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SMASHERS 〜卓球が紡ぐ軌跡〜  作者: 乃酢来蛇
4/4

3、泡沫の夢

サッカー、日本惜しかったですね

ベルギーに先制で2点入れた時は、もう勝ったかと思いました



(えっ? なんで球が返ってきて__いや考えるのは後だ!!)



「__くっ!!? と、どけぇッ!」



 台を飛び出し自コートの後方へと加速していく球を、全身をバネのように伸縮させ、背後に向かって全力で跳躍し追いかける。



 __しかし、球は残り数センチというところで間に合わず地に墜ちた



(くそっ! 間に合わなかった!! あと、一瞬早く飛び出していたら! ……あぁ、でも__俺のスマッシュを返した先輩の技も綺麗だったな)



「宅原くん。ナイススマッシュだったわ。君、本当に初心者なの?」



 番匠先輩が息一つ乱していない姿で、労ってくれた。

 反対に俺は、汗で視界が遮られ、呼吸も虫の息だ。



「……初心者ですよ。その証拠に、今の球も全く予想できませんでしたし」


「__()()で初心者、ね……ごめんなさい。まだ、試合の途中だったわね。さぁ、試合を続行しましょうか」


「は、はいっ……ハァっハァっ」


「次は宅原くんのサーブからよ」



 軽く呼吸を整え、サーブを構える。



「っ!?」


「えっ!!?」



(手を広げて、球は乗せるように……トスは15cm以上、上げて__放つ!)



 俺は無意識のうちに、さきほど先輩が実演してくれたサーブを意識していた。


 何故か、ミミやこの試合を眺めていた周りの部員達が驚愕していた。



(先輩はどう来るか……何だ、あの構え? スマッシュ__いや、違う。……重心が後ろに寄ってるのか?)



 熟考している暇はなかった。見たことがないので取り敢えずスマッシュに近い球が来ると予想し、身体をやや前に傾け、ラケットを顔の前に持ってくる。



(確か、俺が見た限りでは先輩はこんな感じで構えていたよな。あとは……集中!)



 一秒が何百倍にも引き伸ばされたような、そんな時間のなかで先輩の動きはやけにスローに映って見えた。



 もっとだ! もっと集中しろ!! 集中、集中、集中……集中!!



 __そして、放たれた球は……コートの右側を通る軌道だった



(これなら! この軌道なら、もう一度アレができる!!)



 先輩の打った球のコースを正確に予測できたと感じた俺は、先程と同じようにスマッシュの構えをとる。


 そして、予想通りの軌道を描いた球は__


「んなっ?!」


 __弧を描くように、コートの右側へと大幅に曲がった



 もちろん、球が曲がる、なんてのは想像の埒外だった俺は、スマッシュの構えのまま呆然と立ち尽くし何も反応できずにいた。

 サーブの時とは違い、紙一重で曲がるのではなく思いっきり曲がっていった。



「……スマッシュだけが卓球の全てではない、ってことか」


「えぇ。今のはドライブという技術よ」



(ドライブ……ははっ、はははは。おもしろい。おもしろすぎるだろっ! 卓球、こんなに奥が深いなんて! もっと、もっと卓球がしたい!!)



 ____その後、永遠に続くのではないかと思えるほど長く感じていた試合が終了した



      ースコアー


 宅原歩夢 0ー11 番匠旋(ばんじょう めぐる)



「__ありがとうございました」


 試合が終わったことを告げるように先輩が一礼を行った。


「ありがとう、ございました!」


 俺は、まだ息が整い切っておらず、みっともないなぁと思いながらも笑顔でお辞儀をした。




 ______パチ、パチパチ。パチパチパチパチ




 この試合を観戦していた卓球部員の人たちから賞賛の拍手が鳴り響いた。


「__終わった、のか……ふぅ____まだ」


「まだ、何?」


 無意識にポロリ、とこぼれ出た独り言を聞かれてしまったようだ。


「いえ。なんでも、ないです。それより、番匠、先輩……改めて、ありがとうございました。とても楽し、かったです」


 試合が終わって緊張感が抜けると、全身の力が抜けていった。



「それはお互い様。私も__楽しかったわ。君との試合。君が今よりもっと、もっっっと強くなったら……その時は____試合前のこと、考えてあげてもいいわ」




 試合前? 俺、何か言ったっけ?


