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城にて知る

「ツイてる。すぐに出られてよかった」


 森から出ると、そこは起伏の少ない平原だった。

 鳥が空の青を背負って飛び、太陽の輝きを受けたみずみずしい植物が宝石のような輝きを放っている。――似たような場所はゲームで何度も見たが、これはそれよりもはるかに美しい。


「綺麗なもんだな……こういうのに興味はないつもりだったけど」


 大きい滝にも古い鍾乳洞にも樹齢数千年のなんとか杉にもたいした感動を感じることはなかった僕だが、これはその考えを覆すには十分すぎる絶景だった。命を懸けた戦いの後だから、という補正もあるかもしれないが。

 これからはもうすこし景色を楽しもうとしてもいいかもしれない、などと考えつつ広がる平原をじっと眺める。

 どれくらいの時間、僕はその景色を見ていたのだろうか。数分かもしれないし、あるいは一時間以上かもしれない。


「おっと、呆けている暇はないんだった」


 ようやく我に返り、頭を振ってからもう一度遠くを見る。離れた場所に建物らしきものが見えたので、その方向に歩いてみることにした。

 歩いているうちに踏み固められ緑から土色に変わった地面を見つけ、おそらくこれが道なのだろうと辿ってみる。

 道中でたまにすれ違う人たちは剣や槍などの武器を持ち、数人の集まりで行動していた。まるでゲームのパーティーみたいに。

 ――では、やはりここはゲームなのだろうか。例えば他のゲームになにかのエラーでログインしてしまった、とか。しかしどんなに描写に力を入れているゲームでもここまで表現できるものだろうか。

 やはり考えるよりも、人に聞いてみるのが手っ取り早いだろう。建物はもう目の前だった。


 高い壁に囲まれたその建物はどうやら城のようだ。入り口には門番が立っている。その奥は人で賑わう城下町のように見える。

 まずは入ってみようと、周囲をきょろきょろ見ながら入り口を通り抜けようとした。


「待て、そこの白髪」


 しかし門番に呼び止められる。行動が不審に見えたのだろうか。

 ゲームの門番はいくら不審な行動をしていても犯罪プレイヤーでない限り通すはずだ。怪しい人間を呼び止めるのは人間であれば当然だが、ギルドでもない場所の門番にプレイヤーを使うなんて聞いたことがない。


「……なんですか?」

「この辺りでは見ない顔だな。出身は? アートルムには何の目的で来た?」

「しゅっしん……? 中身の生まれを答えればいいのかな……」

「何をぶつぶつと……質問に答えろ」


 ゲームでアバターの中身の出身を聞く意味が分からず、たぶん求められている答えとは違うだろうな、と思いつつも僕は答えてみることにした。


「日本です」

「なんだって?」

「だから、日本です。世界地図だと極東にある島国で――」

「なあ、聞いたことあるか、『ニホン』って」


 門番は怪訝な顔でもう一人の門番に質問した。聞かれた門番は分からないと首を振る。

 これは予想外の反応だ。アバターの出身を求めているのならまだしも、日本を知らないと言われるとは思わなかった。イントネーションに若干の違いはあるものの、彼らが話しているのはまごうことなき日本語ではないか。

 ――まさか。

 今まで考えてもいなかった、いや考えようとしなかった可能性が一気に浮かび上がってくる。一度それに思い至ると、この非現実的な現実のすべてに辻褄が合ってしまう。

 違っていてくれ、そう祈りつつ門番に聞いた。


「あの……アメリカっていう国を知ってますか?」

「知らないな」

「ログアウトの方法は?」

「なんだ、それ」

「この城は?」

「アートルム城だが……知らずに来たのか?」


 ――これで確定、か。

 アメリカ合衆国を知らないのならここは地球ではない。……もっとも地球のどこを探しても魔物は見つからないだろうから、これはうっすら分かっていたが。

 ログアウトの方法を知らないのならこの門番はプレイヤーではなく、行動からしてNPCでもありえない。つまりこの門番は人間であり、ここはゲームの世界ではない。

 結論――ここはそのどちらでもない世界、いわゆる異世界というやつなのだろう。なぜこうなったのか理由はさっぱり分からないが、僕はこの世界で生きていかなくてはならないようだ。


「……ははっ」


 乾いた笑いが喉から漏れた。

 アニメや漫画でよくある話だ。異世界に飛ばされて、勇者として戦ってなんだかんだで世界を救う。チュートリアルはずいぶんと雑だったが、僕はそれに選ばれたのだ。

 腹を抱えて大爆笑してやりたかった。お約束通りならこれから僕を待っているのはチートとハーレムによる夢の生活だろう。たぶん喜ぶべきなのだ。

 しかし僕の精神はそれを容易に受け入れられるほど強くない。現実がフィクションで上書きされたと知ったとき、僕の感情を埋め尽くしたのは『恐怖』だった。

 地面が溶けたみたいに足元の感覚がなくなっていく。視界が激しく揺れていた。


「おい、大丈夫か――」


 門番が手を伸ばす。その手は僅かに指先を掠めるだけで、倒れる僕を掴むことはできなかった。

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