第1章 幕命 (4)
その夜は、孫兵衛の屋敷で酒を酌み交わすこととした。
途中、兎毛の兄の木戸環も合流した。
「ようやく伝達を終えた。」
環は戦国期の足軽大将にあたる物頭である。登城していない末端の足軽まで伝達を終えたのを確認してから下城している。
「マゴもトモも、眼に房総の海が映っておるぞ。
それとも、酒に酔って潤んでおるだけか。」
「それならば環殿こそ。」
物頭という職にある以上、戦となれば足軽を率いて主力を担うという気構えがあるはずだ。環も派遣を望んで当然と思えた。
兎毛は、孫兵衛や環から江戸湾警固について更に詳しく聞いた。
「それじゃあ、川越と一緒に江戸湾を守るってことか。」
今回、江戸湾警固を命じられたのは、忍藩と川越藩であった。
忍藩は房総沿岸、川越藩は相模沿岸を警固する。
この房総・相模沿岸という江戸湾口を外国船が通り抜けると、江戸城はもはや目と鼻の先であるから、何としてもここで外国船の侵入を食い止める必要があった。
兎毛に話しながらも、環には疑問が湧いてきた。
「房総や相模の沿岸にある大名ではいかんのか。」
孫兵衛が答える。
「房総・相模には小高の大名しかおりません。いずれも三万石以下。」
これでは十分な警固体制が望めない。それゆえ、忍藩十万石と、川越藩十七万石に命令が下ったのである。
「どうして御家と川越なんだんべな。」
兎毛が孫兵衛に聞いた。
「川越様の理由は何となくわかるが。」
相模側が川越藩の持ち場とされたのは、相模に飛び地を持っていること、その関係で以前から外国船渡来時の応援を命じられていたことによるものである。
実際に過去二回の江戸湾への外国船渡来に際し、小田原藩とともに藩士を派遣、浦賀奉行や代官の応援として相模沿岸を警固している。
忍藩が選ばれた理由はよくわからなかった。少し考えて孫兵衛が答えた。
「御公儀の御家門への御信頼の厚さ。
それから、江戸湾へ近いということだろうか。」
忍藩・川越藩はともに松平を名乗る親藩である。
かつて江戸湾警固を担った会津藩や白河藩も親藩であった。
「譜代はいずれも政に必死だ。我らが日の本を守らんでどうする。」
環の言に兎毛もそうだと相づちを打つ。
兎毛は普段から気が大きいが、環も酔ってくると兄弟でよく似ている。
「いずれにしてもだ。
明日には派遣を願い出ようではないか。」
環の提案に孫兵衛も兎毛も同意した。家老宛てに書状を提出するつもりである。
三人は夜半過ぎまで飲み、そのまま寝入ってしまった。
月夜はいつまでも明るかった。
一月経って九月。
藩はすべての藩士に向けて次のように江戸湾警固の方針を通達した。
「警固を任された房総沿岸は極めて重要な地である。
外国船は多くの大砲を備えているうえ、どこへでも渡来して上陸できる。
こちらも要所に大砲を備え厳重に警固すべきである。」
しかし、房総へ派遣される藩士は、まだ知らされなかった。