 俺が内心首を捻っていると、周囲から歓声があがった。




「遂に、遂に旋にも春が来たのね!」


「あの、卓球一筋だった旋が……グスっ」


「やっぱり、旋は押しに弱かったのね」


「め、旋に先を越された? グフっ……」




 試合が終わり、放心していた俺はよく聞き取れなかったが番匠先輩がスゴイ顔になっていた。般若のような形相とはこういう顔の事を指すのだと、身をもって体感した瞬間だった。




 ------------------------------------------------------





「さて、入部テストも終わったことだし。宅原くん、卓球部へようこそ! ……と言ってもここは〝女子〟卓球部の練習場所なんだけどね」


「えっ? ……そう言えば、男子を見てない気が」


 あれから、数分後。番匠先輩が唐突に告げた内容について、改めて思い出してみると自分がいかに上の空だったか分かるというものだ。


「あれ? そう言えばミミは? さっきまでそこにいたのに」


「ミミちゃんなら、丁度その件についてアイツらのところに話をつけに行ってもらってるわ」


「アイツら? アイツら、って何ですか?」


「決まってるじゃない、男子卓球部のやつらよ。アイツら、いつも部室に籠ってるから新入部員が来たって、御構いなしで放置よ。放置。だから、ミミちゃんに呼びに行ってもらってるの」



 __そう言えば、今更だが先輩との試合は入部テストだったんだ



 ……どうしよう。あの時は先輩と試合がしたい一心で入部テストに応じてしまったが、だからと言って今更断りずらいし……本当にどうしようか。




「__それには及ばないよ、番匠。さっきの試合、最初からすべて見ていたからね」


 観客席の方から突然響いてきた声に、思わず声の主を探してしまう。


「……日田。アンタ見てたんなら、もっと早く出てきなさいよ」


「ははは。すまない。少々考え事をしていたんだ__で、君がペンの子だな」


 ガッシリとした体躯に、長い手脚。そして、黒髪と眼鏡の奥からはこちらを品定めする眼。


「ぺ、ペン? 筆記用具とかのペン、ですか?」


「ン? あぁ、すまない。君は初心者なんだったか。さっきの試合を見ていたら、そんなこと忘れてしまっていたよ」



 ……さっきの試合って、俺一点も取れずにボロボロにされたんですけど



「ペンについてだったか……君が途中で握り方を変えただろう? あの握り方はペンホルダーと呼ばれる握り方なんだ」


「なるほど、だからペンの子……自分、宅原歩夢っていいます」


「おぉ、まだ名乗ってなかったね。僕は日田裕弥(ひた ゆうや)。そこの番匠と同じ二年だ。よろしく、歩夢くん」


 眼鏡をかけているせいか、柔和な印象を受ける顔を笑みの形に変え、手を差し出してくる日田先輩。それに応じようと俺も手を差し出そうとし__


「これから部活、一緒に頑張ろう。さっそく今日からやっていくかい?」


 __途中でピシリと固まってしまった


(そうだよ。まだ、どうするか決めてなかったんだよ! ……ほんと、どうしよう)


