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どうぞ、トーコが声をかけると、レオナルドは間を置かずにガチャリと扉を開いた。
本当に扉のすぐ側で待っていたらしい。
「朝早くからすまない」
「本当ですね。女性の支度を急がせるもんじゃないですよ」
遠慮のないトーコの返事に、レオナルドは苦笑する。
しかし気を取り直すように部屋を見ると、トーコに改めて問いかけた。
「ルゥはいないのか?」
「ええ。私が起きたときはもういなかったわ。井戸に水を汲みにでも行ってるんじゃないかしら。で、何でわざわざこんな朝っぱらから所在確認なわけ?」
支度を急かしておいて用が済んだと思うなよ、というトーコの圧を感じたのか、レオナルドが言葉を詰まらせる。
「昨日の討伐の際に救助した男性の姿が見えない。ルゥに探索を頼みたかったのだが」
「探索だけならレオナルド様も使えるのでは?」
エドガルドはもちろん、レオナルドとて王族の側近を務めるほどである。
彼の実家が爵位の低い貴族であるはずもなく、レオナルド自身もかなりの魔力を有している。
「いや、探索は魔力の操作というか、魔力の量のコントロールがな…。できるやつはなかなかいない。エドも俺も無理だ」
苦り切った表情で呟くと、レオナルドはがしがしと頭をかいた。
そしてトーコに視線を合わせると、皮肉げな笑みを浮かべて言葉を継いだ。
「ならアンタでもいいか。勇者の気配はどこだ?聖女様」
「は?」
「昨日保護した男だよ。勇者なのは気づいているだろう?アンタたちはお互いを認識できるはずだ。ならアンタも勇者の気配が分かるだろう?」
勿論、トーコは昨日の討伐から帰ったルクレツィアから、勇者が魔獣との戦いで意識を失い民間人として騎士団に保護されたことは聞いていた。
それ以前に勇者の気配を察していたことも。
しかしトーコは、ルクレツィアとブレロの街で引き合ったような心をざわつかせる気配を感じることはなかった。
今だって勇者はおろかルクレツィアの気配も感じることはない。
だからこそ、姿が見えないルクレツィアを案じることこそあれ、トーコに何も言わずに村を離れた可能性を排除したわけだが。
それでも聖女であることをエドガルドたちに知らせるつもりはないトーコは、レオナルドを鋭く睨み付けた。
「いい加減、しつこい。私は聖女じゃないし、何も思い出せないって言ってるじゃない」
「聖女である記憶も無くしてる可能性だってあるだろ」
「そんなの言いがかりじゃない。もういい加減街に帰りたい」
言い募るトーコを、レオナルドは冷たく一瞥する。
「そうそう簡単に帰せるか。それぞれ役割ってもんがあるんだよ」
「そんなもん押し付けられる道理もないわ。勝手に役割なんて決めないで」
「聖女の役目を放り出す気か」
「だから私は聖女じゃないわ。何度も言ってるでしょ。そもそも役割とやらを果たしてほしかったら頼み方があるんじゃないの?大方ルゥの保護だって王都から引き渡すように言われてるのを隠してるんでしょ?」
「っ!」
「どうして保護してすぐに連絡しなかったんだろうね。討伐にまで駆り出して?ルゥが脅されて帯同させられてたって訴えたらどうなるんだろうね?」
───形勢逆転、かな?
レオナルドの表情がみるみる強張っていく様子を眺めながら、トーコはレオナルドににっこりと笑みを向けた。
◇◇◇
「───ルゥ」
井戸に戻ると言っていたルカと別れて、部屋に戻る私はエドに声をかけられた。
「おはようございます」
「昨日救助した男性を見なかったか?」
「先ほど会った方でしょうか。井戸を探していたようですよ」
ちょっと道を逸れて話し込みましたけどね、とは言えないけれど、嘘は言っていない。
真実全て言っていないだけ。
「そうか。───ルゥ、ひとつ聞きたいのだが、いいか?」
「何でしょう?」
いつになく真剣な表情でエドに見下ろされて、私も背筋が伸びる。
意識しなくとも、人を制し従わせる何かがこの人にはあるのだろうか。
深いブルーの瞳は嘘偽りも全て見抜くかのように冴え冴えとしている。
「昨日救助した彼をどう思う?」
「どう、とは?」
「魔獣相手にあれだけの戦いぶりだ。勇者では、ないだろうか」
───やはり、エドはルカが勇者であると気づいている。
そして互いに引き合うこともきっと知っている。
一瞬のうちにそう判じた私は、ルカへの意識を頭から追いやった。
「そのようには、見えませんでしたけど…」
今私は不思議そうな表情を浮かべているだろうか。
表情を変えずに相変わらず私を見下ろしているエドの瞳からは何も読み取れない。
でも、今まで逆らえないと感じていた瞳に見つめられていても、不思議と心は落ち着いていた。
「そうか。ではルゥ、部屋まで送ろう」
エドは納得したのか、ふわりと表情を和らげると、私の手を取ってするりと身を寄せた。
然り気無い仕草で腰に手が回っている。
「…?あの、彼を探されてたのではないのですか?」
「居場所が分かれば問題ない。行こうか」
エドは私を握る手に更に力を込めると、部屋へと向かった。
有無を言わさず、強引に話を進めるエドはいつものことだ。
しかし私はいつにない距離の近さに若干戸惑いを隠せない。
「エド、あの、歩けるから離して下さい」
どうせ控えめに訴えてはエドは聞き入れてはくれないだろう。
失礼は承知で、私は身を捩るとエドから距離を取った。
それでも強く握られた手は離れない。
そんな私の様子を、エドは驚いたように見つめていたけれど、やがて苦笑を浮かべるとゆったりと歩きだした。
どうやら部屋まではついてくるつもりらしい。
手を引かれてエドに先導されるように、私も部屋へと向かった。




