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第1章 幕命 (1)

 武蔵国の北辺、おしの地。

 利根川と荒川に挟まれた肥沃な平野に、江戸の北方を押さえるようにして家門である奥平松平家が配されていた。

 奥平松平家は、家康の長女・亀姫が、長篠の戦いで長篠城を死守した奥平信昌に嫁いで生んだ子で、家康の養子となった松平忠明を祖とする。

 忠明は大阪の陣後、大阪の復興などを行い姫路藩十八万石の大名となったが、二代・忠弘の時に白河でお家騒動を起こして十万石に減封となった。

 その後七代、およそ百年間の桑名時代を経て、有名な三方領地替で文政六年(一八二三)、忍の地に移ってきていた。


 天保十三年(一八四二)八月。

 前年五月に藩主の松平忠彦が在任二年余りで死去し、弟の忠国が新たに藩主となっていた。

 前藩主の葬儀、新藩主就任に伴う諸行事や細かな引継ぎ事、前藩主の一周忌など慌ただしい一年余りを過ごした城下は、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


 そこへ突如として陣太鼓の音が鳴り渡った。

 城下の藩士達は皆、城のほうを見やる。

 まずは御三階櫓、それを目印に藩主御殿である二の丸あたりの上空と順に見回すが、火事ではないらしい。


 このとき、和田孫兵衛は屋敷の縁側にいた。

 読書の明かりとりに出てきたものの、旧暦八月の夕風は思いのほか冷たく、自室へ戻ろうと立ち上がったところだった。

 すぐに陣太鼓の二度目の打ち方が始まるが、孫兵衛はそれが鳴り止まないうちに察して、

 「御目見え以上参集せよ、か。」

 と、つぶやいて奥へ支度を命じた。藩主に謁見を許されている藩士はすべて登城せよとの合図だった。


 孫兵衛は手早く支度を済ませ、庭の木戸から裏通りへ出た。表から出るよりも城へ近い。



 最初の橋を超えるところで、城へと急ぐ者と並ぶ形となった。

 「トモか。どこへ行く。」

 「登城命令があったんべ。」

 「おまえは呼ばれてないぞ。」

 トモと呼ばれた木戸兎毛は「お目見え以上」の家柄ではあるが、兄が家督を継いでおり、いわゆる「部屋住み」の身なので、こういった場合、呼び出しの対象からは外れている。


 「分かってるが、先代がお亡くなりになったときとおんなじだ。」

 前藩主の逝去を知らせるため、家臣を集めたときも夕刻の呼び出しだった。

 「考えすぎだ。」

 藩主・忠国は三十前で極めて壮健だ。何かあるとも思えない。隠居している先々代もまだ四十を超えたところだ。


 しかし、あっさりと兎毛の不安を否定した孫兵衛に別の不安がよぎった。

 「まさか、また国替えでもあるまいな。」

 まだ孫兵衛は幼子だったが、およそ二十年前の桑名からの国替えも急な知らせであったと記憶している。


 結局、兎毛は城門までついて来た。

 何か大事な話に違いないから門の前で待っていて、出てくる者から一刻も早く情報を得たいというのだった。

 孫兵衛は兎毛と顔を見合わせると、かすかにうなずいて早足で門をくぐった。


 参集場所である大広間へ向かう者は皆、「何の知らせだろうか」とささやきあうだけで、余計な話はしない。一様に不安げな表情である。


 陽が沈みつつある。

 孫兵衛の足取りは重かった。

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