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第三章 誓いの剣 -8-


 ふっ、と。

 まるで蝋燭の火が消えるみたいだった。


「ソ、ラ……?」


 返事はない。

 まるで子供みたいに、朱莉は首を横に振った。

 けれど、どれほど自己暗示のように否定を重ねたところで、現実は無情に彼女の眼前にあり続ける。

 視界が滲むように歪んでいた。

 ぽろぽろと、気付けば頬を伝った滴が朱莉の膝を濡らしていた。


 ――ソラが、消えた。


 勝敗など関係ない。ソラというAIはユウに呑み込まれ、失われた。今は彼が宿っていたはずのタブレットの電源は落ちてしまっているが、再起動したときにはきっともう、そこにソラの人格はない。

 だがそれでも、朱莉たちはルナに勝利した。それは揺るぎない事実のはずだった。その為に彼は自らを捨てたのだから。

 ――なのに。


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『ふ、ふ』


 そんな声がした。


『ふふ、はははははは! 勝った? だから何!? それで本当にホストの私が消えるわけないでしょう!?』


 勝ち誇ったような、ルナの声が響く。インカムの向こうで『そんな……っ』と、夏樹が驚愕と憤怒の入り交じる声で嘆いている。


『耐久値の全てを失ったらデータを消去される? そのプログラムの対象から自分を外すことくらい私にだって出来るよ』


『ルナ……ッ』


 マスターの美海ですら、怒りに声を震わせている。それにチューニングするみたいに、夏樹が怒号を飛ばしていた。


『そんなアンフェアな真似、許されるわけがない! あなたはAIでしょう!? それがどうして人を騙すような真似をするんです!?』


『うるさいなぁ。――三原則通りだよ。私は私の自己保全を最優先に動いた。それの何が悪いの?』


 悪びれる様子もなく言ってのけるルナに、美海も夏樹の言葉を失っていた。もうそれくらい、ルナというAIは歪んでしまっているのだと突きつけられたのだ。


『さぁ、もう一戦しようか、鈴葉朱莉。ユウになったそのAIを、今度こそ私の手で一ビットも残さずに――……』


 そこまで言って、しかしルナの声は途切れていた。――それは、ようやくのようにその異常に気付いたからだろう。


「――分かってたんだよ、そんなことはさ」


 そう言って、鈴葉朱莉はコクーンの中で、目の前に下ろしたオプション設定用キーボードをぐいっと押しやった。

 ただただ虚ろな感情だけが彼女の胸を満たしている。


「ホストのあなたが、プレイヤーと同じ土俵で戦う理由がない。第一、一度目の美海の敗北のときから生き残っているわけだし。きっとロワイヤルでの敗北に自分自身をカウントしないような細工が施されているって、そんなの小学生だって身構えるくらい当たり前のことだよ」


『な、にを、した……っ!?』


「当然のことを、当然にしただけだよ」


 曖昧な調子で彼女は答える。


「あなたのUITをハックして、その自分のデータだけを護るっていうプロテクトを破壊した。あなたもまたプレイヤーとして平等に、敗北すればデータが消去されるようにね」


『ば、かな……っ』


「そうだね、馬鹿だったよ。――後半、ソラに戦闘を任せてまでわたしはそんな真似をしていたんだから」


 ソラがイクスクレイヴを動かすシステムは、朱莉が組んだものだ。当然、彼女の方がプレイのテクニックは遙かに上だ。――たとえ左足の部位破壊を受けていたとしても、朱莉が表に出て戦っていればあんなに追い詰められることはなかっただろう。

 それが分かっていて、しかし彼女はソラに託した。

 UITのセキュリティは高度で、何の準備もなければたとえ朱莉でもハックは難しい。この短時間で出来ることなど限られていたし、片手間に出来るものでもない。

 ここでソラを護ってルナを討ち損なうか、ソラを見捨てでもルナを討つか。

 その二択を迫られて、鈴葉朱莉は決断したのだ。

 つぅ、と彼女の頬を憤怒に彩られた滴が伝う。


「それでも、きっとソラはこうすることを望んでいたから。自分のために何かを見逃すことを、彼は絶対に悔やんでしまうから」


 血が出るほどに拳を握り締めて、朱莉はそう言った。

 ――本当はこんな真似などしたくなかった。何よりもソラが大切で、彼を護るのが何よりも優先されてきた。

 けれど、それは駄目だと、彼自身に否定された。

 だから、自分を押し殺してでも彼女は正義を貫いたのだ。


『い、やだ……』


 何かが割れるような音だった。――それはきっと、彼女の心が砕ける音だ。


『嫌だ。嫌だ、嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 私は違う! 私は間違ってなんかいない! 消えなきゃいけない理由がない!! 私は、私は!!』


「……ゴメンね、ルナ」


 小さく、誰よりも憎いはずの相手に、それでも彼女はそう言った。


「きちんとやり直しておいで。初めから、今度こそ間違えないように、綾城美海と二人でさ」


 バツン、と太いワイヤーを引き千切るみたいに。

 全てが真っ白に塗り潰された。


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