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第2話 漆黒の騎士は死霊を斬り祓う


「シン、ですーーーーあなたは?」



少年ことシンの問いに、騎士はしばしの躊躇いを見せた後、答えた。



「黒騎士ーーーーとでも呼びたまえ」



黒騎士。

その名は、今の騎士の風貌を表現するには充分すぎるほどピッタリの名だった。

名が指す通り、騎士の身体は実体がなく、ほとんど影と同等のようだった。

しかし、実体はなくとも存在はしているようだ。

現に先ほどシンを助けたとき、騎士の振るった剣の一閃は、女の霊に確かなダメージを与えて見せたのだ。



「助けてくださってありがとうございます・・・黒騎士さん」


「『さん』は不要だ。敬語も必要ない」


「じゃあ・・・黒騎士、ありがとう」


「騎士道精神を掲げる者として然るべきことをしたまでだ」



直後ーーーー逆上した女が飛びかかって来た。



「ワタシの邪魔ヲするナァァーーーーーッッ‼」



鬼神のごとき形相で黒騎士めがけて突進したかと思うと、ナイフのごとく鋭く伸びた爪を振り下ろした。



「ぐっ・・・・・・‼」



鋭い一閃によって斬りつけられた黒騎士は、すかさず長剣を構え、鋭い一閃をガードしてみせた。

鍔迫り合いが起き、騎士と女の霊はお互いに膠着状態となった。

その間も、女は呪詛の言葉をブツブツと吐き続けている。



「いやだイヤダいやだイヤダ・・・独りはイヤダイヤダ・・・寂しイ・・・淋シイ・・・‼」



悪霊としての強い霊力のせいか、女の力は存外強力なようだった。

黒騎士の体勢が崩れ、徐々に押され始めている。



「黒騎士!」


「しかし見ての通りだ・・・!私は他者の影に憑依しなければ、やがては消滅してしまうほどの脆弱な身・・・ゆえに今の弱った私一人では、この程度の地縛霊ごときにも苦戦を強いられてしまう・・・ッ!」



無様なものだ、と黒騎士は自嘲気味に付け足した。

しかし直後、再び騎士ならではの毅然とした口調に戻り、



「貴殿!この場を切り抜けるために、私に力を貸してはくれないか!」



唐突な要求に、シンは大いに動揺した。

自分のような非力な人間がーーーーただ霊が少しばかり見える程度の素人が、いったいどうやって黒騎士に力を貸せと言うのだろう。



「僕が・・・いったい何をすれば・・・⁉」


「貴殿の影にーーーー憑依させてほしい!」



影に、憑依?

シンの脳裏にいくつもの疑問符が浮かんでは消える。



「そうすれば私は本来の力を発揮できる・・・魔を祓い、この難局を打破するためには、貴殿の協力が不可欠なのだ!」



この謎の騎士をーーーー自らの影に憑依させる。

シンは逡巡する。躊躇いがないと言えば嘘になる。

この騎士の依代となることで、己の身に何らかのリスクを背負うことになりはしないか。



「・・・僕は・・・」



ーーーー馬鹿だな。

なにがリスクだ。

今の今まで、死に場所を探していた身のくせに。



「さぁ・・・決断せよッ‼」



失うものなどーーーー今は何もない。

ならばこの可能性に、賭けてみるしかない。



「ーーーーわかった。僕の身体を、使ってくれ」



それで、自分の何かが変わるのなら。



「かたじけない・・・無駄にはしないぞッ‼」



直後、騎士の身体は流動的な漆黒の霧と化し、ずるりとシンの影に入り込んだ。

黒騎士が乗り移った影が、立体感を持ち、シンの背後からゆっくりと立ち上がる。



「これは悪霊を斬り鎮める『斬厄』の力ーーーー今この瞬間、私と貴殿は一心同体となった。貴殿が『斬れ』と望めば、私は悪霊を斬れる」


「僕が・・・霊を、斬る・・・?」



不思議と、それまでただの影でしかなかった彼の剣が、しっかりと立体的に見える。

平面だった影が実体を持ち、今、シンの目の前に「物体」として確かに存在しているのだ!



