銀鷹亭
「やめろ! やめろ! やめっいでぇぇぇぇぇ! イデェ、いでぇっっ!」
人の通らない裏道に男の声が響き渡る。
「やめろ? 言葉遣いは教えたよな?」
「すいませんずいません! お願いします許してください!」
そうは言われても止めてやる気は起きず、俺は三兄弟の長男のケツを平手で思いっきり叩いた。
ズボンをずり下げた状態で俺に抱えられて汚いケツを露出しているという見苦しいザマだが、それでもケツを叩けば綺麗な音が鳴り響くのだから不思議なもんだ。
俺はボリス三兄弟に裏路地へ連れ込まれたが、まぁだからといって俺がやられるわけもなく普通に殴り倒し、こうして躾をしてやっているわけだ。
弟の二人の方は既に躾が終わっていて、真っ赤なケツを晒したままピクリともしない。直にこの長男も同じ姿になるだろう。
「イデェ! イデェ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい、二度と調子に乗らないから、止めてください!」
「俺だって辛いんだぜ。こうして汚い男のケツを直に叩くとか正気じゃやってらんねぇよ。それでも、お前らの為を思って必死で我慢してるんだ。お前らは俺に止めろって言う前に感謝の言葉を述べる方が先だと思わないか?」
まぁ、実際の所は男のケツを直に叩こうが何も思わんのだけどね。
こっちはそれなりに長い時間を生きてきて、男の生ケツなんかよりも遥かにエグイ物を見たり触ったりしてるんで、別にケツを叩こうがどうしようが特に何も思うわけがない。
「すいませんっした! ありがとうございます! ありがとうございます! 許してくださいでぇぇえぇ!」
最後に少しだけ力を入れてぶっ叩いて終了だ。
これでボリス三兄弟全員のケツは真っ赤になり腫れあがったので当分椅子に座るのにも難儀するだろう。
「さて、これでお前らも真面目な人間になったんじゃないか?」
「ちくしょう、いてぇよ……いてぇ……」
「なったんじゃないか?」
俺は尋ねながら腫れあがったケツをつま先で蹴る。
すると、三兄弟は声にならない叫びをあげ、全身を痙攣させる。
「なりました! これからは真面目に誰にも迷惑をかけないようにします!」
必死の叫びが聞こえてくる。分かってくれたようでなによりだ。
俺はスタンスとしては体罰否定派なんだが、痛い目に遭わないとどうしても学習しない奴が世の中にはごく少数いるから仕方ない。
「なら良かった。俺個人としては世の中には悪人もそれなりにいた方がバランスが取れて良いと思うが、多すぎても困んで真人間が増えるのはそれなりに良いことだ」
さて、躾も終わったことだし、本題に移るとしようか。
俺は地面にうずくまる三兄弟の前に屈み、彼らの顔を覗き込む。
「さて、真人間になった君たちに聞きたいんだが、この街で腕の立つ奴はどいつだ? できれば冒険者がいいんだが、そいつを教えてくれると助かる」
俺の問いに対して、三兄弟はうつぶせの体制のまま互いに顔を見合わせ、目と目で話し合い結論を出す。
「腕の立つ奴って言えば、俺達ボリス三兄弟に決まってるぜ」
「そうか、ではお前らの首をギルドに投げ込めば良いということか」
ふざけたことを言ったので俺もふざけて返す。まぁ、この三人には笑えないだろう。
アホなことを言う時と場合と相手は選んだ方が良いということを身をもって知ってもらえるならなによりだ。
「ま、待ってくれ、冗談、冗談だからさ、冗談だって。俺たちはCランク冒険者で、パッとしない中堅なんだよ」
「冒険者はランク制なのか?」
「ああ、AからEまであってAが一番すげぇ。でもってEが一番駄目だ。基本的にAランクの冒険者とんでもなくつえぇんだ」
なるほど、よくあるパターンだ。
とりあえずはAランクに的を絞ればいいか。
「な、なぁ、なんでアンタは腕の立つ奴を探してんだ?」
三兄弟は顔に疑問を浮かべながら尋ねてきた。
まぁ、答えてやっても問題はないことなんで俺も素直に教えてやることにする。
「そいつらをぶちのめして冒険者として認めてもらおうと思っている」
他にも、この世界で一流って言われる奴らがどの程度の強さなのか知っておきたいっていう気持ちもあるし、単に強い奴と戦ってみたいと思っていたりもするな。
まぁ、どれだけ強いといっても俺の方が強いのは確実なんだが、俺と比べて強い奴をもとめているわけでもないんで、俺よりは弱かろうが構わない。
