八、
私の両親はね、たくさんの国に出向いて、良い物を仕入れて、それを必要とする人へと販売することを生業としているの。だから、両親のどちらかがいない日がほとんどだった。帰ってくる日も、どこへ行っているかも知らない。ただ家に戻る日は必ず、その仕入れ先の国のお土産を買ってきてくれたわ。両親のどちらかがいない日は、必ずどちらかが残ってくれていた。さびしくはあったけど、大切にしてもらっていることは感じていたから、行かないで、とは言わないでいたの。
あれは小学校五年生頃からかしら。もう家事の全般を行えるようになっていたわ。家族の一人いない穴を埋めるために手伝いをたくさんしていたら、知らぬ間に身に付いていたのよ。それを見た両親は安心したのか、だんだん二人そろって仕事に出向くようになってしまって。最初は短い期間だったのだけど。
大人になったと認められたのか、それとも私への愛が途切れたのじか、わからない。家に帰って、「ただいま」と言っても「おかえり」の返事がない日々が続いたわ。独りで自分の作った食事をただ体内に取り込んだ。温かいものがすっぽり抜け落ちて、表情が消えてると言われたこともある。そんな私から、人は離れていった。大人ぶって、なんかコワイやつ、って陰口を何度もたたかれた。
小六の八月、久々に両親揃って帰ってきたの。二人そろって。誕生日のお祝いをしてから次の仕事へ行くって。行ってしまうのは哀しいけれど、お祝いのために帰ってきてくれたことのほうが嬉しくて、そんなことは気にしなかったわ。長く一緒にいられるというのが本当に嬉しかったから。
誕生日当日ね、昼過ぎに両親が家を出たの。ケーキやプレゼントを買ってきてくれるのを期待して、留守番を進み出たわ。夕方、帰ってくる気配を察して、両親を驚かそうと台所の床下収納へと隠れたの。
「あら、どこに言ったのかしら」
「いないな、出かけたのか?」
私の姿がないことに気付いた両親の会話は筒抜けだった。床下で、ここにいるよってくすりと笑ってた。
「どうしましょう、行かなきゃならないのに」
「時間がないな。……仕方ない、手紙を残していこう。小夜には悪いが。急いで支度しよう。扉が閉まってしまう」
「ええ」
がさがさと床の上が動く音がしたわ。
え、どういうこと? 行かなきゃならないって? 仕事って?
きっとここに隠れていることをわかっていて、わざと演技をしているのだと思った。そう考えることにしたの。そうとなれば、こちらから出ていくわけにはいかないって。こちらから罠をかけたのに、みすみすむこうの罠にはまってしまうなんて御免だったのよ。
負けないぞって思って。静かに、両親が根負けして床下収納のふたを開けてくれるのを待ったの。その間にも、がさがさばたばたって、せわしない振動が伝わってきてた。
そして、消えたの。人の気配が。
本当に、突然、忽然と、消えたの。
え?
驚いて、負けないという気持ちも忘れて、出ようとふたを押したわ。でも持ち上がらなかった。上になにかが置かれてしまったの。
動かないし、光も入らない。
ねえ、お父さん、お母さん、私はここにいるよ。
出して、見つけて。
暗いよ、狭いよ、寒いよ。
さみしい、さみしいよ。
ねえ、置いて行かないで。
独りにしないで!
意識はそこで途切れた。目を覚ますと、そこは病院だった。酸欠になって気を失っていたらしいわ。夜になっても明るい森をたまたま見かけた人が不審に思って、家に辿りつき見つけ出してくれたの。
案の定、ふたの上は出掛ける準備のためか移動されたダイニングテーブルと食材の入った袋が置かれていたわ。
私は理解した。自分は両親に必要とされていないって。愛されてなどいなかったんだって。
親に必要とされていないのに、友人など必要? 絆なんて、すぐにほころんで切れてしまうもの。そんな脆くて不安定なものにぶらさがるのは願い下げだと思った。だから、もともと乏しかった人間関係を自分から切りすてた。
その後は、たまに帰ってくる親に期待もしないし、帰ってきたことに喜びも感じなくなったわ。ろくに会話もせず、部屋に引きこもって次の仕事に出てくれることを待つ。そんな風だったからか、両親は私が中学に入ってから、帰ってくるのは半年に一回、一年に一回と、どんどん減っていった。
仕事人間の両親の稼ぎはいいらしくて、生活に不自由はないわ。それで今も、ほぼ一人暮らしを続けていられる。三人家族の家に、独りで、ね。
「なのにほんと突然電話があったと思えば、誕生日だから帰ろうか、って無責任なこと言ってきて。ついむきになっちゃったの」
小夜の過去を聞いた睦美は、胸が抉られる思いだった。まだまだ甘え盛りの時期に置いてけぼりにされて、どんなにつらかっただろう。わたしにはすぐそばに、今も自分のことを心配してくれる家族がいる。
小夜には、それがない。
そしてその床下でのできごとが、小夜のトラウマになった。独りの寂しさが、小夜から人との接触のあたたかさを奪ったのだ。
睦美はあのとき逃げてしまった自分を激しく悔いた。
わたしは小夜ちゃんに同じ傷を作った。小夜ちゃんを一人残していった。その日のその夜は、どんな想いだったのだろう。
「睦美が離れていったとき、ほっとした思いもあったの。もう、私のせいでこの間みたいな危ない目に合わせずに済むんだって。それならいっそ、このまま離れてしまった方がいいんだって」
わたしのこと、それだけ想ってくれていたの?
「でもそれは傲慢だった。傷つけたのを機会にするなんて、最低よね。傷つけたままにするなんて、最低よね。私は両親と同じことを、あなたにしてしまったことに気付いて」
複雑な心境が、心の中をざわめかせる。小夜ちゃんじゃない、わたしがそうだ。
「睦美、聞いてくれているかしら。あのときはごめんなさい。私にとっては、あなたは大切な友人なの。とても大切な……親友なの」
親友。
小夜からそんな言葉が聞けるだなんて。
「今日はそれを伝えてたくてきたの。勝手で、ごめんなさい。許してほしいだなんて、思ってないから。私が悪かったんだから。ただ、伝えたかったの」
じゃあ、帰るわね。
小夜が階段を下りていく。
睦美は動けなかった。




