第二章 心 -5-
「状況を整理しようと思うの」
明けて日曜日のこと。
藪から棒に鈴葉朱莉はそう告げた。
『……あのー、ですね』
朱莉の唐突な言葉を投げかけられていたのは、例に漏れず鷺宮夏樹、部活の後輩の女装男子である。
そんな彼の声色には、ただただ戸惑いの色だけがあった。
それも、当然だろう。
『なんでASCで戦いながらそんな話を始めるんです!?』
夏樹の渾身の叫びがインカムから響き、軽いハウリングを引き起こす。
そんな間にも、夏樹の駆るバルチャー・改と朱莉/ソラの操るイクスクレイヴが正面から切り結ぶ。
イクスクレイヴの大剣――アスカロンと、バルチャー・改の両刃剣――カラドボルグの激突。しかし格闘判定となれば、近接攻撃力の高いイクスクレイヴに軍配が上がる。
せめぎ合っていたのは一瞬。すぐさまイクスクレイヴのアスカロンが押し切り、バルチャーを後方へと弾き飛ばしていた。
「なんでって、それは時間短縮かなぁ」
朱莉はシートに深く腰掛けたまま、ただ口だけを動かしていた。
アサルトセイヴ・クラウンズは、プレイによって獲得したEXPを用いて機体を改修する。それはロワイヤルプレイヤーでも例外ではなく、そして、彼らは何も敗退イコールデータ消去のロワイヤルを使ったイベントモードしかプレイ出来ないわけではない。
シナリオモード、ミッションモード、そしていま朱莉と夏樹がやっているようなフリー対戦モード。いずれでもEXPは獲得可能であり、この場合は敗北にデータ消去が関係しない。
だからこそ、少しでもこのフリー対戦でEXPを稼ぎ、ロワイヤル付きのイベントでも問題なく戦えるように機体を改修する必要がある。――わざわざ作戦会議のために時間を割くくらいなら、二つを同時進行してしまった方が楽だろう。
『センパイはそれでいいかもですけど、こっちは一人で戦ってるっていうのを理解してもらえます!?』
がちゃがちゃと朱莉がコントローラーを動かす音が、インカム越しに聞こえてくる。しかし朱莉は大して動かない。勝手にトリガーが動き、夏樹のバルチャーの放ったミサイルの嵐を掻い潜っていく。
これが、朱莉の組んだシステムだ。操作権を完全にソラに委譲した状態ですら、今では夏樹と互角以上の戦いを繰り広げられる。――ただ、夏樹の乗るバルチャーは狙撃がメインとなる機体であり、近接格闘特化のイクスクレイヴが相手では負けが続くのも道理ではあるが。
「それで、今日来てもらったことについて話していこうか。まぁお前が的を射たこと言うなんて期待はしてないけど、参考までにどんなしょうもない意見でもいいから数が欲しい」
『日曜日に呼び出して、しかもプレイしながら意見を求める、という曲芸じみたことを強要しているのに凄まじい上から目線ですね! もういいですよ、何でもどんとこいです!』
完全に抗議を諦めた夏樹が、バルチャーで全力の前キックを繰り出しながらやけっぱちにそう言った。もはやその叫びに美少女らしさなど微塵も残ってはいんかったが。
「さて、今日の夏樹ちゃんいじめはここまでにして」
朱莉はパンパンと手を叩いて話を切り替える。夏樹の『……え? ちょ、今日のってどういうことです!? 明日もです!?』と涙目の訴えは華麗にスルーして。
「話し合いたいことは二つ。――一つ目は、こんな風にロワイヤルプログラムを作った『ホスト』の意図って何だろうってこと」
「もう一つは、俺の中で不思議なノイズデータが発生してる件だな。これとASCの関連性とか、色々考えておきたい」
よどみなく機体を操作しながら、朱莉たち三人は会議を進めていく。
『ノイズ、ですか?』
「具体的にはわたし以外の女といちゃちぃている映像らしいよ、浮気だよ。許せないよね」
「ご主人様がとち狂ったことを言ってるが気にすんな」
急にジェラシーのこもった視線でソラの端末を睨む朱莉は流して、ソラは話を進めた。
「で、そんな訳だから作戦会議だ」
「そうそう。――まずは、このロワイヤルプログラムを作った黒幕の思惑は何か。ソラの中にある浮気映像の正体は何か。その辺りの意見が聞きたいなって」
「浮気で断定するのやめてくれねぇかな……」
ソラの抗議を今度は朱莉が無視して、話を進めていく。その間にも、ソラの操るイクスクレイヴはバルチャーからダウンをもぎ取っていた。
「そもそも、何の目的でこんなプログラムを配ったのかな」
『……よくあるというか、漫画的な話ならゲームをリアルにしたかった、みたいなものですかね?』
「何かを実際に懸けることで現実での戦争に近い緊張感を、ってことか」
その可能性を否定はしない。だが考えにくいだろう。
ホストが自力でプログラムを用意したのであればまだしも、それ元は全て朱莉が間違えてアップロードしたものだ。ゲームを通してデータを消したいと言うよりは、データを消すための手段がゲームしかなかった、と考えるべきだ。
「そうだとしたら、ソラの浮気とは関係がなくなるね」
「……もういいけどさ。逆に、関係があるとしたら? 黒幕の思惑は?」
「考えにくいけれど、初めからわたしやソラをおびき寄せること、とか? だったらもっと楽な方法がたくさんあるとは思うけど」
「難しいなぁ」
『そう言いながらダウン復帰後を狙ってボコボコにするのやめてもらえますかね……』
夏樹の小さな抗議は無視して、ソラは左右のアスカロンとグラムで五連撃を叩き込みながら、話の方向性を変える。
「そもそも、結果だけを考えても推論しか成り立たない。そうじゃなくて、もっと普遍的な部分を考えた方がいいんじゃねぇか?」