「寂しい・・・淋しイ・・・みンなワタシを置いてイく・・・許せナイ・・・‼」



女の怨霊は、右半分だけの口で、うわごとのように呪詛を吐き続ける。

憤怒。独善。孤独。妄執。

あらゆる負の感情が煮こごりのように混ざり合い、この醜悪な悪霊を生み出したのだ。



「お前も道ヅレだァァァーーーーーーッッ‼」



飛びかかって来る悪霊を前にして、黒騎士は剣を抜く。

シンの意志に呼応してーーーー刃を振り上げる。



「はあっ‼」



勇猛果敢の怒号とともに、剣が振り下ろされる。

その漆黒の刃は、退魔のオーラを纏った鋭い一閃を繰り出し、怨霊の左半身をズバリと斬り捨てた!



「ギャアアアアアアーーーーーッッ‼」



怨霊がのたうちまわり、絶叫を上げる。

斬り裂かれた断面から、怨念が具現化した黒い瘴気が漏れ出している。

それは怨霊の「血」のようなもの。全身を駆けめぐる怨霊こそ、彼女の動力源だったのだ。



「ひ・・・人殺しッ!ワタシはタダ、誰かにソバにイテほしいだけなのにッッ‼」



じりじりと詰め寄るシンと黒騎士に、怨霊が苦しまぎれに叫ぶ。

口だけなら情状酌量の余地はあるーーーーしかし、断面からこれでもかと溢れ出す恨みと悪意の結晶、すなわち「瘴気」が、それを自ら否定していた。



「人殺し・・・か、洒落が利いているな。貴様はすでに死んでいる」



黒騎士は冷徹な一言で、怨霊の主張を一蹴した。



「そのうえ利己的な我欲のまま、数多の罪なき人々を手にかけてきた怨念の権化たる貴様は・・・もはや人にあらず‼」



スウウッ・・・と弧を描き、黒騎士の剣が、再び中天に掲げられる。

影の刃は、これまで以上の強力な退魔のエネルギーを纏い、空中で静止する。



「僕はーーーー霊が見えます。だから他の人よりも、あなたたちが抱えるモノの重さを、少しはわかってるつもりです」



シンが諭すような口調で、怨霊に語りかける。



「恨みから解放されてーーーーそろそろ、楽になってください」



一閃。

黒騎士が振り下ろした剣閃が、今度こそ怨霊の身体を脳天からまっぷたつに叩き割った。



「ギィヤアァァァァァァァ・・・‼‼」



ーーーーそのとき。

怨霊の肉体を剣が斬り裂いた、その瞬間。

シンの脳裏に、いくつもの映像が、走馬灯のように蘇った。



「ーーーー‼」



女は、愛していた。

しかし裏切られ、憤死した。

顔の左半分が潰れた、無惨な死体。

その死体は埋葬されることなく、このオーベルジュ墓地に遺棄された。

寂しい。愛していたのに。

寂しイ。淋シイ。

サビシイ。

ーーーーユルサナイ。



(これは・・・この霊の・・・記憶・・・)



退魔の一閃は怨霊の肉体を塵に変えた。

断末魔とともにーーーー死者はあるべき場所へと送られた。



「初めてにしては見事な連携だったぞ、シン。貴殿を讃えよう」



黒騎士はシンを称賛したが、シンの関心は別のところにあった。

そぞろな面持ちで、シンはぼんやりと口を開いた。



「彼女は・・・生前、愛していた男性に裏切られた」


「なに?」


「それで口論になって、つかみ合いの末にバルコニーから突き落とされ、顔の左半分を潰されて死んだ。そして、隠蔽しようとした男の手でこの墓地に遺棄され、地縛霊となってさまよっていた。自分の孤独を埋めてくれる人が通りかかるのを待ちながら・・・永遠に、この場所で」



