合宿?
特別教室が集まる管理棟は、教室棟ほど風通りが良くないので、湿った空気が重く漂っている。
「…暑いですねぇ。」
「暑いねぇ。」
去年の夏は酷暑日が多く、友人と出かけて遊ぶこともほぼなかった。
静は受験生でゼミに通っていたためでもあるが。
「夏休みは特に同好会の活動はしない流れですか?」
猛に確認する。
「うん。やらないつもりだね。昼間登下校するのも危険そうだし…だからと言って学校で朝から夕方までボードゲームってのもキツイだろうし。」
ごもっとも。
「どこかの施設借りて遊ぶのはー?」
と灯。
「夏休みって色んなイベント催して使っているんじゃないですか?」
コミュニティセンターや図書館には催事のポスターがけっこう貼られている。。
「合宿とかしたいです~。」
記録ノートを書きながら、仄が意見を出す。
記録ノートというのは最近始めた試みで、いつ、どんなゲームをプレイして、どんな進捗でどう感じたかを書いておこう というものだ。
同好会の活動実績としても残せる。
「伯父さんがペンション経営しているんだけど、良かったらそこで合宿する? 一~二泊くらいで。」
「はーい! 行くー!」
元気よく返事する灯。
「割安にはするけれど、さすがに無料ただには出来ないから、まずご両親にちゃんと許可を取ってからの話だね。」
灯の様子に苦笑する猛。
「伯父さんが住んでいる方は何とも無いんだけど、同県で豪雨被害が出たものだから、キャンセルが出ちゃっているらしいんだよね…。」
メディアを通して被害を知る人は大きなくくりで被害があった場所を見るため、観光業もダメージを受けるニュースは時々見る。
オフシーズン価格をさらに勉強してもらった宿泊費にするよ、と猛は続ける。
「先生はどうです?」
「ボクも?」
突然話を振られる土井先生。
「責任監督者はいた方が良いと思いますので…。」
「まぁ確かにねぇ…。学生だけの状態にして夜中騒いでクレームとかになっても困るしねぇ…。」
調整するよ、と土井先生。
「今日帰ったら話してみますの~。いつになります~?」
「2年生の夏期講習が終わってからだね。」
「分かりました。俺も両親に確認します。」
皆それぞれ乗り気だ。
土井先生はウンウンと頷いてから
「せっかくの合宿なので、先生から課題を出したいと思います。」
と切り出した。
「か…課題…?」
不穏な響きだ。
土井先生は色々なものが描かれた小さなカードと、ファンタジーゲームのマップのようなもの、気候風土が書かれた紙を机の上に置いた。
「夏休みの宿題のつもりだったんだけど…。」
と、切り出した。
「皆には商人になってもらいます。このカードの中から好きなものを1枚選んで下さい。それが君たちが扱う商品になります。」
静は布、猛はワイン、灯は宝飾品、仄は本を選んだ。
「地図と風土を見て、商品名、原産国を決めて、その商品をボクに売り込んで下さい。ボクが”買います”と言ったら、売り込みに来た商人の勝ちです。歴史や商品の特徴は適当に考えてみてね。」
「どんな商品化考えてセールストークをするゲームということですね?」
「テレフォンショッピングみたいな感じでいいですか?」
猛と静はほぼ同時に発言した。
「坊坂君、そうだね。プレゼンテーションゲームだと思って。 夢川君…値段はそんなに強調しなくて良いからね。」
こういうトークメインのゲームも比較的あるそうだ。
「地形と気候はなるべく合わせてね。細かく突っ込まないつもりだけど、矛盾してたら質問するよ。…芸北さんの場合は著者名や、作者の生い立ちを考えるようになるかな?」
仄はこくりと頷く。
「対抗ではないから、皆で一緒に考えてみてね。二日目の夜にボクに売り込みしてもらいます。」
土井先生は皆が選ばなかったカードのみまとめ、準備室Ⅰから出て行った。
「…合宿入る前にある程度形にした方がいいわよね。」
真剣な表情で灯が呟く。
「本来の製品に向いている気候を調べて、この架空マップにあてはめなきゃならないしね。…色々質問してきそうだし、製造工程も知っておかないとなぁ。」
猛はこれからの作業をシミュレートする。
「布って植物繊維か動物毛を選んで設定するってことですよね。…架空の動物を設定してもいいんだろうけれど。」
多分それは楽しいがすごく大変だ。
綿や絹がどういった国で作られているかはおぼろげに分かるが、どういった地域で作られているのか、静はまるで知らない。
「ゲームという形で現実世界のチリの勉強をさせるというところが、土井先生らしいですの~。」
楽しめる地理ですけけど と仄はフフフと笑った。
土井先生が来ない日に少しずつ進めようか という話になり、この日は家路についた。