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第二章 心 -1-


 ――死にたくない。


 耐久値はとっくに警戒域を越えている。スピーカーが壊れたのかと思うほどのアラートの嵐の中、白い繭は真っ赤に照らされていた。


 眼前に迫る敵機も、相当以上にダメージを負っている。左腕は半ばで断ち切られていて、主要武装を失っている。

 だが、それはこちらも同じだ。右足を奪われたいま、月面ステージの特殊な重力条件のおかげでどうにか立ち回れているが、それも長くは続かない。メインの射撃武装である弩も、リロード時間の長さからそれ単体ではどこかで回転が滞るだろう。


 勝機がないとは思わない。だが、それでもありもしない足が竦むのを、彼は感じていた。

 これはロワイヤルプログラムをインストールした、紛れもない殺し合いだ。――そして、彼らは既に一度敗北している。所有ポイントは一欠片もなく、ここでの敗北は敗退と同義だ。

 目の前に映る何もかもが、所詮は無数のポリゴンの集合体でしかない。そう理解していても、それは彼にとっては紛うことなき本物だった。


 ここで耐久値を失えば、この意識も途絶える。


 彼の精神は外界に作用しない。全てははんだ付けされたサーキットの中を走る電気であり、シートの傍に置かれた端末にしか感覚器を持たない。彼もまた、ポリゴンと同じ存在だ。


 ――死にたくない。まだ、こいつの傍にいたい。


 だけど。


「まだ、戦える……っ」


 コックピットに座す彼女の言葉に、彼はありもしない目を剥いた。

 もういいじゃないか。そう、思うのに。


「……了解した」


 心理に反して、なめらかな音声で彼は応える。

 彼は彼女の道具でしかない。だから、彼女の決定はそのまま勅命となって彼を縛り付ける。

 死への恐怖は上書きされて、ただ勝利の為へと、彼は彼女と共に機械の身体を奮い立たせる。


 ――勝たなければいけない。


 ――死にたくない。


 自身を二つに裂かれそうになりながら、しかし彼は彼女の指示に従って機体を駆る。

 あくまで、この機体を動かすのは彼女の役目。彼に出来ることは、ただ補佐することだけだった。

 左に手にした(ボウガン)が跳ね上がり、眼前の敵の胸を狙う。

 だが、そんなあからさまな攻撃が通用してくれるほど敵も甘くない。敵機の背で断続的に炎が走り、巧みな動きで全ての射撃が躱されていく。

 距離を取ろうとしても、敵機はそれすら読み切って全ての行動を封殺してくる。


 激突があった。

 競り負けたのは、こちらだった。残された耐久値は一割以下。これ以上は、もうどうしたって耐えられない。

 引かなければいけない。一瞬でも構わない。体勢を立て直す必要がある。


 なのに。

 彼女は勝利を急いた。ただそれだけ。


 アクセルペダルが踏み抜かれる。

 回避は間に合わない。

 敵機の振り抜いた切っ先が、バスタードの胸部装甲を深々と貫いた。

 ほんの一秒にも満たない微かな時間が、彼には無限にも思えた。


 ――死にたくない。


 泣き喚きたいのに、そんな時間すらない。

 ただ、雀の涙ほどの耐久値がみるみるうちに数を減らしていく。止まれと願うのに、少しも減速しない。

 やがて。

 真っ赤な色を帯びたまま、数値はゼロへ。

 画面を埋め尽くす『LOSE』の文字。


「そ、んな――……」


 彼女の声が遠い。

 涙の混じる彼女の言葉に、謝罪があった気がしたけれど、それすら聞き取れない。


 ――死にたくない。


 願う。


 ――彼女の傍にいたい。


 願う。

 けれど、もう何もかもが遅すぎた。

 何もかもが消えていく。


 ――消えたくない。


 大切な思い出も。

 自分自身の人格すら。

 ここに自分が存在したという証さえ。


 ――だから。


 ――何があっても、もう一度、何度だって、彼女の傍に――……



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