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男たちに絡まれていた事情を聞きたい、と言ってトーコを村に連れてきたというのに、村に着いた翌日に、エドが自らトーコに話を聞くと言って呼び出した以外は、私のみがたまに魔獣の討伐に駆り出されるくらいで、全く何もなく数日が過ぎていった。
「気がついたらブレロの湖の畔に居た、これまでの記憶がないって言っといたからじゃない?」
トーコはそう言って笑った。
聖女として自覚があることは言いたくなかったから、と。
記憶が無いことになっているトーコを案じたのか、単に用意できる部屋の問題か、トーコは私と一緒の部屋に滞在していた。
はじめこそぎこちなく、よそよそしい会話をかわすだけだったが、段々と私たちはお互いのことを少しずつ話して打ち解けていった。
トーコはここではない世界から召喚されてきた、と教えてくれた。
魔獣は勿論魔法も無く、魔法の代わりに科学と呼ばれる技術が発達した、こことは文化から何から違う世界だったと。
召喚をしたのは王都だろうけど座標がずれたのか、王都ではなく、ブレロの湖の畔に落ちたらしい。
「私、初めてトーコに出会ったときに凄く焦燥感みたいなのを感じていたんだけど、トーコも感じていた?」
そう尋ねると、トーコは少し驚いたように目を見開いてから、うん、と頷いた。
「たぶん、呼ばれてたんだと思う。ルゥを見たときに仲間、みたいな安心感があったから。勇者と、聖女と結界師ってそれぞれ共鳴っていうか、呼び合うものがあるような気がする。それに、」
そこで深刻そうな表情を見せたトーコは、小さな声で告げた。
「限界を感じるの」
「限界?」
「たぶん、封印?みたいなものが、もう限界みたい。何かが溢れそうな気配がして、落ち着かないの」
そして更に声を低くして呟いた。
「だからたぶん勇者も、近いうちに引き寄せられて来ると思う」
真剣な表情のトーコに、私もそう思う、と頷いた。
そしてこれは2人以外には知られてはいけない。
トーコも言葉にしなくても、お互い同じ思いでいることがわかって、どちらともなく頷いた。
最初は心細かったのか、どことなく不安そうな印象のトーコだったが、打ち解けてくるにつれて活発というか、快活というか、よく喋るしよく笑う、普通の女の子といった様子を見せるようになった。
ただ、同じ年くらいかと思っていたら、既に20歳を越えていると聞いたときは驚嘆したが
彼女は気にする様子もなく、
「幼く見える民族なんだよね」
と笑っていた。
「ルゥは何でここにいるの?結界師だから?」
不思議そうに問うた彼女に、この村に滞在することになった経緯を話すと、彼女の表情は憤怒に染まっていた。
「…サイテー。爽やかな面して随分下っ衆いことするのね。王族ってロクでもないのしかいないの?」
ここに連れてくるときも結構強引だったし、と憤り冷めやらない様子でお茶をぐいと呷る。
同じように怒ってくれるのがこんなに嬉しいとは思わなかった。
「浅はかだったわ。相手が味方かどうかも見極めずに魔獣に向かったりして」
心に沿ってもらえた安心感からだろうか、今さら悔やんでも遅いけれど、思わずポロリと本音が零れた。
「それでも脅して協力させようなんて。ルゥに協力させておいて、王と繋がってる可能性だってあるわけでしょ。ホント、サイテー」
トーコは可愛らしい顔を歪めて吐き捨てた。
「随分な言われようだな」
振り返ると、レオが部屋のドアにもたれ掛かるように体を預けてこちらを眺めていた。
「今度は盗み聞き?」
トーコは嫌悪を隠さずに顔をしかめる。
「まさか。ノックしたけど返事が無いから入らせてもらっただけさ」
「第二騎士団は許可もなく女性の部屋に勝手に入るの?」
「入る前に声を掛けたがね」
「聞こえてなかったら意味無いわ。許可無く立ち入ったことを問題にしてるのよ」
「聞かれて困る話でもしてたのか?例えば、君が聖女である、とか」
「つまんないカマ掛けね。何も知らないって言ってるでしょ」
私はトーコとレオがポンポンと言い合う様子に気圧されてぼんやり見ていたが、我に返って割って入る。
「レオは何か用事があって来たのでは?」
「あぁ、そうだ。ルゥ、近くに魔獣の小さい群れが出たらしい。これから討伐に出るから帯同して欲しい」
レオも目的を思い出したらしい。私に向き直ると、淡々と告げる。
「…わかりました」
「すまないが、すぐに出るそうだ。急いで準備を頼む」
そう言うと、レオは部屋を出ていった。
私はワンピースから、渡されている騎士の制服に着替えれば準備は済んでしまう。
不満そうなトーコに行ってきます、と声を掛けて騎士たちが集まっていた館の外へと向かった。
◇◇◇
「魔獣の気配は?」
「…周囲には無いようですね」
エドに問われて私は首をひねった。
周囲に探索を掛けるように、薄く結界を広げていっても、魔獣の気配は掴めなかった。
森の奥に戻ったのだろうか。
それにしても気配すら無いというのはどういうことだろう。
「…誰かが討伐したか?」
エドの呟きに首肯も否定も出来ない。
小さいとは聞いていたが、魔獣の群れとまともに戦える人なんて、そうそうは居ない。
よほど手練れの魔術師や冒険者───だとしても群れを相手にパーティも組まずに単身で挑むのは無謀だ。
そんな事ができるのは、勇者くらいだろう。
しかし、探索の結界は、魔獣どころか人の気配も捉えることはない。
「これ以上は無駄足だな。暗くなる前に引き上げよう。───ルゥ、申し訳ないが帰る道すがら探索は続けてもらえるか?」
エドの言葉に、討伐隊が引き上げていく。
私も頷くと、ゆっくりと結界を広げながら帰途に着いた。
途中、村の近くに伸ばした結界が人の気配に触れて、胸の奥がざわざわと波立ったのをエドやレオに気づかれぬように、私はそっとやり過ごした。