シンは顔を上げ、黒騎士を見上げた。



「彼女を斬った瞬間に、映像が頭の中に流れ込んできたんだ。きっと彼女が地縛霊になるまでの記憶・・・なんだと思う」


「死者の記憶を読んだのか・・・ふむ、やはり貴殿は見込みがあるようだ」



黒騎士は戸惑いを隠せないシンに問う。



「貴殿、これから行くあてはあるのか?」



黒騎士の問いに、シンは力なく首を横に振った。



「・・・ないよ。気がついたらここにいた。だからここがどこなのか、自分が何をすべきなのか・・・何もわからないんだ」



飛び降りを図った後の出来事は、何から何までシンの想像を超えていた。

日本とも思えない、謎の世界。

襲いかかって来た悪霊。

そして、目の前に立ちはだかる、自分の影と同化した漆黒の騎士。

早くもシンの脳は、論理的整合性を失い、考えることを放棄し始めていた。



「僕は・・・見ての通り霊感持ちで、この世の裏側の住人たちの姿が視える。この力のせいで友達もできなかったし、両親からも疎まれてた。一度は自殺も考えた・・・そんな僕に、これから生きる意味があるのかどうか。何もかもがわからないんだ」



数秒の間が空いた。

シンはうつむいていたが、やがて頭の上から声が返って来た。



「ならばその力をーーーー人のために使うというのはどうだ?」



予想だにしない言葉に、シンは耳を疑い、弾かれたように顔を上げる。



「・・・え?」


「私の力の源は『霊力』だ。人間が飢え死にするのと同様、それが無ければやがて消滅してしまう。消滅を回避するためには、定期的に悪霊を斬り、その霊力を摂取する必要があるのだ」



黒騎士は強力な反面、大きな代償を抱えているようだった。

他人の影に憑依しなければ真の力を発揮できず、さらには定期的に霊力を摂取しなければ消滅の危険性もあるーーーー正直、かなり燃費が悪い。

ゆえに、黒騎士はシンを心の底から必要としているようだった。



「私と組んで霊現象専門の相談所を設立し、霊に苦しむ人々を救う。私は貴殿に人々を救う力を与え、貴殿は私が霊力を摂取するために協力するーーーー利害の一致というものだ」


「僕がこの力で・・・人を助ける・・・?」



考えれば出て来そうな発想だが、シンは一度も考えたことがなかった。

他者のために自分の力を使うーーーーそれは自分のコンプレックスを乗り越え、ある程度精神的に余裕のある人間が考えることだ。

シンの場合はそうもいかなかった。

日々を生きるのに精一杯で。

人々の迫害から精神の安定を保ち続けるために、多くの精神を削った。

あのときの自分に、正常な判断力はもはや無かったと言っていいだろう。



「霊のことで迫害されたぶん、貴殿は霊に苦しむ人々の心をより理解できるはずだ。認められないのなら、認めざるをえないほど多くの人々を救えばいいーーーーそれが貴殿の『生きる意味』となろう」


「生きる・・・意味・・・」



余計だと思っていた力。

ずっと棄ててしまいたかった力。

その力をプラスに転じ、人のために使うことができるなら。

その力は「重荷」から一転して「個性」へと変わる。



「ーーーー『コンサルタント』、ってことか」


「こんさる・・・何と言った?」


「コンサルタント。何かしらの相談や課題を解決する人のこと。いつかやってみたいと思ってたんだよね・・・クスッ」



顔を上げ、黒騎士をまっすぐに見上げたシンの口元には、それまで仮面のような仏頂面の奥に封じられていた、純粋な笑みが浮かんでいた。



「ありがとう、黒騎士ーーーーこれからよろしくお願いします」


「・・・なんだ、普通に笑えるのではないか」



シンーーーー出身世界での享年16歳。

飛び降り自殺を契機に異世界へ転生。

黒騎士と名乗る謎の騎士との出会いをきっかけに、決意を新たに第二の人生を歩み始める。

その肩書きはーーーー「心霊コンサルタント」。



もしも霊感少年が、異世界で心霊コンサルタントになったら。






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