂したのだ。

 ノエルの顔はすっかり赤みがなくなって、代わりに苛立ちがその表情に現れていた。


「分かったって言いましたよね? 女の子扱いされたら殴っていいんですよね?」

「……すみませんでした。これから気をつけます」




「で、試合をして分かったことだけど」


 休憩はそろそろ終わりだ。二人とも飲み物を飲み終え、僕の顔の痛みも引いてきた。

 空のカップをゴミ箱に放り込んでから、僕はノエルに言う。


「正直サッパリ。何一つよく分からない」

「……どういうことですか?」

「僕の乏しい知識じゃ何がおかしいのか理解できなかった。どこかが変なんだけど、その理由が分からないんだ」


 ノエルは困り果て、何を言えばいいのか分からないといった様子だった。

 なにせ僕もあんなのは初めて見るのだ。おかしい理由以前になぜそんな動きになるのかさえも分からない。――だからといって白旗を上げ、ここで終わりにするつもりはなかった。


「えっ……じゃあ、どうするんですか?」

「分かる人に見てもらおう。僕よりもずっと博識で、剣について熟知してる人にね」


 都合の良いことにここは騎士団本部のすぐ近くだ。彼女たちなら分かるに違いない。

 行くよと僕が言うと、ノエルは慌てて立ち上がって僕の後をついてきた。

 訓練場から出ようとすると四人の集団と鉢合わせになった。ここに用があるのだろうか、そう思い道を譲るが彼らはその場から動かない。

 先頭に立つ男が何かを探して視線を動かす。その目がノエルを捉えぴたりと止まった。


「おお、ノエル! またこんなところで一人で素振りをしてるのか?」

「う、スコット……」


 ノエルは露骨に嫌な顔をして一歩下がる。

 スコット――その名前は訓練場に来るまでの話で聞いた覚えがある。無茶な行動の原因となった馬鹿にしてくる友人の名前がそれだ。その時の会話と今の様子を見るに、ノエルは彼にあまり好感を持っていないらしい。

 スコットは進路の邪魔になった僕を押しのけ、後ずさったノエルとの距離を詰める。む、と僕が唸るが気にも留めない。


「何しにきたのよ」

「うん? いつになってもまともに剣が振れないノエルさんに、この俺が訓練を施してやろうかなって」

「いらない」

「そう言うなよ。エリート冒険者のスコットだぜ? こんな機会はまたとない――」

「いらないって言ってるでしょ! 師匠ならもういるんだから!」


 ノエルは大声でそう言うと、飛びつくようにして僕に近寄りぐいぐいと身体を前に押す。


「ほら、私の師匠! この人が強くなるのを手伝ってくれるの!」

「うわっ――」


 スコットたちの視線が一斉に僕に向く。興味、疑問、そして敵意の目。

 ええ、と僕は呻く。いきなり話題の矛先を向けられて僕は戸惑うのだった。

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