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最も美しき貴女へ

遊佐ゆさ)(いずみ×金城きんじょうあざみ

「ご馳走様、今日も美味でしたわ」

 彼女は、何も付いていない様に見える口周りを丁寧に綺麗に整えてから口を開いた。

 まるで始めからそこには無かったかのように、粒一つ残されていない皿だけが残されていた。

 パイ生地を一粒をこぼさずに食べることは、カレーうどんのツユを飛ばしてしまうこと以上に回避する方法が無い。

 パイの粒自体が彼女の邪魔をしないように勝手に消えていく、なんて冗談も考えてしまう。それほどまでに彼女は美しい。

 彼女、金城あざみは、こんな風に時々私の家に来て、アップルパイを食べる。

 こんなところに通うほど暇な人ではないはずなのに、唐突に、忘れかけた頃にやってくる。

 彼女は美人だ、それも三日で飽きる様な美人ではない。……と言うより慣れない。

 どんな人間も、相手が次にどのように行動するかを予測しながらコミュニケーションを取るものだと、私は思う。

 だけどこの人は、その予測を外さない上で超えてくる。例えるなら、予想通りに攻撃が来たのに構えた盾ごと吹き飛ばされるかのようなもの。

 嵐のような人なのだ。

 だから、この人が来ると私はいつも緊張する。

 私はいつも、出来るだけ淡々と応対することにしている。出来ることなら嫌われてしまった方が楽だから。

「お粗末様でした」

「あら、そのように卑下することは無いわ、泉さん、貴女はもっと自信を持つべきよ」

「……ただの挨拶、あざみさんみたいな人に自信のない物は出しません」

「えぇ、知ってるわ、ただの冗談よ」

「……分かってます」

「あら、相変わらずつれないのね」

 この会話の間にも彼女は、私の眼をじっと見つめ続けている。人を飲み込んでしまいそうに深く輝く瞳が私を捉えようとする。

 突然、洗う必要もなさそうな皿を下げようと伸ばした手を掴まれる。柔らかさ、温かさにドキリと心臓が跳ねる。

「これはいつものお代よ」

 500円玉が握りしめられる、いつものことながらやはり慣れない。

 アップルパイは私の趣味で作っているもの、誰かに何かを求めている訳ではない。だけどこの人は、それでは気が済まないと言って無理矢理握らされる。

 私はそれをリンゴの形をした金色の貯金箱に入れる。

 結構な数が溜まってきている、ガチャンと硬貨同士がぶつかる音がする。

「それって、やっぱり一度も使っていないのかしら?」

「全部返すつもりだから」

「貴女の為に使って欲しいお金なのだけれど」

「必要ないから」

「貴女はもっと美しくなれるのに、勿体無いわ」

「……貴女の美しさには敵いませんから」

 彼女はいつも余裕のある笑みを絶やさないが、それが一瞬崩れる。彼女にとって面白くない答えであることに加えて、否定も肯定もせずただ彼女を誉める。

 彼女の嫌がる答え、そしてそれを、彼女の期待を裏切り何度も使う。

「嫌ね、そういうのは美しくないわ」

 白い陶器のような頬にほんのりと赤みがさす。拗ねる姿は美しさと言うより可愛らしさを思わせる。

 そして、その姿に見惚れてしまってはいけない。

「あら、見惚れちゃったかしら?」

 彼女は、気付いている。

 彼女から視線を逸らす、この時の私の頬は、先程の彼女よりも赤くなってしまっていただろう。

「貴女は美しいわ、さっきも言ったけど、貴女はもっと自信を持つべきよ」

「……いつも自信満々なあざみさんは、きっと後悔とか、しないんだよね」

 彼女は眉間に皺を寄せる、あまり見ない表情だ。

「当然よ、私に間違いはない、だから後悔もあり得ない」

 私の眼を真っ直ぐに見つめる、私は、合わせられない。流れる水の音、皿を洗う音、そっちに意識を向ける。

「……貴女の過去に何があったかは知らないわ、でも、今の貴女に間違いはない、過去に囚われて後悔をする必要はないわ」

 それでも、入ってくる、彼女の言葉が。

「貴女は美しい、この私が、断言する」

 強い言葉だ、私には悲しすぎる。これ以上この人の言葉を聞いてはいけない。

「……」

 彼女は席を立った。

 真っ直ぐに私に向かって歩き、私の手を取り、抱き寄せた。

 驚いたけど、そうするような予感がしていた。

 私の左手を握る彼女の右手は、熱かった。

「もし、私に後悔というものが一つだけあるとしたら」

 彼女は、話し出した。

「もっと早く貴女に出会えていたら、何かが変わっていたんじゃないか、今とは違う今があったんじゃないか」

 彼女は常に見られていることを意識している。

 そして、自分が見ているということさえも意識している。だから、お互いの顔が見えないこの状況は、きっと彼女の本音なのだろう。

「ただ、それだけよ」

「……あざみさん、そろそろ時間無いんじゃない?」

「貴女との時間ならいくらでも用意しているのだけど、そうね、今日の所はこの辺りで帰るわね」


 いつの間にか待機していた高級車に乗り込むのを見届けると、安心したような、寂しいような気持ちが湧いてくる。

 本当に、嵐のような人なのだ。

「泉」

「え?」

 いつもならそのまま帰る所なのに、呼び止められる。

「アップルパイ美味しかったわ、またね」

「あぁ、うん、またね」

 ウィンドウが閉じられ、走り去っていく。

 さっきの彼女の顔は、いつもの穏やかで、艶やかな笑顔ではなかった。

 そういうのも冗談の一つであり、演技なのかも知れない、彼女ならあり得ないことではない。

 ただそれでも、次はもう少しだけ、自分らしく接してあげるべきだと思う。

 私にとってはもう、彼女は友達なのだから。

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