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北の森の魔獣の盾のために拓かれた贄の村。
王都から半日ほどの距離にあるその村は、北の森に潜む魔獣を引き付けて王都への侵入を防ぐものだと聞いていた。
そのため、村人は罪を犯して断罪された罪人であると。
しかしそんな村をなぜ王族自らが管理するのだろうか。
そんな疑問が私の顔に浮かんでいたのだろう。
エドガルド様はお茶を載せていたトレイを持ったまま傍らに立つ青年にも、座るように促し静かに口を開いた。
「私の役職はご存知でしょうか?」
「はい、勿論です。第二騎士団の団長様と存じております」
現王とひと回り以上年の離れたエドガルド様は、18歳で迎えた成人と共に、既に即位してた現王の臣下へと下っている。
騎士として国に仕えるとの意思を汲み、騎士団長を任されているのである。
ただ、王族である彼が王宮勤めの近衛である第一騎士団ではなく、遠征を常とし、獣討伐を受け持つ第二騎士団へ身を置いているのは不思議ではあったけれど。
「この村は、魔獣討伐の拠点として拓いたんですよ。だから討伐隊の長たる私が責任者なんです」
「なら、罪人の村というのは…」
「村を拓くときの労働力として、軽微罰で投獄されていた囚人を、恩赦を条件に連れてきていたんです。それがきっと罪人の村と勘違いされたんでしょう」
今はこの村には、第二騎士団しかいないのですよ、と苦笑した。
「そういう事だとは、全く存じ上げませんでした…」
この村が魔獣対策の拠点、騎士団の詰所だとしたら、私のような貴族なぞ邪魔になってしまうだろう。
暫く厄介になる他無いだろうとは思っていたけれど、これは想定外だ。
「王都に貴女を保護したと使いを出しましょう。迎えが来るまではこちらで過ごしてください」
「嫌っ…!」
思わず出した大きな声に、エドガルド様は驚いたように目を見開いた。
私は構わずに続ける。
「先ほどの馬車に、私の私物を残して来ました。あのままにしておけば馬車と共に魔獣に襲われた事になるでしょう。死んだことにして貰ったほうが助かるのです」
「何故?」
「王太子の婚約者として私が生きていれば、いずれまた命を狙われる可能性が高いからです」
───他ならぬ王太子によって。
エドガルド様の隣に座る青年が息を飲む気配がする。
全て言葉にしなくとも、言わんとすることは正確に伝わったらしい。
「ですから、私は魔獣に襲われたものと処理していただけないでしょうか。暫くはお世話になる他はありませんが、用意が整い次第ここを出ますから」
「ここを出てどこへ行くのです?女性1人で出歩けるような所ではありませんよ」
これまで静かに私たちの話を聞いていた青年がたまらずといった様子で声をあげた。
その青年に向かって私は続ける。
「私は結界が使えます。多少の魔獣なら寄せ付けません。」
「多少って…。この森にどれだけ危険な魔獣がいると思ってるのです?」
「魔術も使えますから、身を守る分には問題ありません」
「だから貴族のお嬢さんがそんな危険なマネをしてどこへ行くというのさ!」
「西の国境を越えて隣国へ行こうと思います。傭兵団でなら魔術師も役に立つでしょうから」
思わず口調が乱れた青年を、エドガルド様が手で制する。
「貴女の希望はわかりました。保護の連絡は見送ります。ただ、暫くは私たちとここに一緒にいてください」
「…わかりました」
ここで暫く世話になる。
どのみち今の私にそれ以外の選択肢はないのだ。
───王太子の命で北の森に捨てられる
そう悟ったときに、この国に、ラウロ王国にはもう居られないのだと覚悟をした。
死にたくなければ、王太子の婚約者は死んでしまった事にして逃げなければ、と。
だから身元を明らかにするものは馬車に捨て置いてきた。
貴族としての身分を捨てて生きていくのは簡単では無いだろうとは思うけれど、死にたくなければ足掻くしかない。
西の国境を越えて隣国へと渡れば、傭兵団付きの魔術師として潜り込むことができるだろう。
魔力に不足はないのだし、得意の結界の他にも、防御魔法も攻撃魔法もそう難しいことなく扱える。
上手く立ち回れば、宮廷付きの魔術師として召し抱えてもらうことも出来るだろう。
自惚れるわけではないが、私の持つ膨大な魔力は隣国にとっても魅力的な筈だ。
「今日のところはもうお休みください。部屋を用意しましょう」
食事もお部屋に用意します、とエドガルド様が立ち上がったその時だった。
───ピィィーッ
甲高い笛の音が村に響く。
神経に障るような高い音は、警告音であることが簡単に察せられた。
「魔獣が来たようですね」
「なんですって?村には結界を張ったはずよ」
「村の外から魔獣の接近が無いか見張りを立てていますから。どうやら村に向かってきている魔獣がいるようです」
言うが早いかエドガルド様と青年は、足早に外へと向かう。
私も置いていかれまいと慌てて後を追って館の外へと向かった。