19
ガタガタとずっと体を揺すられている気がする。
不愉快な揺れにぼんやりと意識が目覚めていくけれど、まだ眠っていたい。
もう一度意識を眠りに落とそうとして、鈍い頭痛がそれを邪魔をする。
視界に入る光すら鬱陶しく感じながらゆるゆると目を開けると、ぼんやりとした視界に男性の長い足が見えた。
最近になって見慣れたカーキ色の騎士服に身を包んだ男性が、私を正面に見るように座っている。
おそるおそる身を起こそうとしても、腕が痺れているのか力が入らず思うように体を起こすことはできなかった。
どうにか首を動かして周りを見回すと、ぼんやりとしていた視界が段々と焦点を結び、景色がクリアになっていく。
そこは広いとは言えない馬車の中だった。
私は馬車の座席に横たえられていたらしい。
移動中のようで、ガタガタと大きな音をたてて揺れている。
「目が覚めたか?」
目の前に座る男性の声に我に返る。
私の前に座るのはエドだった。
確か私たちは村にいたはずだ。
朝食後のお茶の席で、テーブルに突っ伏したトーコに声を掛けようとして───
その後の記憶がプツリと途切れている。
私もトーコと同様に意識を失っていたのだろう。
私は声が震えないように気をつけて、やっと声を出した。
「エド…。どういうこと…?」
「彼が…ルカが出立すると聞けば君たちもいずれ動くかと思ってね。先手を打たせてもらったよ」
「トーコは?トーコとルカは無事なの?」
「大事な聖女様と勇者殿だ。丁重に保護してるさ。彼らもそろそろ目覚めるんじゃないか?」
「私たちに、何を盛ったの」
「ただの睡眠薬さ。毒性はないよ」
レオが給仕していたのはそういうことか。
鈍く痛む頭を抑えて起き上がろうと腕に力をかけたが、思うように力が入らない。
「まだ抜けきってないだろう。無理しない方がいい」
エドが素早く隣へ移動すると、私の腕と腰を取って起き上がらせる。
まるでエドの胸に抱き込まれるかのように支えられて思わず身を固くした。
「やっ…」
「まだ暫く揺れる。危ないから掴まってろ」
エドの腕から逃れようと身を捩るも、却って強い力で抱き込まれて身動きができなくなる。
エドの言うとおり薬が抜けきっていないのだろう。
鈍い頭痛は段々と薄れていくものの、揺れる馬車の中で体を支える力はまだ出ない。
どこへ向かっているのかはわからないけれど、体力の回復と温存に努めた方が良さそうだ。
諦めて体の力を抜いた私に気を良くしたのか、エドはふっと笑みをこぼすと、私を抱え直すように腰を引き寄せると、静かに前を見つめていた。
◇◇◇
あれから暫く馬車が走り、ようやく止まった。
横抱きのまま馬車から降りようとするエドからどうにか体を離して、ゆっくりと馬車を降りる。
エドはじたばたと暴れる私を抱えるのは諦めたが、馬車から降りる私の手を離すつもりは無いようでしっかりと握られている。
目が覚めてからだいぶ時間が経っているせいか、大人しくしていたのが良かったのか、すっかり頭痛も引いて歩くのにも問題なく回復している。
ゆっくりと馬車を降りたその時、私を呼ぶ声に思わず振り返った。
「ルゥ!」
「トーコ!」
見ればトーコが別の馬車から降りてきたところだった。
どうやらすぐ後ろを走ってきたらしい。
お互いの無事を喜びたいところだけれど、トーコはまだ足元が覚束ないのか、レオに腕を掴まれて支えられている。
その後ろには、一人で危なげなく馬車から降り立つルカの姿もあり、ひとまずその無事な姿にほっとする。
「ここは…」
改めて降り立った所を見回すと、そこは森の奥のようだった。
木々が途切れて小さく開けた広場のような場所に、私たちが連れてこられた馬車が停められている。
驚いたことに馭者の他は護衛の騎兵は居なかったらしい。
広場の先には、小さな洞窟が口を開けていた。洞窟の入口の側には古い剣が打ち捨てるように刺さっており、これまで訪れる者も居なかったであろうことが伺える。
そしてその奥からは、今まで感じたことの無い質量の魔素が漏れ出している。
「北の山脈の、ふもと…?」
私の呟きに答えたのはエドではなくルカだった。
私の問いに答えたわけではないのだろうけれど。
ルカの言うとおり、いつも森の奥に見えていた山脈の稜線が今は近すぎて見えない。
森の続きのように木々が生い茂っているが、道は分かりやすく緩い坂道になっている。
「ああ。ここがラウロ王国の最北だ。この先の洞窟から、氷の大地の魔素が漏れ出してきている」
エドがルカの言葉を継ぐように答えた。
魔獣はもともと森に住む動物たちが、魔素によって変異を起こして凶暴化する。
その魔素が、この洞窟の奥から漏れ出してきているということは、ここを封じれば魔獣の発生は抑えられるはずだ。
北の森に特に狂暴な魔獣が多かったのも、漏れ出した濃い魔素に晒され続けたからだろう。
エドがここに私たちを連れてきたのも、この洞窟を封印させるためなのだろうか。
「結界、じゃない?」
エドの思惑に乗るようで癪だけれど、魔獣を抑える手立てになるのならそれも仕方ない。
そう思って洞窟の入り口に封印代わりに結界を張ろうと探ると、結界とはまた違う感触が探る私の魔力をふわりと撫でた。
それはまるで今張らんとした結界のようでいて、全く違う魔力に満ちた力。
洞窟を埋めるように満たされたそれは、溢れる魔素を飲み込んで栓をしているかのようだった。
不思議な魔力に触れたその時、ふいに脳裏にトーコの声が響いた。
───封印?みたいなものが、もう限界みたい。何かが溢れそうな気配がして、落ち着かないの。
不安そうに瞳を揺らしてそう訴えるトーコの様子を思い出す。
「ここが、封印?」
そう呟いたその時、ばさりと羽ばたく音と共にそれまで私たちを照らしていた陽の光が翳って私たちに空から薄暗い影が落とされた。
長いこと休止してまして申し訳ありませんでした。
完結まで21:00に更新できるように頑張ります。
どうか最後までお付き合いください。




