七、
「入って」
一生入ることなどない、入りたくもない、と思っていた生徒会室。
広さは一クラスの一、五倍くらい。備え付けられている備品は小夜の目にも高級品だとわかるものだった。さすがエリートが集まるところ。ずいぶんと優遇されているようだ。
混乱の収まってきた小夜は、冷静に生徒会室を観察する。
「それ、預かる」
五十嵐啓が手をよこしながら言った。
小夜は無言でカッターナイフと鞘を渡す。鞘に納めなかったのは、血で内側を汚したくなかったからだ。早くふき取りたいところだが、そうはいかないだろうことはわかりきったことだ。
「ねえ、場所を変える必要なんてあったの?」
他の空教室でもよかったはずだ。そもそもここは小夜のような一般生徒は入室禁止なのだから。
「ここはセキュリティがしっかりしてるから」
取り調べにはぴったり、ってこと?
別に聞かれてまずいことなどない。井上睦美を傷つけてしまったのは小夜のカッターナイフだが、故意ではない。事故なのだ。
五十嵐啓はハンカチで包んだカッターナイフをまじまじと見つめている。
小夜は手すきになったので、置いてあるソファにどかんと乗っかった。
直後、生徒会室にぞろぞろと人が入ってきた。
まず、三年、空木透、聖騎士。
王子様系とか言われている優男。特に女子受けがいい。
次に三年、谷口秀一、策士。
眼鏡をかけたきりりとした顔つきの情報通。秘書的な役割を果たしている。
二年、馬場舞花、戦士。
女子生徒だが男勝りで武術全般を得意とし、姉御的な存在。
一年、勇、勇者。苗字は……なんだっけ。
一年生の情報はまだわからない。純粋な少年らしい雰囲気だ。いわゆるかわいい系男子、というやつか。
最後に三年、聖女の清水雫。
長い黒髪美女。まとうオーラは清らか。家柄も成績も魔力もなに一つ申し分なく、完璧すぎて近寄りがたいとか。この人が実質生徒会長。
先に黒魔道士の五十嵐啓はここにいる。保健室へ行っている白魔道士の世良春香以外、生徒会役員サマが全員揃ったことになる。
「話は少し聞いたけれど、詳しく聞かせてもらえる?」
聖女サマが口を開いた。
「詳しくもなにもありません。先輩が聞いたとおりです」
囁かれているとおりでいい。早くここから脱出したい。
しかし聖女サマはそれを良しとはしてくれなかった。じっと見つめてくる。話して、と。
小夜は心の中でため息をついた。
「井上さんはそれをよこせって言うので、これかと思ってカッターナイフを出したら、今度は渡せと掴んで来まして。悲鳴を上げたかと思えば流血沙汰です。はっきり言っておきますが、私は抜いていませんので」
乱暴に説明する。戦士サマや勇者サマは小夜の態度に顔をしかめたが、聖女サマがそれを目線でたしなめた。
ちょうどそのとき、白魔道士サマが戻ってきた。
「井上さんの御容態は?」
聖女サマが尋ねると、彼女は「ほぼ完治しました」と答えた。
さすが白魔道士。治癒魔法はお手のもの、といったところか。
傷がどうなったかは小夜も気にするところだったので、彼女の言葉に安心する。しかし、聖女サマはそうではないようだ。
「ほぼって、治らないところがあったの?」
「……はい。止血して傷口も塞いだのですが、傷跡は残ってしまいました」
「あなたの力でも?」
「申し訳ありません」
この会話を聞く限り、白魔道士サマの力ならば切り傷くらい、傷跡も残さず治せる、ということだ。すごい。
井上睦美は精神的にも落ち着きを取り戻し、今は幼馴染が付き添っているらしい。
「このナイフが問題ね。やっぱり」
へ? なんでここで私のカッターナイフが出てくるの?
しかもやっぱりって、なに。やっぱりって。
「黒沼さん、このナイフはいつどこで手に入れたの?」
聖女サマはいつのまにか小夜のカッターナイフを手にしている。
「三日前、帰宅途中にあった雑貨店で購入しました」
「ご自宅はどこ?」
「個人情報ですのでお答えする義務はありません」
生徒会役員なのだから、それくらいは調べられてしまうことだが、答えなかった。
そこへ、策士サマが「裏の森の奥ですよ」と耳打ちした。情報通、というのは本当のようだ。
怖い、この人。
「そう」
そのまま黙ってしまった。
小夜は耐えられずに質問をぶつける。
「そのカッターナイフがなんだというのですか?」
生徒会役員たちが困った顔をした。言いにくいことでもあるのだろうか。
答えたのは五十嵐啓だった。
「あのさ、このナイフ、魔力を持ってるみたいなんだよね」
「はい? 魔力ぅ?」
冗談だと思いたかったが、役員サマ方の表情は真面目だった。
勘弁してよ。