五、
「ふぅ」
ため息ともなんとも捉えにくい息が吐かれた。
学校の裏の森、小夜が毎日通る森のとある場所に、小さな祠がある。願い事をしたり、悩みを口に出したりする、生徒にはよく知れたスポットである。
放課後、井上睦美はそこを訪れていた。心にのしかかるなにかを、軽くしたいがために。
わたしのクラスメイトが、五十嵐君にお姫様抱っこしてもらったんです。
でもその人、喜ぶどころか迷惑そうで。せっかく彼から話しかけてもらっても、そっけなくて。
なんで、わたしじゃなかったんだろう。その人も、クラスで目立たない、というか人を寄せつけないというか、とにかくわたしと同じで、あの人の視界には入らないタイプの人なのに。
――ずるい。
こんな気持ちを持ってても、何も変わらないのに。
わたしの好きな人は、明るくて優しくて、親切で、おまけに魔力も強くて……。
とにかくかっこいいんです。あの人とは釣り合わない。どうせならわたしがあの人になりたかった。
わたしって、嫌な女ですよね。
こんなこと伝えられるの、ここだけなので。
聞いてくださってありがとうございました。
拝んで合わせていた手を静かに下ろす。
と、祠の前に乳白色の石が置いてあるのに気が付いた。石には稲妻のようなぎざぎざ模様が入っている。特徴的だ。誰かがお供えしたものだろう。
心のもやもやを吐き出して少し気持ちを晴らした睦美は礼をして、ここからは学校の反対側、ほとんどの生徒が帰る正門の方向へと足を向けた。
祠、といっても特になにかが祀られているわけではなさそうなただの岩。
いつからか、学校の生徒がこうして訪れるようになった。
ずっと聞いてきたのだ。この岩は、生徒たちの夢や希望を。恨みつらみを。
ここ最近は、負の感情をさらけ出す場所として使われることのほうが多い。
しかし、長く多くの想いを受け止めてきたこの岩。
日本人は長く大切にした物には神が宿るとか、人形には命があるという考えを持つ。この岩――祠にも、力があるのかもしれない。
だって、ここで色々と吐き出した生徒は、心がすっきり軽くなって帰ることができるのだから。