いつかきっと憶えていて
芦名理沙×猪熊歩美
「りーさちゃんっ何見てるの?」
余りの衝撃に携帯を落としてしまいそうになる。
私の前に現れたのはクラスメイトの猪熊さん。
彼女はきっと私のことなんて覚えていないだろうが、彼女とは小学校から同じ学校に通っている。でも、まともに話をしたことなんて無い。常にただのクラスメイトでしかなかった。
私がずっと好きだったアニメ、あまり有名な作品ではないが、私のずっと好きだった作品。
その主人公に彼女はそっくりだった。
常に明るく常に前向きで、周りに元気を振りまく明るさを持っていて、遠くから見ているだけで嬉しくなる。
そして、私みたいな日陰者にも光を分けてくれる。
住む世界が違う人、そういう人だった。
「あっ……いや、特には何も……ニュースサイトとか……」
「ホントに?」
「えっ……あっ……ほ、ホントに」
「良いニュースでもあった? 凄く嬉しそうな顔してたよ?」
あえて前髪で隠した私の顔を覗き込む彼女の無邪気な笑顔。ふりふりと動く彼女のツインテールが、私の心をくすぐる。
私が紡ぐ言葉では、彼女の興味を削ぎ落すことは出来ないのだろう。正直に言おう、出来るだけ簡潔に、引かれないように。
「あ……あのね? 私が好きなアニメがあって、ちょっと古いアニメなんだけど、それがもうすぐ新作が出来るってニュースがあって、そのアニメなんだけど、明るくて前向きで元気な女の子がある日、あっいわゆる魔法少女になって戦うんだけど、色んな辛いことがあっても、それでも笑顔を忘れなかったの、猪熊さんに似てると思うんだけど、私に無いものを一杯持っていて、それでも誰に対しても優しくて、可愛くて、ずっと憧れてたの、アニメが終わってもずっと想いは変わらなくて、でもちょっと寂しくて、そしたら新作が来るって話が出て、また会えるんだって、凄く嬉しかった……の……あっ」
やってしまった。
きっと引かれた、きっと嫌われた。
私はまたやってしまったんだ、また自分一人で盛り上がって他人を困らせる。それも、一番大切にしたかった人を相手に。
逃げないと、逃げなきゃ、こんな気持ち悪い私から。
「ご、ごめん! 訳わかんないよね! 気持ち悪かったよね! ごめんね、ごめん! じゃあね!」
「待って!」
逃げようとする私の腕を、彼女はがっしりと掴んだ。両の手を前に回されて、正面で向かい合う。私は、そんな彼女をまっすぐに見ることは出来なかった。
小柄で華奢な身体で、どこにそんな力があるのだろうかと思うぐらいしっかりと掴まれる。
彼女の体温が、私の手に伝わってくる。
私の世界と、彼女の世界が混ざり合っていく。
「話してる時の理沙ちゃん、すごく楽しそうだった……本当にそのアニメが大好きなんだねっ!」
その言葉とその笑顔が、私の心の澱みを掃い、私が口走ってしまった言葉さえも照らし出してしまう。
憧れてる、なんて、本人には絶対に言ってはいけない言葉。
そのアニメの主人公も、その言葉に縛られて、苦しんでしまった。
猪熊さんは、似ているけれど、あの子じゃない。私には貴女が必要だけど、貴女がいる世界に私は必要ない。
「あっ、あの! 私さっき変なこと言っちゃってたかも、お願い忘れてっ……!」
「んふふ、なんのこと?」
「えっ? えっと……」
私の手を、結び目を解くようにパッと離す。彼女が軽やかに動くと、私は貴女を眺める世界の住人に戻る。
「私もう帰らなくちゃ、また明日ね! 今度は一緒にお昼とか食べよっ!」
私の返事を待たずに、猪熊さんは行ってしまった。
「また……明日……」
母親が使っているお化粧品を、試してみようと思った。
「芦名さんと何話してたの?」
まるで誰もいないところで一人で語るように、歩美はその質問の答えを話し出した。
どこか遠くを見るようで、そうでもないように。
「理沙ちゃんはね、小学校で私と初めて会った時も同じ話をしてくれたんだよ、好きなアニメがあって、その主人公が私に似てて、凄く憧れているんだって」
歩美は、前を向いて笑った。
「私は今でも、そのアニメの主人公のように、理沙ちゃんの憧れでいられているんだなって」
そう―――嬉しそうに。




