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第1章 幕命 (8)

 「先ほどは黙っておいたがな。」

 近所の藩士達が退席すると、五八が切り出した。孫兵衛だけが残って昼食をふるまってもらう事となったのだ。五八の息子達も食事の準備ができるまでは、と席を外している。


 「一年詰めを命じられた桜井殿が御免となりそうだ。」

 五八とともに呼び出しを受けた桜井與は、数日前から体調を崩しており、今朝の登城も一族の何某が名代となっていたらしい。

 桜井の病は重いらしく、その名代はその場で辞退を願い出たという。

正式な決定はまだだが、病の者を派遣したとあっては奥平松平家の名誉にかかわるからと、家老の鳥居が派遣取り消しを確約したというのだ。


 孫兵衛にも話が読めてきたが、今はまだ表情を変えないように唇を噛んだ。

 「そこでだ。今、あらためて派遣を願い出れば叶うと思わんか。」

 五八は続ける。

 「実はな。

  既に鳥居様には、おまえを売り込んである。

  不本意かもしれんが、坂本鉉之助殿の名も使ってな。」


 五八は孫兵衛について、大塩平八郎の乱の平定に功のあった鉉之助から砲術の手ほどきを受けていると伝えていた。

 鳥居も孫兵衛の義父が鉉之助であるとは知っていたが、砲術を学んでいることまでは聞き及んでいなかったという。孫兵衛の派遣願いも目をとおしていたが、志願者の枠は限られており希望に沿えなかったらしい。

 「鳥居様の様子では、まず決まりとみてよかろう。」


 自分の口元が緩んでいくのを意識するうちに、面前の五八の口元もつられるように緩んでいく。

 「有難うございます。」

 孫兵衛は短い言葉に、感謝の念をすべて込めた。

 先日の酒巻の一件は、人選に影響していなかったようだ。


 「坂本鉉之助殿といえば、いまや荻野流宗家とか。

  その教えを受けたおまえがおれば、わしも心強い。」

 五八は孫兵衛を誇らしげに見つめる。

 「実際に引き金を引いたことなど数えるばかり。」

 「おまえが撃たんでもよい。

  学んだことを撃ち手に伝えろ。学んだとおり撃ち手に命じろ。

  古来、軍師が矢など射るまい。」

 「軍師などとは。」

 孫兵衛は恐縮して首を振った。

 「まわりが、いずれそれを求めよう。

  おまえは頭が切れる。」


 「ところで、靫負殿とは懇意だったか。」

 孫兵衛は五八の問いの意図が分からない。

 「安西靫負殿でしょうか。

  無論、面識はありますが、懇意とまでは。」

 安西靫負は寄合の中でも肝煎といわれる立場にあり、無役の寄合から適職者を推挙する役目を担っている。

 「おまえを推挙しておったとか。

  まあ、肝煎の推挙など順番でしかないと思われておる。

  結果的にも影響が無かったが、礼だけは言っておけ。」


安西靫負、鳥居強右衛門、桜井與、五八、それから義父の鉉之助。

多くの者に借りができていく。


 孫兵衛は、五八やその息子達と賑やかな昼食を終えると、一旦自邸へ戻ることとした。

 在城中に鳥居に会うことは難しいため、下城後に屋敷を訪ねようというのである。

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