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王と公爵

ラウロ王の執務室には、王と対峙するように立つ男のふたりだけであった。

いつもならば宰相をはじめ、政を担う文官等がひっきりなしに出入りしており、こんな時間にこの部屋を静寂が支配することなど決してない。

しかし人払いされた執務室にいる二人は言葉を発すること無く、暫く時間だけが過ぎていった。


「ルクレツィアは見つかりましたかな」


静寂を破るように、男の呟きともつかない声が落ちる。


「いや」

「あなたのことだ。大方目星は付けているのでしょう?」


短く言葉を返した王に、男は追い立てるように言葉を継いだ。


「…第二の詰所へ保護の報告を求めているところだ」

「しかし返事はないと」

「…そうだ」

「沈黙は肯定では?」

「その通りだな」


苦虫を噛み潰したような渋面で答える国王を相手に、男は飄々とした様子で問い詰める。

だがその表情は冷たいまま、決して臣下のそれではない。


「彼らがルクレツィアを取り逃がしている可能性は考えないのですか?」

「国境にも報告するよう通達している。その報告が無い以上はおそらく国境は越えてはいまい。エドが…あの愚弟が隠しているのだろう」


王は渋面を崩さず男を見る。

男も冷ややかな表情を取り繕うこともせずに王を見返した。


「おおかた結界師を抱き込んで英雄を気取りたいんだろうさ。愚弟の考えそうなことだ」


王は吐き出すかのように、呻くように絞り出した。

男の冷たい視線に屈したわけではないだろう。

それは王の心の奥に汚泥のように溜まり込んで、決して灌がれることのない淀みであった。


「…ですから婚約なんて反対したんですよ」


男が嘆息混じりに呟いた。


「王家に必要な縁だと思っていたからだ。今だってそう思っている。あれとの婚約はまだ正式には破棄されていない」

「いっそのこと王弟殿下と縁を結び直せばいかがです?王家と縁付くことに代わりは無いでしょう。もっとも───」


男はゆっくりと息を継ぐと冷たい眼差しはそのままに、口の端だけをつり上げた。


「あの子がそれを飲むかは別問題ですがね」

「そもそもあいつじゃ話にならん。彼女は王太子妃に据えてこそだ」

「彼が王位につく可能性だってあるでしょう」

「それはない。ラウロ王室は嫡子を優先する。コルネリオが廃嫡してもその下が継ぐ」


王は眉間の皺を更に深く刻み、ため息ともつかない重い息を吐き出した。

それを見つめていた男は、おもむろに書類を取り出すと、王の目の前へと突き出した。


「これは?」

「魔術師団の解任願いと、爵位返上の申出書です。…決裁を」


王は驚愕を浮かべて男を見やる。


「なんだと?」

「魔術師団長とあっては、職務に追われて行方不明の娘を探しにいくこともままなりません。国境近くで人探しとなれば高い爵位は他意はなくとも火種になりかねんでしょう」


公爵位は、通常王家に連なる家系に与えられるが、パウジーニ公爵家はその限りではない。

もともと魔術師の家系で、ラウロ王国に召し抱えられる前は魔術師として傭兵のような生活をしていたという。

それを宮廷魔術師に取り立て、公爵位まで与えたのは、偏にパウジーニ家が結界師を輩出する家系であったからだった。


パウジーニ家は数代前が結界師として活躍し、その功績を称え叙爵された。

それは勿論褒美でもあったが、それに加えて有用な魔術師を国に縛る役割も期待されていたし、実際にその鎖を強固にするべく、結界師を輩出する度に昇爵していった。

始めに叙爵された爵位は決して高いものではなかったが、現在、貴族として最高位の爵位を賜って久しい。

それも王族に連なる家系と肩を並べる家格を与えられているのは、これまでのパウジーニ家の貢献がどれだけのものであったかを示すものだった。


しかしこれだけ高い爵位を賜っておりながらも、パウジーニ家はラウロ王室とは距離を保ってきた。

王室との婚姻を決して結ばずにいたパウジーニ家が今回の婚約に至ったのは、ルクレツィアのように女性の結界師がコルネリオとごく近い年回りで生まれたレアケースだったからに他ならない。

その稀有なチャンスを、ラウロ王室が見逃すはずが無かったのだった。

輩出される魔術師が圧倒的に男性が多かったせいもあるが、パウジーニ家は叙爵、昇爵の度に示される拝領を拒み、王女の降嫁も辞退し、家格が低いと言われても魔力の相性の良さを重視して婚姻相手を選んできた。


それはパウジーニ家がかつて傭兵のような暮らしをしていたことに起因する。

今はラウロ王国に居を構えているとしても、いつ何時国を追われることになっても問題なく暮らせるように、準備を整えておくことを代々の当主は義務づけられていた。

尊敬をもって主に仕えぬと判じた時には、いつでもその地を離れて新たな主を求められるようにと。


ルクレツィアを一方的な都合で縛っておきながら軽んじたラウロ王室を、パウジーニ家はもはや主とは見なしていなかった。


「屋敷のものは全て職を解いております。皆既に次の仕事へと向かいました。賜っておりました屋敷には、これまでお預かりしておりました宝物を全てまとめて保管しておきましたので、屋敷とともに返上致します。勿論爵位もありませんから王室への輿入れはできませんな」


男───パウジーニ前公爵は、表情を変えること無く告げると、王の返事を待つこと無く一礼して踵を返した。

書類を手にした王が、男の言葉を全て理解したのは、廊下に響く男の足音が聞こえなくなって暫くしてからだった。


◇◇◇


「父上!」


王宮を出た男に、まだあどけなさが残る少年が声をかけた。


「お話は、済みましたか?」

「あぁ。問題ない」

「では、参りましょう」


少年は弾むような足取りで男を先導していく。その先には、地味な作りの馬車が止まっていた。

一見辻馬車のような簡素な作りに見せかけて、かなり重厚に作られた馬車のドアを迷い無く開けて飛び乗る少年に続いて、男も馬車へと乗り込んでいく。

ドアが閉められると、馬車はゆっくりと国境に向かって走り出した。


「父上、姉様は無事でしょうか?」

「ルクレツィアなら問題ない。お互いに無事なら必ずどこかで会えるさ」

「爵位を返上したと知ったら驚くでしょうね」

「あぁ。驚かせるのが楽しみだな」


もう縛るものは何もない。

そう呟いて、男は少年に微笑んだ。


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