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信用を求めて

「じゃあ、目を覚ましたら教えて」

「分かりました」


 誰かが話しているのが聞こえる。小さく目を開けると板張りの天井が目に入ってきた。どうやらどこかの建物のようだ。


「何があった……?」


 建物に入った覚えはない。そもそも僕は何をしていた?

 城に着いたところまでは覚えている。そこで門番と話して、それから――、


「ああ、倒れたのか」


 異世界に来たことにショックを受け、それで気を失ったのだ。全く情けない話だ。それからはたぶん誰かがここまで運んでくれたのだろう。

 身体を起こし、建物の様子を確かめる。いくつもベッドが並んでいるところをみると、どうやら怪我人を寝かせておく病院みたいな場所のようだ。


「起きたことを伝えないとな」


 まだ困惑が残っているのか、がんがんと痛む頭を押さえつつベッドから下りる。

 部屋の中に医者あるいは看護師のような人間はいないようだ。部屋の外に出て探さなくてはならない。

 脱がされて床に置いてあるブーツを履き、靴紐を結んでいると誰かが部屋に入ってきた。


「あっ、目が覚めたんですね」

「……看護師さん、ですか?」

「少しここで待っててください。……エスターさん!」


 看護師らしき女性は早口でまくしたて、言い終わるや否やすぐに部屋を出て行った。誰かを呼びに行ったようだ。

 言われた通りにベッドに腰かけて待っていると、すぐにさっきの看護師が戻って来た。そばには知らない顔の女性が立っている。


「あなたは……?」

「あたしはアートルム騎士団第一部隊偵察兵のエスター。さっそくだけど、もう歩けそう?」

「ええ、まあ……。どこかに行くんですか?」

「団長のところに行くの。あなたについて話をしなくちゃならないから」


 ついてきて、とエスターが言うので、僕は立ちあがってその後を追った。

 歩いていると似たような格好の人間とたくさんすれ違った。黒を基調とした服装に身を包んだ彼らは、たぶんエスターが言っていた騎士団とやらのメンバーなのだろう。黒衣はどうやら彼らの制服らしい。

 ではここは病院ではなく騎士団の拠点ということだろうか。なぜ僕はそんなところに運び込まれた? 

 気絶したおかげで思考がリセットされたようで、自分の状況を考えるのにそれほど苦労はしなかった。むしろ気絶前より冴えているほどだ。理由なんて少し考えればすぐに分かった。

 門番の質問に答えられず、意味不明な言葉を並びたてていきなりぶっ倒れた。ここの人間からしてみれば明らかな不審者だ。怪しい人間は警察的な立ち位置の存在に預けておくのが一番安全だと考えたに違いない。

 その仮定が合っているとすると、これから会う団長とやらへの会話の選択肢を誤ればその場で投獄もあり得る。それだけは勘弁だ。自分は怪しい人間ではないとアピールするにはどうすれば――。


「団長、例のあやし、あー……門で気絶した人を連れてきました」


 どうやらもう着いてしまったようだ。答弁の案の一つすら纏まらないうちにエスターがドアをノックする。

 言いよどんだのは本人を前にして怪しい人間と言うのを躊躇ったからだろう。気遣いに「どうも」と礼を言って、エスターが開けたドアの奥へと進む。

 偉い人の部屋とは思えないくらい散らかった部屋だった。本棚には隙間があるのに、それに収められていない本が床に転がっている。仕事の書類だろうか、紙がたくさん机の上に載っていてそのうち何枚かが床に落ちていた。それを拾い集めている女性がおそらく例の団長だ。

 その惨状を見てエスターは苦笑する。


「しばらく来れてないんですね、彼」

「ああ、どうも忙しいらしくてね。少し待っていてくれ、片付ける」


 団長は集めた書類を机の上に載せて、床に散乱した雑貨類をソファーの上に放り投げる。これでいいかというふうにパンパンと手の埃を払ったのを見て、エスターは空いたスペースに足を進めた。


「見苦しいところを見せてすまない。私はアートルム騎士団団長、アルマだ。君の名前は?」

「名前? えっと……」


 どちらの名前を言えばいいのだろうか。本名か、それともアバターの名前か。身体はアバターなのだから、たぶん《Ruka》でいいはずだ。


「ルカです」

「ルカ、か。身分の証明ができるものを持っていないか? それに繋がる情報でもいい」

「身分……」


 ポケットを探ってみるが、当然なにも出てこない。

 そもそも出てきたところで証明には使えないだろう。《Ruka》はゲームの存在であり、この世界の存在ではないのだから証明すべき身分を持っていない。僕はすぐに探すのを諦めた。


「ないですね……」

「生まれた国は言えるか?」

「門番の人にも言いましたが、日本です」


 アルマは分からないと首を傾げる。まあ分かっていたことだ。この世界の存在でないものが理解されるはずがない。

 このままでは埒が明かない。正直に言うのが手っ取り早いだろうと覚悟を決める。頭のおかしい人間だと思われるかもしれないが、相手にとってもそれでしか説明がつかないはずだ。


「あの……僕、この世界の人間じゃないんです」

「は?」

「なぜこうなったのか僕にも分かりません。でもそれでしか辻褄が合わない。僕はこの世界とは違う、別の世界からきた人間です」


 アルマもエスターもぽかんとして僕を見ていた。

 そうだろうな――僕はがくりと肩を落とした。これで僕は彼女らにとって気が狂ったおかしい人間だ。これから牢屋に連れていけという判断が下されるに違いない。

 しかし、いくら待てどもその言葉は誰の口からも言われることはなかった。その代わりにエスターが僕の肩をぽんと叩く。


「その話、詳しく聞かせて。……いいよね、団長?」

「もちろん。話を聞き、それで説明がつくのなら信用する。……すべて本当のことを言えば、だけど」


 曇天が割れ、光が差したような感覚だった。この一筋の希望を逃してはならない。

 アルマが僕に向ける視線は、まるで捕食者のそれのようだった。それに怯え、聞こえのいい嘘を吐けばたちまち喰われるだろう。

 僕は頷き、これまでの経緯を二人に説明すべく口を開いた。

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