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夜のキャンバスに色をからめて  作者: ぬりえ
四月
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二、

 取っ手に手をかける。

 どう見ても廃屋。だからノックはしない。

 ぎい、と軋んだ音を立てて扉が動いた。鍵はかかっていないらしい。ぐいと横へ。


「いらっしゃい」

「?!」


 廃屋だと思っていたのに人の声がして、小夜は内心で飛び上がった。

 その声はがらがらで乾いている。

 固まってしまった小夜に、「なにか要り用かい」と声がかかった。


 声の主は、黒いマントを目深に羽織った老婆。なんとか見える顔の下半分はしわくちゃで、夢見がちな女の子とはかけはなれた小夜でさえ、おとぎ話に出てくる魔女を想像してしまう風貌だった。


 ここは店らしい。ごちゃごちゃとがらくたのような雑貨が整理もされずにばらまかれている。


「えっと」


 入ってしまったのだ。少しは見てみよう、と視線を巡らせる。怖いという感情はなぜかわかなかった。


 かたん、となにかが手の先に触れた。

 取ってみる。


 小夜の手にちょうど収まる太さに、鉛筆くらいの長さ。木材でできているであろうそれは、色はさびれて見えるけれど、なぜか肌に心地よい。

 さらに興味を引いたのは、施されている細工だった。蔦の葉が絡み合う柄が全体に彫られている。小夜はそれに目を引き寄せられた。


「それは刃物だよ」


 刃物。ちょうど買おうとしていたものだ。


「そいつもあんたを気に入ったようだね」


 どうだい、と老婆が訊いてくる。


「いただきます」


 小夜は迷うことなく返事をしていた。

 マントの向こうで、老婆の目がにい、と嗤った気がした。


「毎度あり」


 小夜は会計を済ませて出ていくとき、老婆が言った。

 私、来るの初めてなんですけど。

 ひねくれたことを思っていても、心はほくほくしていた。自分が気になったものが、自分を気に入ったとあの老婆は言っていた。ただのセールストークにすぎないだろうけど、嬉しく思った。

 いいものを買えた。


 再び帰路につく小夜は、さっきまでそこにあったはずの建物が消えていることに気づかなかった。


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