一、
三つ目の投稿です。
初投稿に近い世界観です。
聞こえてくるのは、部活や自主訓練に励む生徒の掛け声や剣の交わる音。
楽しくおしゃべりする女子の甲高い声と男子の笑い声。
放課後になると、こういった騒々しい音が一気に押し寄せる。
校内は人が多い。不快な音をBGMに、黒沼小夜は、人と人との間をするすると通り抜ける。
小夜に気を向ける人などいない。それでいい。
誰かと一緒にいるより、独りのほうが楽だ。
変なことに気を配る必要もなく、なにより自由で。
目的地である図書室へ向かう途中、黄色い声がした。運が悪い。図書室に行くにはここを通らなければならないのが嫌なところだ。
黄色い声は、生徒会室の前に群がる生徒たちから出ている。生徒会役員に会うために、わざわざ待っているとはご苦労なことだ。そう思いながら、小夜はその群れを一瞥もせずに通り抜ける。
群れの制服の襟元につけられたピンは、予想通り青。一年生の色だ。二年が赤、三年が緑。そして生徒会役員には金色のピンがさらに与えられる。
ちらっと見えてしまった金色のピン。それをしていたのは、聖騎士と呼ばれる男子生徒――三年の先輩だ。
この学校の生徒会役員は、聖女、聖騎士、黒魔道士、白魔道士、勇者、戦士、策士の七人で構成される。それは力と技術の高さ、肩書への適性で選ばれる。
もちろん、魔法の、だ。
小夜が通うのは、魔法術専門大学附属高等学校、略して魔専附。かの有名な榊大魔法学園とは異なり、有する魔法の属性をわけ隔てることなく、自らの魔力と属性を使い、体術や武道を極めることを専門とする。卒業後はそのまま大学へ進学するもしないももちろん自由。他の大学へ入学、または学んだことを活かせる専門的な職に就き活躍する生徒がほとんどだ。
そのためか、いわゆる体育会系の生徒や部活が多い。しかし医術や薬学などの専門的な学術にも力を入れている。小夜がここへ入学したのはそっち、ある意味文科系といえなくもない、医術方面の知識を学ぶためであり、家から通える範囲内にあったからだ。
ほんとにただそれだけ。憧れの的とされる生徒会役員などにはまったくさっぱり興味がない。ファンとして追っかけになりたくもないし、間違ってもそんな立場になりたくもない。
まあ、後者はそもそも力不足な小夜に心配する必要はないのだが。
放課後はほぼ毎日、課題と自主研究のために図書室へ行くのだが、最近はそれさえ苦痛である。
小夜はこの春二年になった。新入生が生徒会室前を占拠しているのは仕方がない――まだ入学式後二週目だから――といっても、人と関わるのを避けたい小夜にとっては不快でしかない。
早くこの波が消えてくれればいいのに。
仮入部などの見学期間が終われば、少しはよくなるだろう。
小夜は独りで自由に行動したいため、部活には所属していない。興味がある部活がない、といっては嘘になるが、人付き合いは面倒だし、下手な馴れ合いはしたくない。縛られるのも嫌い。
群がる生徒たちをどうにか抜けて図書室へ到着し、やっと息をつけた。さっさと課題を片付けて、研究書を読もう。
これが小夜の日常。
下校時刻の予鈴が鳴った。
ささっと片付け、気になった本を借り、帰路に入る。
家までは歩いて約三十分。長いのか短いのかは、毎日徒歩で通う小夜にはそれが当たり前のことなのでよくわからない。
徒歩で通うというよりも、珍しいのは家がある場所だ。ほとんどの生徒は、駅や商店街、住宅地で賑わう正門から出て消えていく。けれど小夜は、それらと反対方向、悪く言えば廃れた、良く言えば自然豊かな森の方角へと向かう。裏門だ。
学校の裏側には森がある。その森のちょっとはずれたところに小夜の家はあるのだ。
そんなところに住んでるの、と思われがちな場所ではあるが、小夜は気に入っている。森の中を歩くのは気持ちがいいし、街の喧騒から離れているから静かで。ここに家を建ててくれたことだけは、両親に感謝している。
今日も森の間を通って帰る。薄暗いこの景色を怖いと思う人は多いだろうが、どこが怖いのか。ずっと独りで、この森のどんな面とも寄り添って生活してきた小夜にとっては、一つの顔にすぎない。もちろん森は、怖い場所でもあることは間違いない。しかしそんなこと今さらだ。普段からそれを感じていないから、怖いと思うのだ。
歩きながら、今夜の夕飯、明日の朝食にお弁当、授業のことを考える。
授業。
ここで思い出した。明日は薬草学で初めての実習があり、各自ナイフやカッターなどの刃物を用意するよう言われていたのだ。
家には授業に使うのには十分なほどの工具がある。けれどせっかくの機会なので新調しようと思っていた。今後ずっとともに仕事をしていく右腕として、気に入ったものを、少し高くても。
しかし商店街は反対にある。今さら引き返すにはもったいない。誰かと鉢合わせになるのも嫌である。明日は家にあるもので補い、時間のあるときにゆっくりと選ぶことにするか。
そのとき、木々がざわざわと揺れた。一陣の風が吸い込まれるように一点へ向かう。
目を向けると、そこには、古びた小屋のような建物があった。
なんだろう、こんなところに建物なんてあったっけ。
小夜の足も、風と同じくその建物に吸い込まれるように進んだ。
小夜の運命が動き出す。