「正気かよ、Aランク冒険者がどんなもんか知ってて言ってんのか?」
「知らないが、知っていたところでやることは変わらないんでな。お前らは、俺にそのAランクの冒険者とやらがいる場所まで案内してもらおうか」
「いや、でもよぉ……」
仕方がないので俺は金貨を作り出し三兄弟の前に置く。
これでも俺の頼みに応じないのならあきらめるしかないが、その心配は無いようだ。
「案内したらくれるのか?」
「もちろんだ」
「へへ、じゃあ案内しなきゃなんねぇな」
三兄弟は不敵に笑う。
ケツを晒したまま、地面にうつぶせになっているので本人たちは格好つけているのかもしれないが色々と台無しだ。だがまぁ、そんなザマで金に釣られたのであっても、何にしても俺の手助けをしてくれるなら感謝すべきだろう。
俺は三兄弟に案内されてラザロスの街中を進んでいく。
三人はケツを押さえ痛みに呻きながらノソノソと歩くので、思うような速度は出ずに目的地にたどり着くのは遅れ、時刻は夕方近くになっていた。
「ここが、アンタの探してるAランク冒険者が根城にしている店だ」
辿り着いた店は銀鷹亭という名の酒場だった。
店の外観は高級店には見えないが落ち着いた雰囲気の居心地の良さそうなもので、穏やかではあるが確かな活気が感じられる。
「じゃあ、俺らはここら辺で」
「なんだ、一緒に来ないのか?」
「俺たちは厄介事に巻き込まれるのはごめんなもんで」
それはつまらない人生だな。厄介事のない人生など刺激がないだろうに。
もっとも、厄介事を楽しめるのは、その厄介を片付けられる人間だけであるので、三兄弟には荷が重いだろう。それならば、厄介事を嫌うのも仕方がないことか。
「まぁいいか、行け。これからは人に迷惑をかけないように性根を入れ替えろよ」
俺の言葉が聞こえたかは定かではない。
ボリス三兄弟は俺に背を向けて一目散に逃げていたからだ。
まぁ、また会う機会もあるだろう。俺は再開の予感を胸に抱きながら酒場の入り口を開け店の中へと入っていく。
「いらっしゃい」
店に入るなり店主に挨拶をされた。
店の中は外観と同じように落ち着いた雰囲気だった。
だが、静かというわけでもなく活気がある。仲間同士で酒を飲みながら談笑している客が大勢いるからだろう。
「一人だが大丈夫か?」
「カウンターでもいいならどうぞ」
店主らしき男にそう言われて俺はカウンター席に座る。
カウンターには店主が立っており、俺はその目の前に陣取った。
「ご注文は?」
「ウィスキーの牛乳割り」
この世界にはそういう飲み方がないんだろう。明らかに不審な目で見られたが、まぁいい。
ほどなくして牛乳にウイスキーを入れただけのものが出てきたが、これはイマイチだ。氷を入れて冷やさなければ満足のいく味にはならない。なので、俺は記憶を掘り起こして氷を作り出す魔法を使って、牛乳割のウイスキーに氷を浮かべる。
「あんた魔導士なのかい?」
「まぁ、似たようなもんかな」
魔法を隠さずに使ったら、店主が俺に興味を持ったのか尋ねてきた。
魔導士というわけではないが、全く違うというわけでもないので答えははぐらかしておく。
「ところで少し聞きたいことがあるんだが」
俺は酒を飲みながら店主に尋ねる。
酒の味はまぁまぁなので特に言うこともない。癖の強い粗雑な出来のウイスキーの味を牛乳がまろやかにしているので飲み口は良い。なので、俺は酒については聞くことはない。
「ここを腕の立つ冒険者が利用していると耳に挟んだんだが」
「ああ、それなら、あそこにいる奴らさ」
店主は視線でそれとなく俺に教える。
指差しなどすれば相手にバレるかもしれないと考えた上での行動だろう。俺がその冒険者に目をつけられないようにしてくれているようだ。気遣い自体は有り難いものだが別に必要は感じない。
「アンタも仲間に入れてもらいに来たのかい? あいつらは有名だからねぇ」
「まぁ、そんなところかな」
俺はカウンターに金貨を一枚置き、立ち上がる。
「あまり無茶はするもんじゃないぜ、兄さん」
俺が絡んで馬鹿なことをするんじゃないかと心配してくれているんだろうが、心配するべきなのは俺の身ではない。
俺はコップに残った酒を一息で飲み干し、酒場の隅で談笑する一団に向かって歩き出す。店主には悪いがちょっと騒ぎを起こさせてもらおうか。