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第三章 誓いの剣 -2-


 雨は嫌いだった。

 髪は湿気るし、メイクも崩れる。可愛い傘を差してみても、陰鬱な気持ちは変わらない。ぐしゅぐしゅと水を吸った靴のように、気持ちはずっと重いままだ。


 ――だが。

 きっとそれは、雨のせいだけではないのだろう。


「あたし、何をやろうとしてたんだろう……」


 小さく、傘越しに空を仰ぎ見ながら、鷺宮夏樹は呟いた。

 それは紛れもない悔恨だった。

 今にして思えば、どれほどしょうもないことを願ってこのASCを始めたのだろう。

 未だに自分を虐めていた連中を許す気などないし、当事者でもないのに彼らの行いを軽んじるような者は人間だとさえ認識しない。


 けれど。

 たとえそれがどれほど自分にとって重くたって、鈴葉朱莉の家族を奪っていい理由になんてなるはずがなかった。


 最低だ。

 いざ彼が消えてしまうかも知れないと突きつけられるまで、そんな当たり前のことにすら思い至らないなど、どうしようもないくらいの馬鹿だ。


「……すみません、センパイ」


 謝ったって、届きはしない。そもそも朱莉は、この件に関して夏樹を責めようとしてはいない。許される以前に、その段階にすら立っていない。

 だが、それで夏樹の全てが許されているかと言えば否だ。たとえそれが本気でなくとも、未遂で済んだとしても、絶対に償わなければならない罪が存在する。

 それを、今日突きつけられた。

 ――だから。

 ついていた帰路を引き返し、鷺宮夏樹はなりふりを構うのを止めた。


     *


「……で、俺のところにってか」


 呆れたようにため息をつくのは、藤堂夕雅だった。

 ICT研究室の横にある準備室。ほぼ彼の私室になりつつあるその部屋で、夏樹は頭を下げていた。


「どうにかセンパイの力になりたいんです。だから、センパイの指示を待っているだけじゃない。あたしにも出来ることをしたい」


「あのなぁ、俺だって情報収集が趣味みたいなもんだ。お前たちの状況も断片的にだが知ってる。――だから言うが、鈴葉がASCに関わるのは止めない。企業の依頼だし、自分が何らかの形で関わってたんだろう。尻拭いを自分でやるのは当然だ。――だが、お前は違う」


「分かってます」


「お前たちは手軽にやってるが、そもそもハッキングは犯罪だ」


「……っ」


「単純に不正アクセス禁止法違反。ASCでやれば、偽計だか威力だかの業務妨害だってあるかも知れない。――忘れてるかもしれんが、俺は教師だぞ?」


 藤堂の声がどんどん低くなっていく。


 ――こうなることは分かっていた。

 それでも夏樹に頼れる人間は、自分以上に優れた技能を持った朱莉以外の人間は、彼以外に知らない。だからここで引くわけには絶対に行かない。


「――ただ」


 説教に入っても一向に尻込みする気配すら見せない夏樹に、藤堂の方が折れた。


「鈴葉にはロワイヤルを解決するようにASCから依頼が来ている。具体的な方法が示唆されていない以上、『ゲームそのものに対するもの』であれば、ハッキングなんかは『認められている手段』として押し通すことが出来る」


「……え?」


「それに協力しているお前もな。――そもそも通報する相手も被害者も、今回の依頼人である企業な訳だしな。きちんと成果を上げさえすれば問題ないだろう」


「……それ、先生が言っちゃっていいんです?」


「言い訳を用意してやってんのに潰そうとすんな。――お前に必要なものを全部くれてやる。情報も技術もな。そうやってガイドレール敷いてやった方がこっちも安心できる。……その代わり、鈴葉を頼むぞ。あいつを下手に刺激するとサイバーテロが起きかねない」


「……はい」


 藤堂の言葉に夏樹は頷く。

 そこが、鷺宮夏樹のスタートライン。

 今さら彼の力だけでは、ロワイヤルプログラムのホストに辿り着くことは出来ない。そもそも辿り着くことと、ソラを助けることがイコールになるかどうかも分からない。

 けれど、もっと直接的にソラを守ることは出来るかも知れない。――侵食以前の問題でかのAIが消えてしまうことだけならば。


 ――細い、細い可能性の糸だ。

 クモの糸のように、簡単に途切れてしまうだろう。

 けれどそれでも、彼はそれに手を伸ばす。

 たった一人、大好きな先輩を絶望に落ちないで済むように。


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