第二章 心 -4-
その後、多少の床板の表面を犠牲になんとかコクーンの設置を終えた朱莉たちは、何度かASCのプレイを重ねていた。
初めはソラの辛勝であったが、その後は夏樹の連勝。納得のいかない朱莉がその場でプログラムの再構築や最適化を始めるなど、気付けば半日以上が過ぎていた。
「――もういっそ泊まるっていう選択肢はどうですかね。ほら、陽も落ちてきたし、こんなか弱い女の子の見た目をしてるわけですし、危なくないです?」
「危ないわけないだろ、三百キロを一人で引きずる力があればそこらの暴漢なんか一瞬でぼろきれになるぞ」
「言い方にトゲがあるんですけど!!」
そんな風なやりとりを交えつつも夏樹は大人しく帰宅し、いつも通りのソラと朱莉の二人きりとなった。
「……やっと二人きりになれたね」
「いつものことだし、パートナーAI相手に欲情してるとか相当危ないやつだぞ」
「女子高生に欲情とか言わないで!」
軽いギャグにツッコんでももらえなかったご主人様からの叱責混じりの命令を受け、発言モジュールに修正を加えつつ、ソラはタブレットからキッチンの自動調理機に意識を移す。
「――そう言えば、今日は何か食べたいものあるか?」
「……ぶぅ」
「拗ねてるのはいいけど、要求がなければピーマン炒めにするぞ」
「嫌いだって言ってるのになんでピーマン買ってあるの!?」
そんなことを言いながら、今日の献立はハンバーグ(とピーマンの肉詰め)に決定し、ソラはロボットアームを使って調理を始める。
その間、手持ち無沙汰になったのか朱莉はキッチンの傍に椅子を持ってきて、タブレットからプログラムを組み始めていた。おそらくは、ソラがアサルトセイヴ・クラウンズをプレイするためのソフトを、今日の夏樹との戦闘データを含めてさらにブラッシュアップしているのだろう。
何でもない、日常の光景だった。
――ザザ、と。
そんな光景に、ノイズのような何かが重なる。
――朝方の光景。
――アームはなく、ただコーヒーメーカーでコーヒーを淹れている最中。
――椅子に座る彼女は、ただじっと茶色の雫が落ちる様を眺めている。
――烏の濡れ羽色をした、綺麗な髪。
――穏やかな微笑は大人びていて――……
「ソラ?」
朱莉の呼びかけに、ソラはハッと意識を覚醒させた。それまで、自分の思考が途切れていたことにむしろ驚かされた。
幸いにも、アームはソラの意識には関係なくメニューを選択してからは完全に自動で調理する。気付けばとうに下処理が終わっていて、あとはこねて焼くだけだった。
「……ちょっとぼーっとしてた」
「AIなのに?」
「疑似ニューロンって作ったはいいけど管理し切れてないからな。こういうこともある」
ソラは言いながら、進んでいく作業を眺めていく。
だが、朱莉はずっと怪訝な顔を向けていた。
「……ソラ」
「なんだ? ピーマンの肉詰めに関しては文句を言わせる気はないぞ」
「それも文句はあるけれど。――何か、隠してるでしょ?」
朱莉の言葉に、ソラは答え方が分からなかった。
このノイズのような謎の映像に関して、ソラは朱莉に伝えられるほどの情報がない。あるとすれば、昨日の朝方にもおかしな映像が流れ込んでいたことくらい。
ただ、分かることは。
ソラの記憶のストレージのどこにも、あんな黒い髪の女性はいないと言うこと。コーヒーメーカーはこの家にないし、そして、昨日の朝に見たようなASCでの戦闘にも覚えはない。
ただ、それ以上朱莉は言わなかった。
ただ黙って、ソラの意識すら見透かすようにロボットアームの基部を見つめている。
「……昨日の朝と、今だな。二回おかしなノイズと一緒に、覚えのない映像が想起されてる」
「ノイズと、映像?」
