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第三章 誓いの剣 -1-


 パラパラと雨が降る音がする。

 夏だというのにここ数日は日が照っている時間の方が短いように思う。AI、つまりは機械であるソラからすれば気温が低いことはありがたいが、タブレットから窓越しの鈍色の空を見ても、感情のパラメーターは下降するだけだった。

 そんな天気の影響もあるのだろうか。

 部室に集まった朱莉、ソラ、夏樹たち三人の間には、息が詰まるような空気が流れていた。


「……そ、んな……」


 朱莉からソラについての説明を受け、夏樹は言葉をなくしていた。青ざめているようにすら見える。


「もっと早く言ってくれれば、あたしだって――っ」


「それが怖いから言わなかったんだろ」


 つい声を荒げてしまう夏樹に、ソラは呆れたように言う。

 夏樹は一度、ソラたちに牙を剥いた身だ。それは一時の焦りなどが重なっただけで、彼の本意でないことは朱莉もソラも承知している。だが、それで夏樹自身が何の罪も感じないで済むかと言えば、否だ。

 きっと、彼は今でもどこかで罪悪感に苛まれている。だから報奨もないのにこうして献身的に朱莉たちに協力してくれているのだ。

 そんな夏樹にいまのソラの現状を知らせればどうなるか、なんて聞くまでもないだろう。自身の罪を突きつけられるように感じ、それはあっという間に焦燥感へと変貌する。


「お前が焦って、誤った情報を手に入れてきたら振り出しに戻る。でも二周目をやってられる時間はないかも知れないんだ。お前の準備が終わるまで言うべきじゃないって判断した」


「でも……っ」


 それ以上の言葉を、しかし夏樹は呑み込んだ。

 自分もまた仲間である以上、言って貰いたかったという気持ちは理解できる。だがそれは合理性を欠いた、ただの感情でしかない。それを夏樹自身も理解しているからこそ、そんなことで言い合いをするのは不毛だと納めてくれたのだろう。


「ゴメンね、夏樹ちゃん。でも大丈夫。――ソラは、わたしが守る。その役目は夏樹ちゃんにも譲ってあげないんだから」


 屈託のない笑顔で朱莉に言われてしまえば、もうそれで終了だった。夏樹は小さく息を吐いて、すぐに表情を立て直していた。


「はい、分かりました。――それじゃあ、とりあえず報告に入りますね」


 そう言って、夏樹はわざわざホログラフィックの簡易ディスプレイを立ち上げて、いくつものウィンドウを表示した。そこに映されているのは、いくつかのSNSのアカウントやネットニュース、地図アプリの風景写真などだ。


「ASCでのアカウント名はミウ、本名は綾城美海(あやしろみう)ですね。二十一歳の大学生ですが、現在はほとんど授業には出席していないようです。ここ一年くらいの話です」


「……原因は?」


「恋人が亡くなったようです。名前は、汐見佑輔(しおみゆうすけ)。大学の先輩だったみたいです。構内の窓から足を滑らせた転落死で、これが当時のネットニュースです」


 そう言って夏樹は、美海と思われる女性が恋人と仲良く写っている写真と、ネットに上がっていた転落事故の簡単な記事とを朱莉たちへと見せた。


「それから少ししてアサルトセイヴ・クラウンズを始めたようです。その辺りはもうほとんどSNSに浮上してないので明確な時期は掴めませんが」


「賭けた願いは、その汐見佑輔を蘇らせること、か……?」


 時期を考えれば、それが一番あり得る話ではあるだろう。しかし、ASCロワイヤルがどんなものであるにしても、その根幹は朱莉のシステムに頼るようなものだ。人の生死を操るような奇跡を起こせるとは思えない。

 最愛の人を亡くした経験がないから、藁をもすがる思いに合理性を求めてしまうだけなのかも知れない。しかしそれでも、現実的にはメリットが〇パーセントの賭けでロワイヤルを始める人がいるとは思えない。