「っていうと?」
「ロワイヤルをインストールした状態でイベントを優勝すれば、世界中のUITを掌握するクラウンが手に入り、どんな願いだって叶う。ただし、敗退すれば全てのデータが消える。――この二つが絶対のルールだろう? だったら、目的は『誰かに何らかの願いを叶えてもらいたい』『誰かのUITに入っている何らかのデータを消去したい』っていう和事象じゃないか」
『……センパイ、日本語翻訳プリーズ』
「一学期も終わったのに事象とか分からないのは相当ヤバイんじゃないかな……? ――まぁ端的に言えば、ホストは誰かの願いを叶えてあげたいのか、もしくは誰かのデータを消したいって思ってるんだろうけど、じゃあその誰か、とか、何をとか、それが何のためか、っていうのはどうしたって情報不足だってこと」
誰かが複数かも知れないし、あるいは個人かも知れない。何らかの願いやデータとは。それをしてホストにどんな利点があるのか。その辺りは現状では推察のしようがない。
「じゃあ、やっぱりいま考えるべきはソラの中にあった謎のノイズデータだね」
朱莉はほわほわそう言いながら、次の議題へとシフトした。――ちなみに、そうこうしている間にもソラと夏樹のバトルは終盤を迎えており、イクスクレイヴの方が倍近く耐久値を上回った状態だった。
「……まさかとは思うが、お前が原因じゃねぇだろうな?」
ソラはそう言いながら、あと一撃というところまで追い詰めた夏樹にそう問いかける。
『あたしがです? 何のために?』
「ほら、俺がよくお前が朱莉に接近するのを邪魔するから、とか。実際ASCでマッチング無視して拒否権なしのバトル仕掛けてきたし、存外ハッキングのレベルだけで見れば可能性は否定できない」
「あははー、流石にそんなことないでしょー。――もしそうなら、わたしちょっと夏樹ちゃんにお灸を据えなきゃいけなくなるし」
ぞっとするほど温度の途絶えた声音で朱莉は言う。夏樹も『そそ、そんなこと絶対にないですから!』と怯えつつ全力でフォローを入れていた。
その隙を縫うように、イクスクレイヴの斬撃はバルチャーの胸を貫き、耐久値を全て吹き飛ばしていた。
画面に浮かぶ勝利の文字と、獲得EXPを見て、満足そうに朱莉は頷く。
「戦闘用のプログラムも結構安定してきたね」
「だな。夏樹相手なら勝率は七割ってところか」
『……言っときますけど、あたしプレイヤーの中ではそれなりに強いですからね? ただただ狙撃銃が使えないくらいの間合いのイクスクレイヴとは相性が悪いだけですから』
夏樹は不服そうに訴えるが、それでも、相性の問題にまで持ち込めると言うことは、それだけ朱莉の組んだプログラムが優れているということだ。
「じゃあ今日はとりあえず、いったん終了と言うことで」
『――今日もイベントモードをやっておいた方がよくないです?』
解散を促そうとした朱莉に夏樹が言う。
イベントモードではイベントは貯めたポイントで順位が付けられる。毎日イベントで勝利し続けるのは難しいが、それでも戦わなければ優勝できない。優勝自体が目的ではなく、また誰かのUITのデータを消し飛ばすのは本意ではないが、それでもホストに近づくためには日々のバトルでポイントを稼いでランキングをあげなければいけない。
「確かにね。よし、じゃあやろうか。――いける、ソラ?」
「AIに疲労はない。問題ないよ、ご主人様」
「夏樹ちゃんは待機で。夏樹ちゃんのタブレットにプレイ映像を出力するから、もし何かおかしなこととかホストにかかわることを見つけたら連絡を入れて」
『ラジャーです』
予防線を張って、朱莉は画面を操作しイベントモードを起動する。
数秒間マッチング中と表示され、すぐに対戦相手が表示された。
「クロスワン・バスタード?」
『あー。ザ・強機体って感じですね。とは言え、それはセンパイのイクスクレイヴも同じですけど』
「相手にとって不足はなし、って感じかな」
そんなことを言っている間にも、画面はいつもの灰色の工場――カタパルトの中へ。
シグナルの点灯に合わせて、朱莉はアクセルペダルを踏み抜いて一気にイクスクレイヴを射出させた。
油の臭いが漂ってきそうな狭い空間から一転して、抜けるような青い空だった。
場所は偶然にも先ほどと同じ砂漠ステージ。遮蔽物などほとんどない、純然たる殴り合いで決着が決まる、イクスクレイヴの得意ステージだ。
「あとは敵機が現れれば――……」
そう言ったソラの視線の先に、その灰色の機体は現れた。
バルチャーのマントにも似た、巨大なX字の紫の装甲だった。その上に乗せられた悪魔のような意匠のフェイスは、一回り他のアサルトセイヴよりも大きく映る。ギラリ、とその深紅の眼光がイクスクレイヴのカメラ越しにソラを刺す。
右手には、アスカロンよりなお巨大な両刃の大剣が握られている。
そして左手には、類を見ないような射撃武装が。
銃ではない。それは、巨大なボウガンだった。ただし、砲門は弓に沿うような形で無数に取り付けられている。
禍々しい機体だった。徹底してその一撃の威力に全てを割り振っていることが、眺めただけで分かる。
――だが。
ソラは、そんなことを気にしてはいなかった。
そうではない。
ただ、知っている。
ソラはこの機体を知っている。
「……あれ、なのか……」
掠れたようにか細い音声で、ソラはそう呟いた。
眼前の悪魔のような機体が携える、その弩。
それは紛れもなく、ソラが夢の中で視た機体が握り締めていたものと全く同一だった。




