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夜のキャンバスに色をからめて  作者: ぬりえ
四月
9/230

九、

「――……」


 翌朝。クラスに入ると、いきなりぴたりと静まった。

 そしてすぐにさわさわと囁き声が漏れ出る。


 二日前の好奇の目から、嫌悪のこもった目に変わっていた。噂は昨日のうちに知れ渡っているらしい。囁き声が小夜の心を苛立たせる。


 誰もよりつかない。遠巻きに通り過ぎる人影が嫌に気になる。独りには慣れている。でもこんなにわかりやすいのは気に障る。

 だがここは我慢だ。小夜が何を言っても、誰も信じないのはわかりきったことだから。


 静かに、目的の人の登校を待つ。

 予鈴の十分ほど前に、その人――井上睦美は登場した。手に包帯を巻いている。


 一瞬ざわついたが、さすがに加害者がいる前で堂々と被害者に大きな声で心配の声をかける人はいなかった。

 それを確認し、小夜は立ち上がった。井上睦美の席へ向かう。

 クラスメイトは小夜の行動を興味深く、または訝しげに見ている。


「井上さん、おはよう」


 声をかけると、井上睦美の肩がびくんとはねた。


「昨日は」

「ごめんなさいっ」


 自分が続けようとした言葉を取られてしまった。彼女は下を向いたまま続けた。


「わたし、精神的に不安定だったみたいで……。よく覚えてないの。でも、わたしのせいで黒沼さんを傷つけちゃって……ごめんなさいっ」


 ショートボブの髪がばさりと顔の前に落ちる。


「こちらこそ、ごめんなさい。傷つけてしまったのは私のほうだから、井上さんが謝る必要はないわ。――これ、よかったら」


 小夜は用意していた容器をことりと机の上へ置く。

 井上睦美が顔を上げた。


「傷薬。効くかはわからないけど」

「……ありがとう」


 ほんのりと笑みが浮かんだ。昨日と同人物には見えない。


 とりあえず目的を果たし、四日前までのような日常に戻ることを期待する。

 ひそひそと悪い意味で噂されるのは別として、独りの日常が帰ってくる、はずだ。

 カッターナイフは生徒会に託したし、五十嵐啓も寄ってこない。うん、これでいい。


 五限が終わり、放課後。いつもならまっすぐに図書室へ向かうところだが、昨日の今日で生徒会室前を通るのはさすがに嫌だった。


 帰ろう。


 かたん、と席を立ったそのとき、声をかけられた。


「ちょっと話があるんだけど」


 クラスメイトの男子。たしか名前は、野﨑大介、だった気がする。


「話って?」


 話をするのはこれが初めてなのだ。小夜から話したいことなどない。

 野﨑大介はちらりと周囲をうかがって、ぼそりと言った。


「むつ――井上のことなんだけど」

「そのことなら私から話すことはないわ」


 つっぱねるように言って去ろうとしたところ、腕を掴まれる。


「あいつ、変なんだ」


 そう言う野﨑大介は、心から心配の色を瞳に浮かべていた。


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