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第二章 心 -6-


 戦闘の火蓋は切って落とされた。

 改修によって増加したイクスクレイヴの耐久値は一一五五。戦闘に制限時間はない。だからこそ勝敗は撤退か、あるいはこれだけの耐久値が全損する以外で着くことがない。


 様子見など無意味だと言うことだろう。

 一〇〇メートル以上先の敵機――クロスワン・バスタードは、容赦なく左手の弩をイクスクレイヴへと向けた。


 放たれたのは、血のように紅い閃光だった。

 ほとんど真一文字になって迫るそれをステップで回避し、ソラはバスタードへと接近する。

 巨大な両刃剣(バスタードソード)を振り回して迎撃しようとする敵機の動きを巧みに誘導し、空振らせた隙に滑り込むようにしてソラはアスカロンの刺突で切り抜ける。


「……操作権をわたしに譲って」


 しかし、優勢に立ったにもかかわらず、朱莉の表情は険しかった。


「それと夏樹ちゃん、今すぐ相手の保有ポイントを探って。あと、ロワイヤルプレイヤーかどうかも」


『了解ですけど……』


「どうしたんだ? 確かに俺よりお前の方が勝率は高いけど、これくらいなら俺でも対処は出来るだろ」


「嫌な予感がする」


 端的な言葉だが、それはほとんど確信を持っているようだった。そもパートナーAIであるソラに拒否権はなく、言われるがままにイクスクレイヴの操作権を朱莉へと返還する。

 それとほとんど同時、クロスワン・バスタードが巨大な剣を振りかざしてイクスクレイヴへと突撃してくる。

 それを躱し、朱莉の操るイクスクレイヴはバスタードへ六連撃もの斬撃を完全な形でヒットさせてみせる。

 ――だが。


「避けろ!」


 ソラの言葉に反応して、朱莉はスラストアクセルで格闘後の隙をキャンセルする。同時、イクスクレイヴが立っていたはずの場所をバスタードの禍々しい大剣が薙ぎ払う。


「ダメージがない――ッ!?」


「バスタードの装甲は、素ダメージで二五〇までを自動で吸収するんだよ。――イクスクレイヴなら、最大ダメージのコンボをまるごと受けきられる」


 それが、今の状態だった。

 ダメージ無効どころか、ダウン値すらゼロにされる。流石に強機体を名乗るだけはあるか、と朱莉の表情がさらに引き締められるのが分かる。


 だが、バスタードの装甲を見るに火花が散っており、その一回限りの無敵のシールドは破壊できたらしい。であれば、ここからが真の勝負だ。

 カウンターを外したバスタードは、再度仕切り直すようにイクスクレイヴへと突進する。それを朱莉はアスカロンで受け止めてみせる。

 近接格闘に特化したイクスクレイヴだ。それも、この数日プレイし続けて獲得したEXPでかなり機体を改修している。格闘判定に持ち込んで負ける道理などない。


 ――はず、なのに。

 べきり、と音を聞いた。

 イクスクレイヴの右腕が競り負け、押し返されている。


「――ッ!?」


 驚いている余裕などなかった。

 よろけたイクスクレイヴへ、バスタードの大剣がさらに迫る。刺突から流れるように左右から交互に切り上げ、また交互に振り下ろし、頭蓋を割るような一撃で締めくくる。

 一連のコンボで、ごっそりと一割以上も耐久値を削られる。――それだけ、バスタードは基礎ステータス以上に改修がされていると言うことだろう。

 かなりの手練れであることに、もはや疑いの余地はない。


「……その割に、なにかおかしいね」


 ダウンをもぎ取られた間、朱莉はじっくりとバスタードを観察する。

 敵機に動きはない。――本来、ダウン回復後には一定の無敵判定が存在する。そこから逆転できるようなゲームシステムなのだろう。だからこそ、ダウンを取ったあとの自機は、たとえ格闘機体であっても一度距離を取らせるのが定石だ。

 だというのに、バスタードはその場から動かない。反撃を喰らうことを厭わず、ただ最短路でイクスクレイヴを刈るつもりなのだ。


「……ソラ。今のコンボ、未改修でのダメージは?」


「初撃は七〇だが、判定だから競り負けてもダメージゼロ。残りは足して一九〇だ」


「ってことは、向こうの攻撃倍率は一・八五か……。格闘判定で競り負けたっていうのを考えると、向こうの防御倍率は〇・五八以下。スタイルは攻撃重視だし改修度合いは防御が高いってことはないだろうから、まぁ最小値の〇・五四倍で見積もっておこう」


