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「少し、話をできませんか」
意外にも、そう提案したのはルカだった。
私自身その申し出に否やはない。
頷きを返すと、それまで緊張していたのだろうか、申し訳なさそうに寄せていた眉間のシワが緩み、ルカはふわりと微笑んだ。
「ここはじきに人が来ますから」
井戸はそう時を置かずに朝の鍛練を終えた騎士たちが大勢やって来て賑やかなことになる。
私はそう告げると、村の外に向かって歩きだした。
ルカも何も言わずに隣を歩く。
やがて村を出て少し、村の裏手にある開けた広場のような草原で足を止める。
騎士たちの練習場となっているそこは、森と違って身を隠せるような木がなく、低い草が茂っているだけで見晴らしがいい。
この練兵場なら、安心して話ができる。
広い分宿舎から離れているので、朝早くからここを使う騎士は殆どいない。
「ここなら尾けられても、話し声は聞こえないはずです」
「尾行されてるのですか?」
立ち止まってそう告げると、ルカは辺りを見回した。
尾行されているとは思っていなかったようで、その表情には困惑が浮かんでいる。
「ええ。私は監視されているはずよ」
「それは、ここを出ると言っていたことと関係ある?」
「ええ」
「理由を聞いても…?」
私は王太子の命で森に追放されたこと、死んだことにして隣国へ逃げようとしたこと、それをエドに止められていることをかいつまんで説明する。
トーコと話した時と同様に、ルカの表情が段々と険しいものになっていった。
「王太子だけじゃないのか。…王家を見る目が変わりますね」
「トーコも似たようなことを言ってました」
「トーコ?」
「聖女です。ブレロの街で引き合いました。今、ここに一緒に居るんです」
「聖女…」
「異世界からの召喚者だそうです」
これで結界師、聖女、勇者と揃ったことになる。
おそらくエドはトーコを聖女と見抜いている。
でなければ「記憶を無くしたただの町娘」を自称するトーコを引き留めるわけがない。
破落戸に絡まれていたあのとき、レオがタイミング良く助けに来たことを考えれば、引き合うことを知っていて監視されていたはずだ。
なら、次は勇者だと考えるだろう。
「私は、私を利用することしか考えないこの国からもう離れたいんです。追放されたのなら自由に生きたい。今は魔獣の討伐に駆り出されていますが…。だから、ルカもエドに協力するつもりがないなら早めに理由を付けてここを出てください」
あれだけの数の魔獣を相手に闘っているところを見られているのだから、エドはルカが勇者であると考えているだろう。
また何か理由を付けてルカを引き止めるはずだ。
もしかしたら立場を利用することすらあるかもしれない。
「離れると言っても…。ルゥは、どうするつもりなのです?」
「トーコがここから出たら最初の目的通りに西の隣国へ向かおうと思います」
だからその前にルカは逃げて欲しい、そう続けようとしてルカを見上げた。
「それなら、3人で一緒に出てしまいませんか?」
「え?」
「トーコさんと僕がここを出てからルゥが逃げるのは難しくなるんじゃないかな。僕たちは引き合うから。ルゥさえいれば、僕たちがここを離れても、いずれまた引き合って会えるでしょう。それを狙って、彼らは僕たちがここを出るのを見逃しても、ルゥだけは手放さないと思う。それに、ルゥがここにいる限り、引き寄せられて国境越えも阻まれるかもしれないし」
それはその通りだった。
ならばどうやって抜け出そうか。
今朝のように夜が明ける前に、いや、夜の闇に紛れてしまうことはできるだろうか。
「僕も、トーコさんと同様に力に目覚めたことは伏せておきます。あの魔獣の討伐も、以前警備隊に居たときの経験によるものだと言えばそれなりに説得力を持つでしょう」
ルカはそう言って微笑むと辺りを見回した。
ここに来てからはそんなに時間は経っていないけれど、もう騎士たちが起き出す時間だ。
幸い、今のところ人の気配はない。
「あんまり長話も見つかってしまいますね。そろそろ戻りましょう」
ルカも同じ事を考えたのだろう。
また夜明け前に井戸の前で落ち合う約束を交わすと、井戸に戻ると言うルカとは時間をずらして村へと戻った。
「───ルゥ」
別れ際に、不意にルカに呼び止められて振り返ると、にっこりと笑ってルカが言った。
「井戸への案内、どうもありがとう」
その発言の意図に、私は思わず笑みを浮かべて答えていた。
「どういたしまして。お役に立てたなら何よりです」
部屋へと戻る私の足取りは自分でも分かるほど軽かった。
ここを3人で抜け出すという提案は、思いの外私の心を踊らせるらしい。
トーコはどう思うだろう。
賛成してくれるだろうか。
そわそわとした気持ちを抱えて、私は部屋へと向かった。
◇◇◇
トーコが目を覚ますと、隣のベッドはもぬけの殻だった。
部屋の中に、同室の少女の気配はなく、静まり返っている。
寝過ごしたのかと慌てて窓の外を見るが、ちらほらと人が動き出した気配がするだけで、外は十分早朝だった。
朝を告げる鐘もまだ鳴っていない様子からも、寝坊したわけではないらしい。
「ルゥ、どこかへ行ったの?」
もしかして村を出てどこかへいってしまったのだろうか。
そんな不安がトーコの胸を過るが、彼女がトーコに何も言わずに姿を消すとは考えにくい。
「王弟殿下…?」
また何か彼女の身に理不尽な何かが降りかかったのだろうか。
理不尽の元凶と言えばトーコの中ではエドガルドが筆頭に挙がる。
思わず零れた呟きに反応したかのように、部屋の扉がノックされた。
「ルゥ、いるか?」
一瞬過った不安とそのタイミングの良さに体をびくりと震えたが、果たして声の主はレオナルドだった。
「まだ支度ができていないので開けないで下さい」
「───すまない。用意ができたら呼んでくれ」
トーコはまだ起きたままの格好に気がついて答えると、レオナルドは訪ねるには早い時間であることに思い至ったのか、一瞬の逡巡のあとにそう言うとドアの外に立っている気配がする。
どうやら出直すつもりはないらしい。
トーコはため息をつくと、手早く支度を整えた。




