白翼の剣
『貴方は人と争わなきゃ生きていけないの?』
ずっと昔、ただの人間だった頃にそんなことを言われた記憶がある。
言ったのは確か高校の時に同じクラスだった気取った女だ。
尋ねられて俺はどう答えたんだったか。
確か――
『生命活動という意味でなら生きていけるだろうよ。けどな、人生を生きていくのは無理だ』
人生を生きるのと生物として生命活動をして生きるのは別物だ。
人生を生きるには矜持やらこだわりやら、その他諸々の不条理やら不合理が欠かせない。少なくとも俺はそうだ。
そして、その欠かせないものが俺にとっては誰かとの争いなんだ。
だから、俺は人と争わなきゃ生きていけない。それは神になった今でも同じだ。
「少しいいか?」
俺は酒を飲んでいる冒険者の一団に近づき、話かけた。
数は五人、前衛が二人に後衛が三人といった編成のパーティーだ。
前衛二人は男で戦士、後衛の三人の内、魔導士らしい二人の女に斥候役の弓手が男か。
全員が二十代の半ばで自信に満ち溢れた良い顔をしている。表情と雰囲気からそれなりの修羅場を潜り抜け、自分たちの腕にかなりの自負があるように見受けられる。
「なんだい兄さん?」
前衛役の内の体格の良い方が人懐っこい笑みを浮かべながら、俺の呼びかけに応えて振り向いてくれた。
「なんだか随分と上機嫌に飲んでいるみたいなんで何か良いことでもあったのかと思ってな」
「そりゃあな、仕事が無事に済んで懐も温かくなりゃ気分も良くなるさ」
俺に対して、全く警戒を見せないのはこいつが間抜けなのか、それとも俺を見て取るに足らない相手だと思ったか、どちらだろうな。まぁ、どっちでもいいんだが。
「あまり仕事の話を誰彼構わず話すもんじゃないと言っているだろう」
前衛役のもう一人の方、剣士の格好をした男がガタイの良い方を咎める。
見た所、腕はガタイの良い方より上だ。それと恐らくだがこいつがこの集団のリーダーだな。
「ああ、すまない。あまり深入りするつもりはないんだ。ただ俺は最近どうにも景気の悪いことばかりなんで、ちょっとばっかり景気の良い奴らと関わって運気でもあげておこうと思ってな」
さて、どうしたものかな。
リーダーらしき剣士は俺を警戒していて、その他は俺に対して興味がないといった様子だ。
喧嘩を売っても良いが、あまりスマートでないのも俺の好みではないが。
「まぁいいじゃないの。別にたいしたことがあったわけでもないんだし」
後衛の魔導士らしき女が剣士を窘めつつ、俺に対して意味ありげな視線を向けてくる。
まぁ、客観的に見ても俺はそれなりにはツラが良い方だから気に入られたといった所だろう。
「私たちとお話がしたいみたいだし、ちょっとくらい良いんじゃない?」
「おまえはそうやって、いつもいつも……」
愚痴っぽくつぶやくリーダーを尻目に魔導士の女は俺を手招きする。
すると、器の小さい男と思われたくないのか、剣士はバツの悪い表情を浮かべながら俺の話しかけてくる。
「まぁ、相席くらいは別にいいか。えーと、君は?」
「カズキ・リョウって名の旅人だ。この国には最近来た」
神様だと名乗っても良いが、今のタイミングは面白くないのでやめておいた。
剣士は俺の名前を聞くと、それを興味深そうに小声で繰り返している。
「面白い響きの名前ですね。出身はどちらですか?」
後衛役のもう一人、聖職者風の衣服を身にまとった女が尋ねてきた。
「遠い彼方の土地さ。ここにはまぁ、色々とあって流れ着いてきた」
俺の言葉に聖職者は不審な眼差しを向けてくるが別に疑われたところでどうでもいい。別に心証を良くしておく必要もないわけだしな。
「俺のことよりも、そっちのことを聞かせてほしいな。俺は初対面の相手の事情も考えずに出身を尋ねるような無作法をするつもりはないんで、名前だけでいい」
聖職者風の女が不快な表情を浮かべているが別にどうでもいいな。
険悪な雰囲気を察したのか、リーダーの剣士が咳ばらいをし、場の空気を変えるために口を開く。