 残耐久値を見て、自機の防御倍率と攻撃倍率を把握しているからこそ、朱莉は一瞬で計算して答えを導き出す。

 アサルトセイヴは、機体を改修するとそれぞれのパラメーターを上昇させられる。基本的にはその倍率は増えていくのだが、防御は被ダメージ計算となるため、逆数で算出する。その辺りの計算式も把握した上で、朱莉は敵機の状態を瞬時に概算したのだ。

 それは、普通ならばプレイヤーが戦いながら暗算でするものではない。そもそも戦闘プログラムを渡されているソラにも、そんな真似をするようには出来ていないくらいだ。

 明確に全てを数値化し、何よりも正解となる最短路を計算して、鈴葉朱莉は進軍する。それこそが眼前の悪魔のような機体よりもなお悪魔らしい、ラプラスのごとき朱莉の戦闘スタイルだった。


「――把握した」


 一言。

 切り捨てるような、そんな勝利宣言だった。

 だがそれは強がりでも油断でも決してなかった。

 ダウンから立ち上がってからのイクスクレイヴは、まるで修羅か悪鬼のよう。バスタードのいかなる攻撃も躱し、防ぎ、全て的確にカウンターを叩き込んでいく。

 容赦のない怒濤の斬撃の嵐。モニターは常にアスカロンから発せられる火花で埋まり、操縦桿には斬撃の衝撃を返すような重い感触だけが残響のように残り続けている。

 みるみるうちにバスタードの耐久値バーは短くなり、気付けば、三割を下回っていた。


 ――ただ、それは。


 何も朱莉が優秀であったとか、そういう類いの話ではなかった。


「――どういう、ことだよ……」


 ソラですら、それは理解しがたい光景だった。

 砕けた装甲のあちこちからバチバチと火花を散らしながら、眼前の悪魔の眼光は揺らがない。耐久値は三割以下。一方で、イクスクレイヴはまだ八割以上の余力を残している。彼我の戦力差など火を見るより明らかで、ここからの逆転などほぼ不可能だろう。


 だと、言うのに。

 クロスワン・バスタードは、なお貪欲にこちらへとその凶刃を振りかざす。


「――ッ」


 その様に気圧された朱莉が、イクスクレイヴを後退させる。だが、それよりも僅か早く、バスタードは迫る。

 X字の装甲が展開され、巨大な翼となる。そこから放たれる推力は、イクスクレイヴの比ではなかった。

 いっそおぞましいほどに、敗北を恐れない捨て身だった。

 無敵のシールドが残されているなら分かる。だが、今のバスタードは初手でその装甲を剥がされている状態だ。


 常軌を逸した勝利への執着が、朱莉の論理的な行動予測を超えた。

 重い衝撃に白い繭が呑み込まれる。

 敵機の巨大な剣に身を貫かれ、さらにその刃が内部で変形し、チェーンソーのようになって内部がズタズタに切り刻まれている。

 たった一連の流れで耐久値を三〇〇以上も削り取られ、イクスクレイヴが放り捨てられる。


 それを見下ろしながら、バスタードはゆっくりとイクスクレイヴへと迫る。

 どれだけ逆転に近づこうと、現状、それでもイクスクレイヴの耐久値は五割弱ある。定石を破ってまで近づいたところで、イクスクレイヴが反撃に出ればバスタードとて無傷では済まないだろう。


「や、めろ……」


 だから、ソラは思わず呟いていた。

 そう言わなければいけないと、ただ思った。



「もうやめろよ、()()……ッ」



 それが、誰の名前だったのか。

 少なくともソラのストレージに該当する名前は存在しない。

 だが確かに、ソラはその名を口にした。あのクロスワン・バスタードに乗るパイロットが間違いなく彼女(ミウ)であることを、ソラは確信していた。

 いったい、どうして。

 ――それを考えるより先に、状況に変化が訪れた。


『――結果、出ました』


 夏樹からの素早い通信に、朱莉は息を吐く。


『ロワイヤルプレイヤーで、保有ポイントはゼロです』


「な――っ!?」


 ソラが言葉をなくす。しかし朱莉は苦々しそうな顔をするだけだった。

 ロワイヤルプレイヤーで保有ポイントがゼロ。――つまり、ここで敗北すれば相手はUITの全てを失うということだ。それを理解しているであろうに立ち向かう敵機に、ソラはAIでありながらも動揺を禁じ得なかった。

