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第二章 心 -2-


 はじめ、ソラには自分がスリープモードであったことを認識できなかった。


「何だ、今のは……?」


 本来なら、AIであるソラに夢を見る機能はない。スリープモード時には意識は完全に途切れ、設定した時刻に自動的に覚醒する。何か映像を見ることも、ましてやそれをソラが知覚することも、システム上あり得ない。


「けどまぁ、よくあることか」


 一応のウィルスチェックを走らせるが、反応は出ない。ソラは何かしらの一時的なシステムの不具合だろうと片付ける。――元々、疑似ニューロンネットワークを構築するソラのようなAIは半ばブラックボックス化していて、原因不明のノイズが走ることはよくある。今回もその類いだろうと結論づけていた。


「……で、今日も今日とてご主人様は寝坊か」


 午前八時三〇分に起床、というのは先日から朱莉が設定した夏休み専用ルールだ。――現在、まさにその時間を過ぎつつあるわけだが。

 生まれてこの方夏休みのラジオ体操に「朝が早すぎる」という理由で一度も行ったことのない朱莉なので、そんな時間設定にソラも文句はない。二日ほど前が異常だっただけで、むしろ午前中に起きようとするだけ、例年に比べれば進歩ですらあると思う。


「ほら、起きろよ朱莉」


 言いながら、音楽やらアラームやら鍋を叩く音やらを朱莉の耳元で充電されている携帯端末から爆音で流すソラ。白い布団の檻の中へ閉じ籠もった朱莉は「もぅ、うるさい……」とだけ言ってまだ夢の国へUターンしようとしていた。


「この時間に起こせって言ったのはお前だろ」


「うぅん……。昨日遅くまでプログラム組んでたから寝不足なの……」


「いつも寝不足だろ。正直もうこのやりとり飽きてるんだよ、ご主人様」


「もっと愛情を持って起こそうよ……。でなければわたしは天岩戸(お布団)の中から出ていかないぞー……」


 そう言いながら、むにゃむにゃとさらに丸くなって朱莉は布団の奥へと潜り込んでいく。


「暑くないのか? もう普通に夏だぞ」


「ふぁ……。エアコン自動設定にしてあるし、今日は曇りでしょ……? 絶妙に二度寝日和だよね……」


「オーケー。いま暖房を入れてやろう」


「起きるから絶対にやめて」


 がばっと布団をはね除けて、乱れた金髪を整えもせずに朱莉はソラのいるタブレットを睨む。――こんな姿でも可愛く見えるのは朱莉の容姿故か、それともただのソラの身贔屓か。


「……今度からソラのサーバールームで寝ようかな……。そしたらそんな脅しも使えないし」


「別にいいけど、寒くて眠れないと思うぞ」


 サーバールームには、基本的にソラのAIを管理する巨大なタワー型の端末が納められている。平凡な市販のAI端末に対し、増築に増築を重ねた結果、排熱のために専用の部屋をまるごと用意せざるを得なくなっているのだ。真冬ですら冷房を効かせているその部屋で寝ようものなら、一晩も経たないうちに風邪を引いてしまうだろう。


「今日も部活があるんだろ、さっさと支度しろ」


「どうせ先生も来ないだろうしゆっくりしようよ……」


 朱莉はそんな風にあくびをしながら、仕方なくベッドから降りるのだった。


     *


「――で、部長が遅刻とは面白いな」


 朱莉が部室にやって来てかけられた第一声がそれだった。

 彼女の眼前に立つのは、一人の男性だ。ガタイのいい中年で、顔立ちはやや彫りが深い。無精ひげなのは、彼のずぼらな性格がそのまま出ているだけだ。

 藤堂夕雅(ゆうが)

