これからもずっと親友で
城島明×風間満
「おーい、満ー……何食べてんだ?」
満と呼ばれた小柄な少女は、ピンポン玉ぐらいの大きさの何かを口に放り込んでいた。
その小さな口には大きすぎるそれは、ハムスターの頬袋の様に彼女の頬を膨らませていた。
「ん、ひょこれぇと」
「チョコレート苦手じゃなかったっけ? 誰かからの貰い物か?」
「ほんなほほー」
恋人から貰ったのだろうか、明はそう思うと、どうしても胸の中に嫌なものがこみ上げてくる感じがあった。
そして、これもまたどうしても、こんな時に語気が荒くなることも自覚していた。
「飲み込んでから喋れよ」
満はチョコレートをバキバキと噛み砕き、飲み下すとすぐにまた一つ口に入れ込んだ。
悪びれる様子もなく、口の中でコロコロと転がしながら明に顔を向ける。
「ん~……はんほほう?」
「お前……まぁいいや、今日生徒会の仕事無いんだろ、一緒に帰らないか?」
「あー……良いよ、帰ろう、かえ……はへ……」
「あっおい!」
ふらり、バランスを崩して倒れそうになる。慌てて明が支えたが、満は顔を真っ赤にしてぼんやりとしている。
「おい、大丈夫か! 満!」
「らいじょーぶらいじょーぶ……あははー……」
満が食べていたチョコレートを一口齧ると、ほのかな苦みと、中からアルコールの混じった香りがした。
「……これで酔ったのか」
「あ~……そ~みたい……どーりでへんな味がするな~って思ったんら~」
「……ふぅ、保健室で少し休めば大丈夫だろ、ほら、背中に乗っていいぞ」
「あんまり揺らすと出るかも……」
「は!? 絶対出すなよ!? 絶対我慢しろよ!?」
満が比較的小柄とは言え、女性である明に人一人をおんぶして急げるほどの力はなく、ゆっくりゆっくりと歩いていた。
「明の背中ってあったかいんだな、いい匂いもする」
「それで惚れてくれるんなら嬉しい限りなんだけどな」
「はははっ、美咲のことを裏切れないからな」
あの時と同じ言葉。ごめんなさいとか、そういうことは一言も言わなかった。
ただ、ありがとう、そう言って、裏切れない、そう言った。
「…………分かってるよ」
今更涙なんて流すほど、未練が残ってる訳じゃない。
こうやって、満とは親友のままでいられるのなら、仕方ないと割り切るぐらいは出来た。
ただ……ただ、今の私が前に進めるかと聞かれたら……無理だろう。
昔は満の横に私がいて、私の横に満がいた。
今は満の横に美咲さんがいて、その時、私の横には何もない。
その隙間を埋めるものが、無いというだけのこと。
「よっこいしょっと」
保健室のベッドに下ろすと、満はすぐに横になった。口振りでは大丈夫そうに言っていても、まだ調子が悪いのは明らかだった。
「ありがとう、もうだいぶ楽になったから、少し休めば大丈夫」
「大丈夫はしっかり休んでから言いな」
「はいはい、おやすみ」
そう言うと満は目を閉じすーすーと寝息を立てて眠りだした。
明は、満の髪を指でそっと撫でて、寝顔をじっと見つめていた。
「私は、まだまだお前が好きなままなんだろうな」
「お前が美咲さんと一緒にいる時、私はどうしていれば安心してくれるんだ?」
満の前髪をくるくると弄び、笑顔で声をかける。
「なぁ、寝たふりしてないで答えてくれよ」
満は、目を閉じたままだった。だけど、口を開いた。
「……バレた?」
「バレバレだよ、何を期待してたんだ?」
「もう少し待てばロマンチックな愛の囁きでもしてくれるかと思ったんだけどな」
「ははっ、ホントに寝てたら言ってやったよ」
目を開けて少し明を見つめてから、声色を落として喋り出した。
「……あのな、さっき私が食べてたチョコレートな、お前宛にってもらったチョコなんだ」
「は!?」
「お前と同じクラスの三家って奴からだ、手紙も一緒に入ってたぞ」
「な、なんでそんな大事なこと言わなかったんだよ! ば、馬鹿!」
急いで保健室を飛び出していく明を見送ってから、ゆっくりと身体を起こす。
少し乱れた髪をくしゃくしゃと掻きながら、ため息を吐いた。
「美咲がいて、明がいて、ずっとみんな一緒なら安心する、なんて言うべきじゃないよなぁ」
まだ軽く痛む頭を振ってベッドに倒れ込む。
「はぁーあー、わがままで余計なことするもんじゃないなぁ」
「まぁ、親友として上手く行くことを祈って、折角だからひと眠りしよっと」
満は、今度こそ本当に、寝息を立てて眠りについた。