 確率的に当たらないわけではない。だがそれでも、UITのデータを奪うことを目的にしていないソラたちからすれば、それは絶対に勝ってはならない相手だ。


「――っ撤退する」


 イクスクレイヴがサブウェポンのビームライフルを抜き払う。

 とっさに後退するバスタードを見ながら、朱莉は頭上からオプションキーボードを取り出して撤退コマンドを入力する。

 途端、エンジンの音も揺れる機体の振動も途切れるように収まり、しんと静まりかえった空間だけが残されていた。

 撤退コマンドを入力したとしても、敗北は敗北だ。朱莉が保有するポイントは全て奪われた。


「……あれは、相手にしちゃいけない。たぶん敗退するまで絶対に引かないタイプ。脱落者を出したくないわたしたちからすれば、最悪の相性の相手だよ」


 朱莉の冷静な声が、マイクを滑る。

 そんなことを気にしてはいられないほど、ソラの演算領域は圧迫されていた。


「それよりも」


 びくっと、ありもしない肩が震えたような気がした。朱莉からの言葉が、理由なんてないのにどうしようもなく恐ろしいと思った。


「さっきのは、なに? もしかして、また変なノイズが――?」


 こんなとき、身体を持たないと言うことがあまりにも不自由であることを思い知らされたような気分になる。

 言葉に出さずに意志を伝えることが出来ない。だから、不安を抱えたまま、それでもしっかりと言語化しなければならない。


「知らない……。分からないけど、ただ、あの機体に乗ってるのは『ミウ』だって、そういう刷り込みがあった」


 ソラの感情を嫌なくらい正確に汲み取って、合成音声エンジンは、掠れ上ずったか細い声を再生する。

 口に出している今も、ソラはその『ミウ』という人物の姿に心当たりはない。おそらくはあのASCで敗北するシーン、あるいは日常のコーヒーを待つシーン。どちらのノイズにもいた女性であるのだろうが、その正確な顔すらソラの記憶は再生できないというのに。


「……それが本物かどうかはともかく、あのクロスワン・バスタードが何らかの引き金になったのは確かだろうね」


「だと思う。前回のノイズも、飯を作ってる時っていう近い記憶が呼び水になっていたみたいだし」


 会話をしながら、どうにかソラは自身の思考を落ち着けていく。そもそもどうしてそんなに怯えていたのか、もう分からない。まるで一陣の風のように、過ぎ去ってしまえばその片鱗すらもう残っていなかった。


「とりあえず、あの対戦相手の素性が少しでも分かると、何らかのヒントにはなると思うんだけど……」


「無難な線で行けば、藤堂先生に頼めばいいんじゃないのか?」


「……どうやって?」


 朱莉の質問にAIのソラにも答えられない。

 怠けがちではあるものの、朱莉たちの顧問である藤堂はれっきとした教員だ。あの情報網には惹かれるものがあるが、この事情のどこまでが説明できるか分からない。一歩間違えばこの件から手を引けと説教される可能性すらある。


『ここはあたしの出番ですね!』


 ソラのトーンが落ちたことで暗くなっていた雰囲気を塗り替えるような、努めて明るい声がした。


「夏樹ちゃん?」


『IDとユーザー名はメモしてあります。なのでちょちょいっとSNSのアカウントを見つけてきますよ』


「そんな簡単そうに言うけどIDもユーザー名も使い回さないやつだって多いんだぞ」


『大丈夫ですって。――いじめられてた頃に連中の裏垢鍵垢全部探し出して悪口悪行諸々全部晒し上げて、いじめと何にも関係ない万引きとか喧嘩とか全部ひっくるめて警察沙汰にしてやる寸前までやったもんですから、そういうのは大得意ですよ!』


 きらきらと星が舞うような演出が付きそうなくらいの軽い声音で、ちょっと引くような闇の深いことを言い出した。


「……寸前って言うことは、やめたんだよね?」


『その手前に朱莉センパイがネット越しに助けて下さったので思い止まりました』


 思い止まらなければ泥沼のクラス崩壊が待っていたかと思うとそら恐ろしい。――が、今はその特定スキルが頼もしくはあった。


「じゃあ、お願いするね」


『はい、お任せ下さい!』


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