「昨日のはASCでの戦闘だった。見たことのない機体に俺が乗っていて、操縦者は別人。今のは朝の何でもない風景って感じだったけど、俺の知らない二十歳くらいの女がいた」
「……え? 元カノの話されてる?」
「ねぇ、俺AIだって言ってるでしょ? それに、新品でお前のところに来たのに前のご主人様とかいるわけないだろ」
「だよねぇ」
そんな風に少し茶化しながらも、朱莉は顎に手を当てて深く考え込んでいた。
「一応、記憶の中を検索。その出てきてる女性にヒットする人間をピックアップ」
「顔に関しては靄がかかったみたいで、想起されていないんだが」
「身長、骨格エトセトラ。とにかく何でもいいから識別プログラムにかけて」
「データ多すぎて予測で三時間はかかるぞ」
「直近一ヶ月、朝って言ってたし時間帯もその辺りだけでいいよ」
「………………該当はなかった」
朱莉に答えて検索をかけてみるが、黒髪の女性の顔と一致する人間はヒットしない。朱莉が組んだ識別プログラムであるから、まず間違いなくソラの記憶の中にそんな女性は存在していないと見ていいだろう。
「もっと昔の記憶かなぁ……。破損した過去の記憶同士が勝手に合成されることはあるかもしれないね。疑似ニューロンの中でデータが勝手に接続して、女性の姿が作られてるのかも」
「確率は低いだろ。今日立て続けに二回もあったけど、それ以前は一度もない」
「単純にソラの端末が寿命を迎えたのかも。一番古いパーツって六年前とかでしょ?」
「……その可能性はあるな」
「もしくは」
そう言って、朱莉は言葉を区切った。
「アサルトセイヴ・クラウンズ――ロワイヤルプログラムが原因か」
その指摘に、ソラは否定も肯定も出来なかった。
時期はほとんど一致する。そもそも、ここ数日で何か変化があったとすれば、そこにしか存在しない。
ロワイヤルプログラムは、そもそもその存在が表立つことのないように、いくつかの制約をUITに与えている。
その一つに、言論統制がある。いかなる方法を用いても、UITを通す限りはロワイヤルに関する一切の言葉や画像の発信が出来ないよう、特殊なプログラムを仕込まれる。
当然、ロワイヤルが起動し続けるためのキーになっている可能性もあり削除はしていないが、それ自体は朱莉の手で機能停止済みだ。だが何かを挿入するタイミングは確かに存在し、ソラの中にも確かに入れられていた。
そのときであれば、おかしな映像が流れ込んできても不思議はない。
「とりあえず、ウィルスチェックは?」
「朝の時点で済ませたけど陰性だ。あとで朱莉の方からも確認してくれ。俺の認識自体を阻害するタイプの可能性もある」
「オーケー、……でも、ウィルスじゃないとしたら不思議ではあるね。もしアサルトセイヴ・クラウンズを始めたタイミングで入れられてたなら、今になって想起している理由が分からない。少なくとも時限的に作動するプログラムが必要だと思うんだけど」
そう言って、朱莉もソラも考え込む。しかし、考えていても結論は出ない。そもそも情報が不足しているのだろう。
気付けば時間が経っていたらしく、自動調理機の端末からピロンと電子音がした。見れば、二枚の皿の上に美しくハンバーグとピーマンの肉詰めがそれぞれ載せられている。夕食の用意が出来ていた。
「――とりあえず、ご飯にしますか」
「だね。あ、今日はわたしが自分で運ぶよ。ソラはご飯をよそってくれる?」
「……配膳を手伝うのは構わないが、そっとピーマンの肉詰めの皿をロボットアームにも届かない位置にどけるんじゃねぇ。残したら明日からピーマンオンリーのメニューにするからな」
「うぇぇ……」
心底嫌そうな顔をしながらも、朱莉はそれをリビングダイニングまで運ぶのだった。