「俺たちは『白翼の剣』というパーティーだ。俺は一応リーダーってことになっているアディンという者だ。で、そっちの戦士がガドーで、魔導士のリエルに治癒術師のエルナと弓使いのクラウというのが俺達のパーティだ」
なるほどね、今までずっと黙って俺のことを観察していた男がクラウって奴か。
とりあえず誰がどんな名前なのか分かっただけで充分だ。
それにしても、見ず知らずの相手に自分たちの名を明かすなんて随分と自分たちの能力に自信があるようだな。仮に名を知られたことでトラブルが起きても問題はないと考えているんだろう。
「へぇ、パーティーってことは君らは冒険者か何かなのかい? 見た所でかなり腕が立つようだが」
まぁ、知っていて声をかけたんだがな。
「おうよ、俺たちは冒険者。それも全員がA級っていうラザロスでも最高のパーティーだぜ」
ガドーという名の戦士が自慢げに言う。
他の面子はガドーの言葉を否定するようなことはせずに、どこか誇らしげな表情を浮かべていた。
まぁ自分たちの自慢を代わりにガドーがやってくれているのだから悪い気はしないんだろう。
「俺は冒険者というものには詳しくはないんだが、A級というのは凄いのかい?」
「そりゃあそうだぜ。A級の冒険者ってのはギルドが認めたごく少数しかなれねぇんだぜ。そんな中でも俺たちは若手でギルドからも期待されてる新星ってやつだ」
イマイチ要領を得ないな。
ギルドが認めたっていう所が俺には気になる所だ。実際の成果とかそういうものだけで判断されているというわけではないように思えるな。
この『白翼の剣』とかいうパーティーは確かに全員がそれなりに腕が立つとは思うが、俺からすると特別な何かを感じるような奴らじゃない。ただまぁ、見た目は割と良いので良い宣伝にはなるだろうとは思うんで、俺がこいつらに価値を見出せるとしたら広告塔の役割くらいか。
とはいえ、そんな相手でも、あの受付嬢の鼻を明かしてやるには充分な様だろう。
「いやぁ、凄いな。まさかそんな奴らと一緒に酒が飲めるとは」
「おう、光栄に思ってくれよ」
「おい、ガドー。あまり調子に乗るなよ」
随分と気分が良くなっているようだな。
このまま酔い潰すのもありかもしれないが、さてどうしたものか。
「いやぁ、本当に光栄なことだぜ。そうだ、記念に一杯奢らせてくれよ」
「いえ、そのような施しは――」
「いいじゃない。奢ってくれるって言ってるんだから、細かいことを気にしちゃだめよ」
「そうそう、歓待は素直に受けるのが英雄の資質って奴だ。俺は英雄に奢ることで自尊心を満足させることができ、アンタたちは金を使わずに済む。どっちにとっても悪い話じゃないんだしよ」
俺はカウンターにいる店主に声をかけ、酒を運んできてもらう。
支払いは勿論、俺が作った金貨を使う。
「英雄に出会えた幸運に乾杯って感じかな」
俺はそう言って酒の注がれたコップを掲げて見せる。
すると、リエルは俺に続いてコップを掲げて――
「気前が良くてハンサムなお兄さんに出会えて幸運にカンパーイ」
「おまえ、そんな失礼な。とはいえ、酒を奢ってくれたんだから、その事には感謝を」
アディンも続けて酒の入ったコップを掲げる。
「いやぁ、ただ酒は美味いなぁ。カンパーイ!」
ガドーは大きく口を開けて笑いながらコップを掲げると、次の瞬間には酒を一気に口の中に流し込む。
そして、俺に対して警戒するような態度を崩していないエルナだが、彼女も――
「頂いたものを粗末にするわけにもいきませんね。では、失礼をして――」
コップを掲げるということはしなかったものの、エルナは静かに酒に口をつける。
最後にクラウだが、クラウは俺に目礼すると、コップの中の酒を一気に口の中に流し込んだ。
とりあえず、これで準備は完了だ。
後は和やかに話でもしていようか、酒が体から抜けるまででも。
もっとも、俺が飲ませたのは既に酒じゃなくなっているんだけどな。