「たぶん、それは半分正解で半分不正解ですね」


 夏樹はそう言って、今度はとある会社のHPをソラたちへ見せた。


「これは、SNSの投稿履歴やメッセージアプリでの会話などからAIを作成するサービスを運営する会社です」


「……どういうことだ?」


「綾城美海がこのサービスを利用して、汐見佑輔のAIを作成したんだと思います。ロワイヤルに登録されているAIは『ユウ』になっていました。――ちなみに、それ以前のAIは『ルナ』です。彼の死後にAIの乗り換えが行われていたのは確かです」


「――つまり、美海の叶えたい願いは、それに関連している……?」


「ですね。たとえば、そのAIに何らかの形で身体を与えたいとか。もっと膨大なデータから人格を完璧なものにするとか。その辺りは推測の域を出ませんが」


 それ以上は、おそらくネット上の情報だけでは手に入れられないだろう。言語化されていない個人の胸の内までは、どれだけ情報通信技術が発展しようと見ることは出来ない。


「それと、朱莉センパイたちの読み通り、一度彼女たちはロワイヤルで敗退しています。UITのデータも間違いなく消されているようで、SNSのアカウントなどもその後に作り直されていました。まぁほとんど更新はないですが。――あたしから出せる情報はこれくらいです」


 夏樹の用意した資料のホログラムをめくりながら、朱莉は顎に手を当てる。


「まだ、綾城美海とホストの関係性が見えてこないね……」


「すみません、あたしじゃここが限度みたいです」


「あぁ、うん。気にしないで。――それに、もう手段は選ぶ気もないから」


 そう言って朱莉は不敵な笑みを浮かべる。


「……というわけで、先生。情報を貰えますか?」


「呼び出したかと思えばいきなり何なんだ、お前」


 呆れたように言いながら、朱莉の後ろの戸を引いて無精ひげの壮年の男――藤堂夕雅が姿を現した。


「はぁ……。お前ら、相当おかしなことに首を突っ込んでるみたいだな」


「説教は要らないです。この件から引く気もありません。――ソラがかかっている以上、わたしはもう一歩も譲らない」


 その宣言と共に放たれた鋭い眼光と、藤堂の目がぶつかる。珍しくじっとにらみ返していた彼だったが、一分もしないうちに「ちっ」と舌打ちして逸らしていた。


「こういうことするのは教師として駄目なんだがなぁ」


「もうとっくに教師として駄目ですよ」


「あん? 言うようになったな、鷺宮」


 ぎろっと夏樹を睨んでから、ため息をついて藤堂は言う。


「何の情報が欲しい?」


「汐見佑輔について」


「……故人のことを勝手に、っていうのは俺の主義に反するんだがな。まぁいい。――あいつは情報学科の大学生だ」


「し、調べもしないんです!?」


「俺の情報収集能力を舐めるな――と言いたいところだが、単純に彼のことを知っていただけ。すれ違う程度の面識はあった。だからこれは情報屋としてでなく、知人としての情報提供だ」


 藤堂はそう言って懐からタバコの箱を取り出す。――校内に持ち込めないため、水蒸気が出るだけの玩具だろう。

 それを咥えて、藤堂は紫煙を吐く。


「研究室配属前から熱心な学生だった、と教授からは聞いている。特に暗号化技術に興味を持っていて、生前にも一つそのシステムを独学で確立させている。未発表で、教授にだけ意見をもらってたらしいな」