 朱莉たちの所属するICT研究部の顧問を務める教員だ。


「なんで今日に限って藤堂先生が出勤してるのかな……?」


「あのな、部活には顔出してないだけで出勤はいつもしてるっつの。公務員を何だと思ってるんだ、お前」


 藤堂の顔が苛立ったように引きつっているが、出勤だけしているものの、教職員の誰も藤堂の居場所を把握できていない、という事態を朱莉もソラも何度か目撃している。


「それで、藤堂先生は何の用です?」


 先に来ていたらしい夏樹が少しばかり面倒そうに聞く。――ちなみに、彼との和解は昨日、つまりASCでの戦闘の翌日に、菓子折を持ってきた上での三時間に及ぶ土下座で済んでいる。朱莉としてはアイやソラが許したのなら、と納得した面もあったようだ。


「顧問なんだから用事がなくたって部室に顔を出すのは当たり前だろ」


「ダウト」


「ダウトだね」


「ダウトですね」


「……部員どころかAIが真っ先にそう宣言するのはどうなってんだ」


 呆れたように藤堂はため息をつくが、むしろ呆れたいのは朱莉たちの方である。日頃の行いを見直してからの発言が欲しい、というのが率直な感想だ。


「ただまぁ、ちょっと噂を聞いてな」


 そう言って藤堂はにやりと笑う。


「お前たち、何やら部活をサボってゲーセンに入り浸ってるとか」


 藤堂の発言に、朱莉たちは言葉を詰まらせる。

 ロワイヤルプログラムについて捜査をする都合上、連日朱莉たちはゲームセンターに通っている。プログラムのホストに近づくためには上位ランカーになって目に止まる必要があるだろうと考え、幾度となく勝負を仕掛けている身だ。類い稀な朱莉の腕前で現在十五連勝中、貯めたポイントも相当のものになりつつある。


 ――とはいえ。

 そんな状態にしようと思えば、プレイの練習も含めるとどれだけの時間になるか。入り浸っているという言葉は紛れもなく事実である。


「い、いやサボってはないですよ。それに、そもそもこの部活、先生が仕事をあたしたちに押しつけてるだけじゃないですか」


「押しつけるとは人聞きの悪いことを。お前たちの情報処理能力を向上させてやってるんじゃないか」


 悪びれもせずそう言ってのける藤堂に、朱莉は小さく嘆息する。

 実際のところ、情報処理能力で言えば朱莉は入部以前から藤堂を超えている。だから藤堂としては『適材適所』という形で朱莉に任せているのだろう。ただそれでは体裁が悪いから、表向きに理由をでっち上げているだけで。

 ただ、朱莉がそんな相手の下に就いているのは、藤堂は朱莉以上に優れた技能を持っているからだ。


「それに聞いた噂はそれだけじゃなくてだな。――ロワイヤルプログラム、って言えば、お前たちなら分かるな?」


「――ッ!?」


 朱莉の顔にも夏樹の顔にも動揺が走る。それを見て藤堂は「してやったり」と満足そうに頷いていた。

 これが朱莉も一目置く藤堂のスキルだ。

 彼の情報収集能力は朱莉が逆立ちしたって真似できない。もはやその入手経路すら不明で、朱莉の持てる知識を総動員して専用のプログラムを組んだところで、再現など不可能だ。


「いったいどこでそんな情報を仕入れるのかな……」


「っていうか普通にストーカーみたいでキモいんですけど……」


「最近の高校生ってこんなに言葉遣い悪いのか……?」


 なにやら藤堂は涙目になっているが、わざとらしく咳払いして気を取り直すと、今度は教師らしい顔をしていた。


「まぁ企業の依頼だって言うしな。都市伝説に踊らされているならまだしも、鷺宮も鈴葉に合流するって言うなら文句はない」


「どこまで知ってるんですか、セクハラで訴えますよ」


「待て、お前見た目はそんなんだが中身は男だろ。同性だぞ」


「いまどきセクハラに性別なんて関係ないんですよ」


「世知辛いなぁ……」


 もはや定義すら崩れかけているが、事実社会的にそういう傾向になっているのだから仕方ない。そのワードを持ち出された時点でほとんど発言権を失ったも同然の藤堂はため息交じりに最後に付け加える。


「危ない橋は渡るなよ」


「大丈夫です。だって、わたしにはソラがいるもん」


 そう言って朱莉は藤堂の忠告に答える。そうかよ、とだけ彼は笑っていた。そうして何でもないように、今日の部活が始まるのだった。



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