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不思議な感覚

「騎士団が訓練用の道具を貸し出してたはずだ。とりあえずそこに行こう」


 分かりましたとノエルは頷き、僕が歩くとその後をついてきた。小さい背丈と柔らかな雰囲気も相まって、その姿はまるで小動物のようだ。

 依頼の報告を終えギルドから出たその足で、今度は騎士団本部まで向かう。

 騎士団の訓練道具は一言声を掛ければ誰でも使用可能だとエスターに教えてもらった。タイミング良く訓練場に団員がいたので、彼に道具を使ってもいいかと聞いた。

 快く了承してくれたので、並んだ道具から木製の剣を二本取り出し、そのうち一本をノエルに渡す。


「これで何をするんですか?」

「試合だよ。僕流の稽古さ。相手の短所や不得手なことを見つけるのには実際に斬り合ってみるのが手っ取り早い」


 試合と聞いてノエルはぎょっと目をむいた。「本気でやるわけじゃない」と訂正すると、安堵した彼女はほっと胸を撫で下ろす。


「僕はただ防いでるから、君はそこに全力で攻撃するんだ。僕が終わりって言うまでね」

「全力で、ですか」

「もちろん。そうじゃないと君の実力が分からない」


 僕はノエルと少し距離をとって向かい合った。「いつでもどうぞ」と言って剣を構える。

 これは僕がゲームの頃からしているやり方だ。与えるダメージ量の高さに驚いたフレンドやその知り合いから稽古を頼まれることは少なくなかった。その度にこうやって身体の動きすべてをダメージに変えられるような動きを教えたものだ。

 その時の感覚を思い出しつつ、構えをとるノエルの動きをじっと見つめる。


「じゃあ、いきます……!」


 ノエルは走り、僕との距離を詰めて剣を振りかぶる。

 その距離はあまりにも近すぎた。踏み込みが満足にできない至近距離で剣が小さな弧を描く。これでは腕の力で振っているだけだ。剣のスピードは遅く、力もまったく足りていない。

 その攻撃を防ごうと軌道上に剣を持ち上げる。しかし、


「ッ!」


 不思議なことにわずかに剣が押し込まれた。

 馬鹿な、あの勢いで押し負けるはずがない――僕は焦って腕に力を入れ、強くノエルの剣を弾き返す。


「わあっ!」

「あっ、ごめん」


 体勢を崩したノエルが尻餅をついて悲鳴を上げた。手を差し出して彼女を立ち上がらせるが、疑問はその間にも増え続ける。

 ――どういうことだ? あの身体運びであの威力はあり得ない。よほど腕力が強いのなら別だが、それならあれほど簡単に押し返すことはできない。

 動きが一致していないのだ。身体と剣が別々に動いている。ひどいラグに襲われているような感覚だった。しかしこの世界はゲームではない。ラグなんてものは存在しない。


「おっと」


 思案にふけっている間に、気が付くと目の前に剣が迫っていた。急いで右腕を動かしそれを防ぐ。その一撃もやはり動作に反して異常に重い。

 その後も何度か受けてみたが、その理由が分かることはなかった。

 十回目となるノエルの打ち込みを防いでから、僕は集中している彼女に聞こえるよう大きな声で言った。


「終わりだ、ここまで! ――……待て、終わり、終わりだってば!」

「えっ? あっ――きゃあぁぁぁ!」


 指示を無視してノエルは剣を振り上げる。見れば足はガクガクと震えていた。体力の限界に気付かないほど集中していたのだ。ようやくその耳に声が届いたが、同時に足も限界を迎えてしまう。

 膝が落ち、体重を支えることができなくなって身体が傾く。悲鳴とともにノエルの身体が突っ込んできて、僕の胸に鋭い体当たりを喰らわせてきた。僕は痛みに呻きつつも、倒れないよう必死で足に力を入れる。

 しかし体勢が悪いのもあり、耐えることができたのはわずか一秒足らずの間だけだった。ずるりと足が滑り、背中を地面に打ちつける。それにノエルの追撃が加わった。


「ぐえっ」

「うう、痛い……」


 サンドイッチのハムみたいに僕の身体はノエルと地面に挟み込まれる。幸いにもノエルは軽く、痛かったのは潰された瞬間だけだった。


「あっ、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」


 ノエルが至近距離から心配の声を掛けてくる。

 それよりも早くどけてほしい――声には出していなかったはずだが、ノエルは飛び退くようにして僕の身体から離れた。手で隠され、指の間から僅かに見える顔はなぜか赤くなっている。


「けっ……怪我、ないですか?」

「ああ、問題ない。……顔が赤いよ、どうかした?」

「いいえ!? なんでもありませんよ!? 近いとさっきのことを思い出して意識するとかないですから!」

「……?」


 さっきのこと、とはいつのことだろうか。少し考えて思い至る。ああ、至近距離に顔を寄せられたときのことか――そのときの景色が脳裏に思い浮かんできた。

 透明感のある白い肌。滑らかな茶色の髪。ぷるりとした桜色の唇。芸術品みたいな綺麗な顔がすぐ近くに。ああ、あのときは緊張した。相手が可愛らしい女の子だったからなおさらだ。

 ――そうだ、相手は女の子だ。つまり異性と顔を近付けた。息がかかるくらいの近距離に。それを意識すると顔が熱くなってくるのを感じる。


「ルカさんまで赤くならないでくださいよ!」

「いや、その……ああそうだ! 疲れただろ、飲み物買ってくる!」


 熱を持った顔を手で隠しながら、ノエルに背を向け早足で歩く。

 ノエルに対しての認識を元に戻せるだろうか。不安に思いつつ屋台で飲み物を選ぶ。

 品ぞろえを見ながら、そういえばノエルが欲しい飲み物を聞いていないことを思い出した。彼女の好みも分からない。僕はしばらく屋台の前で悩んでいた。

 ぜひ感想、レビューをお願いします。

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