強くなる手伝いを
「それにしても、どうしてそんなことを?」
女の子と一緒に城へと帰る道を歩きながら、僕は女の子に聞いた。
「ゴブリンの拠点に攻め入るなんて、そりゃあ反撃を受けるに決まってる。しかも一人でなんて、よほど腕に自信があったのかな?」
「いいえ、まったく。奇襲を仕掛けても防がれて、あとは逃げるしかできないくらい弱いですよ」
女の子はしょんぼりと肩を落としながら答える。
受けた印象の通り、どうやら彼女はあまり強くないようだ。剣を捨ててまで逃げることから臆病さが分かるし、言葉遣いや仕草から気弱さまでもが見て取れた。剣を持ち戦っているのが不思議なほどだ。
「自分が弱いって分かってるのに、どうして?」
「その……友人に馬鹿にされたので、見返してやろうと思って……」
「ふうん。他人を煽れるなんて、そのお友達はよっぽど強いんだ」
「ええ。彼は彼のパーティーだけで大型の魔物を倒すことだってできるそうですよ」
それはすごいことなのだろうか――今日戦った虎は確かに強敵だったが、それでも満身創痍になるほどではない。口ぶりから察するに大型の魔物は本来レイドを組んで戦うような相手なのだろう。この身体が強いのか、それともこの世界が弱いのか。
困惑を表情に出さないように、笑顔をつくって「すごいね」と僕は言った。女の子は少し不機嫌な様子で言葉を返す。
「別にすごくありません。ベテランの冒険者さんたちも同じようなことができますし。少し成長が早いってだけです」
「……そ、そう」
「私にはあいつよりもあなたの方が強そうに見えます。あんなに大きいゴブリンを刃折れの剣で倒すなんて。……その――」
話をしていると時が経つのはあっという間だ。気が付くと城はもう目の前だった。言葉が切れたタイミングを狙って僕は口を開く。
同時に女の子が何か言ったような気がしたけれど、その声があまりに小さいので聞き取ることはできなかった。
「おお、もう着いた。一人で歩くよりも早く感じるね」
「えっ、あ……はい」
「じゃあ、僕はギルドに報告に行くからここで。もう無茶なことはするなよ!」
何かが気に障ったのか、いきなり雰囲気の変わった女の子から逃げるように足を速める。
女の子は小声でなにかを言おうとしている。躊躇うごとに距離はどんどん遠くなって、小さな声ではもう届かない。意を決し、彼女は鋭く息を吸った。
「待ってください!」
びくり、と全身を震わせて僕は振り返った。やはり何かまずいことを言ったのだろうか――ずかずかと歩幅広めに歩み寄ってくる女の子を見て、理性と本能が激しく衝突する。
辛うじて理性が競り勝ち、下がろうとしていた足を止めることに成功する。直後に女の子が至近距離まで迫ってきて、鋭い視線で見上げてきた。
形のいい唇がゆっくりと動く。
「私を弟子にしてください」
「……は?」
放たれたのはマグマのように熱い憤慨の言葉ではなく、けれど同じような情熱を持った頼みだった。しかし予想外の出来事に僕の頭はパニック寸前だ。
――なんて言った? 弟子?
たった二文字の言葉なのに、それを脳が理解しようとしない。まあ当然といえば当然だ。広げた手のひらほどもない近い場所に女性の顔があるのだから、よほど慣れている人でない限り頭を働かせることはできないだろう。
「もう一度言いますよ。私を弟子に――……なんでそんなに顔が赤いんです?」
「あっ、いや、その」
ついに僕は耐えきれなくなり、右足を一歩下げてしまう。ガラス細工みたいな顔面から解放され、僕は大きく息を吐いた。
女の子はというと、距離が離れたことで今までの近さに気が付いたようだった。呻きとも唸りともつかない奇妙な声を出して、その顔は湯気が上がりそうなほどに赤い。
「その……うう、すみません! 近かったですよね、ごめんなさい!」
「それは別にいいけど……。それで、弟子がどうこうってのは」
ふと周りを見ると、人だかりが僕たちを囲んでいた。門のすぐ近くでこんなことをすれば当たり前だ。羞恥に二人して顔を赤くし、ここから逃れる術を考える。
「……ええい、強行突破!」
僕は女の子の腕を掴み駆け出した。人の囲いは薄く、ところどころに穴がある。そのうち一つをすり抜けて、僕たちは人目から逃れることに成功した。
「それで、弟子だっけ?」
緊張から解放され、一気に噴き出してきた汗をシャツで拭う。女の子は少し離れた位置でそっぽを向いて立っていた。その横顔は耳まで赤い。
「そうですけど……」
「何のために?」
「強くなりたいからです」
「例の友達を見返してやるためか」
女の子は頷く。
臆病で気弱だが、度胸は持っているようだった。それに行動力もある。だからこそゴブリンの拠点に単身で挑むことができたのだ。
もしここで僕が拒んだとしても、彼女は他に強者を探し教えを乞うことができるだろう。そのために動くことができる。僕が思うに、自分から行動を起こせる人間は大きくなれるものだ。
――どうせ道は長いのだ。少しくらい寄り道をしたっていいだろう。
「悪いけど、僕は教えられるだけの知識を持ってない」
「駄目、ってことですか」
「そうは言ってない。僕に教えることはできそうにないってだけさ。ただ強くなる手伝いはできる。手探りだから、かなり効率は悪いと思うけど」
僕は右手を差し出した。女の子が振り向きこちらを見る。
「それでもよければ――どうかな?」
「……」
女の子はおずおずと右手を伸ばし、躊躇ったのか動きを止める。その瞬間だけ顔の赤みが増したような気がした。
動きが止まったのは僅かな間だけで、それからは素早いものだった。勢いよく伸ばされた右手が僕の手を固く握る。
「よろしくお願いします、師匠!」
「ルカでいいよ。師匠なんて大層なものじゃない。……ええと、名前は?」
「ノエルです」
「分かった。よろしく、ノエル」
僕は微笑み、ノエルの手を握り返した。
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