「暗号化、ですか。他に情報は? 趣味でも何でもいいんですけど」


「趣味が研究みたいなやつだったよ。じゃなきゃあのレベルの暗号化は作れない。――ただ、ゲームが好きだっていう話は聞いたな。お前たちがやっているような格闘ゲームだ」


 そう言って、藤堂はくるりと背を翻す。


「俺が持ってる汐見佑輔の情報はこんなもんだ。――頼むから警察沙汰になるような真似はするなよ」


 ひらひらと手を振って藤堂は部室から出て行く。彼なりに、立場を踏まえた最大限のエールだったのかも知れない。


「……あれ、どういうことですか?」


「ロワイヤルプログラムを組んだのは、少なくとも汐見佑輔の近辺の人間だってことだよ」


 夏樹の問いかけに朱莉はそう答える。

 ロワイヤルプログラムには高度な暗号化が施されている。一部を解析して、言論統制部分に関しては朱莉も止めているが、それ以外は手つかずになっているほどに。

 そして、汐見佑輔はそれと類を同じくする技術を持っている。

 彼の交際相手であった綾城美海はロワイヤルプログラムのホストと何らかの繋がりがあった。それを考慮すれば、その暗号化技術はロワイヤルに組み込まれているものということになる。

 汐見佑輔自身が生前に組んだのか、あるいは綾城美海が作ったのか。――それとも彼女たちに近い第三者か。

 結論は出ていない。だがそれでも確実に進歩だった。


「状況を整理しようか。とりあえずの問題は、二つだね」


 そう言って、朱莉は資料に目を通しながら指を二本立てた。


「一つは、そもそもロワイヤルプログラムは誰が何の目的で作ったのか」


「……もう一つは、完全に消去されるはずのデータが、どうしてこんな形で復旧されるのか」


 朱莉の言葉を継いだソラに、彼女は無言で頷いた。


「前者についてはなんとも言えない。汐見佑輔や綾城美海がかかわっているだろうけれど、それ以上は推測の域を出ない」


 綾城美海本人がホストであるなら話は早いが、そうならばなぜ自分のUITまでデータ削除対象にしているかについて説明が出来ない。


「――けど、二つ目は違う」


 そう言って、朱莉はタブレットをコツコツと叩いた。


「たぶん、その『ユウ』のバックアップデータは、敗退して削除される前に、UITのIDと関連しないように――つまりは削除対象から逃れるように、細工を施された。ソラの症状を見るに、配布元のロワイヤルプログラムに組み込まれてるんだと思う。容量が大きすぎるから、たぶんダウンロードされる一つ一つのファイルに全部の記憶は入れてない」


「それでどうやって復旧するんです?」


「バックアップデータはたぶん細分化して、一つダウンロードされるごとに僅かな記憶を紛れ込ませている。その細かいデータを一つ一つ拾い集めるように、適合したAIで復旧が行われるって形かな」


 その辺りが、ソラを上書きする謎のデータの正体と言えるだろう。 ――それが分かっただけでは、ソラの上書きを止める手がかりはない。

 全て誰の手にも届かないところで動いている。そうでもしなければロワイヤルで敗退した際のデータの抹消という魔の手から逃れられなかった、とも言い換えられるが。


「でも、それだけ分かれば十分だね」


 そう言って、朱莉はすっくと立ち上がった。


「綾城美海は何らかの形でロワイヤルプログラムにかかわっている。なら、そのUITをハッキングしてしまえば全て片がつく」


「……確かに、そうですね」


「方法としては、わたしとソラでどうにかASC上で勝負を仕掛ける。その通信を辿って夏樹ちゃんにハッキングしてもらう形になるかな」


「あ、あたしです!?」


 夏樹が目を剥くが、朱莉は当たり前だろうという顔で見ている。


「わたしやソラそのものが綾城美海を釣る餌だし。それに、あれだけのプレイヤーを前に逆探知とハッキングを仕掛ける時間を稼ぐには、相当のプレイヤースキルが必要だよ。夏樹ちゃんじゃ若干、足りないと思う」


「でも、あたしのハッキングの腕前だって」


「それはツールでわたしが支援するよ。――もうASCなんて関係ない。こっちはこっちの土俵で戦えばいい。まぁ準備は必要だけどね」


 そう言って笑う朱莉の目は、まるで獰猛な獣のようだった。

 その眼光は、きっとソラが知るいつよりも鋭いものだったに違いない。


「……頼むぜ、朱莉」


「当たり前」


 ソラの言葉に朱莉は力強く応え、タブレットを手に下準備を初めて行く。



 ――けれど。

 ――ソラにはもう、そんな時間すら残されてはいなかった。


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