 取り敢えず、苦笑いで握手に応じる。


「そ、そうだ! 男子の卓球部って、どれくらいの人数がいるんですか? 女子がこんなにいるんですし……人が多いのは、ちょっっと……厳しいかな、と」


 ざっと、周りを見渡せば既に練習に戻っている女子卓球部の姿がある。その数はおよそ50人はいるだろうという大人数だ。


 ここは、人数が多い部活は協調性が無いので無理です! という感じで断ろう。



「「それなら大丈夫『よ』だよ」」



 番匠先輩と日田先輩の声が同時にはもった。


「えっ?」


「うちの学校は、女子が強いだけで男子の卓球部は弱小だからね。人数はいないはずよ」


「そうそう! ……悲しいけど、それが事実なんだよね。だから、歩夢君が入ってくれればとても助かるんだ」



 失敗した。

 余計に断りづらい雰囲気が出来てしまった。こうなると、断る理由が見つからなくった段階で詰みだ。



「いやぁ、でも俺、初心者ですし……番匠先輩から一点も取れませんでしたし…………皆さんに迷惑をかけるかなぁ、と思う次第でして、ハイ」


「そんなことはないさ! 歩夢君は今、部活とか入ってないよね?」


「……はい。今日は、ひ……なぜか身体を動かしたくなったので、ミミに着いてきたんです」


 あ、危ない危ない。危うく余計なことを言うところだった。


「ミミ? あぁ! 西條くんか! 彼女はウチのマネージャーなんだよ。なるほど、彼女の推薦だったわけか……彼女、見る目は確かなようだ」



 あれれ〜? 何か流れがどんどん止まらなくなって行ってる気がするゾ〜


 不味い! このままでは本当に卓球部に入ることになってしまう。


「……ふむ。__番匠、ちょっと耳貸せ」


 俺が、一人唸りながらこの場を切り抜けるため頭を働かせているときだった。



「ねぇ、宅原くん」


「んうぅぅん……何ですか?」


「卓球、楽しかった?」


 さっきの試合の事を言っているのだろう。これには迷わず頷く。


「はいっ。とても楽しかったです!」


「そう。それは良かった。__でも」


 番匠先輩はそこで一旦溜めをを作り、俺の目を見据えた。



「君は、()()()()で満足だったの?」


「……っ」



 先輩の言葉に息が詰まる。


 確かに、試合は楽しかった。今まで生きてきた人生の中で、一番と言っても過言ではないほど充実していた時間だったのも確かだ。


 ……だが、それと同時にどこか物足りなさ、空虚さを感じたのも確かだ。


 試合後に、こぼれかけた独り言がよぎる。



「試合が終わったあと、宅原くん何か言いかけていたわよね?」


 先輩にはお見通しだったようだ。


 もう一度、あの時よぎった言葉を思い返す。



 『__終わった、のか……ふぅ____まだ__』


 

   __卓球し足りないな



 先輩との試合の直後に感じたのは、物足りなさだった。だからこそ、つい誤魔化してしまったわけだが。



「卓球部に入れば、飽きるくらい……いいえ、飽きても強制的に卓球をし続けることができるわよ?」


「……もっと卓球が、できる」



 先輩の言葉を吟味し、自分が卓球をしている姿をイメージしてみる。



(悪くないかも、な。でも、やっぱり俺なんかじゃ……悪いけど断ろう。精一杯謝れば、きっと__)



 視界の端で日田先輩が、ニヤリと笑った気がした。何か番匠先輩に合図を送っているみたいだけど……


「……っ! そ、それに、その……」

 

 突然、番匠先輩が真っ赤になってあたふたし出した。慌てる姿一つとっても、俺の幼馴染である部活バカ(あいり)とは比べるのもおこがましいほどに可愛かった。


 そんな、先輩の至福百面相タイムもついに終わりを告げてしまったようだ。先輩は意を決したように、コチラをじっと見つめている。




「私、卓球部に入って活躍する宅原くん、とってもカッコいいと、その……思うんだけどなぁ」




「自分、宅原歩夢。本日より、卓球部に入らせていただきたく候!!!」




 時雨ヶ丘高校、第2体育館で上がった雄叫びの後に残ったのは、赤面している番匠先輩と眼鏡を押し上げて笑っている日田先輩、またもや驚愕の表情の女子卓球部の方たちの姿だった。





 

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