冒険者ギルド
入ってみると、そこは予想通りというか何というか厄介事を起こしてくれそうな荒くれ者共のたまり場だった。
どうやら、一階は酒場と簡易受付のようでちゃんとした施設は二階より上にあるんだろう。
わざわざギルド内に酒場などを置くのは、他所で酒を飲んで暴れられては困るという理由が一般的なんで、ここもそうなんだろう。
「おいおい、ガキが何の用だよ?」
早速、酔っ払った冒険者の二人組に絡まれた。どことなく顔が似ているので兄弟だろうか。
まぁ、それはそれとして、ガキ扱いされるとは思わなかったな。確かに顔は若いままだと思うが、それでも二十歳になった時の顔のままのはずなんだが――
「ママを探してんのかぁ? おっぱいが恋しいんで――」
鬱陶しいので軽く殴り飛ばす。
昼間から酒に酔って人に絡むのは許す。ただし、それはそれなりに腕が立つ場合に限る。
「てめぇ、このガキゃあ!」
「イイ気んなってんじゃねぇぞ、ゴラァ!」
俺が殴り飛ばした奴が飛び起き、顔の良く似たもう一人と一緒に俺を囲む。
こういう状況も俺としてはまぁいい。ただ気に入らないことがある。
「生きて帰れると思うんじゃねぇぞ!」
随分と荒っぽいが、その強気は数を頼みにしているところから生じているので何も怖くはない。
怖くはないが、だからといって今の状況が良い訳ではない。
「まぁ、落ち着けよ。俺は騒動を起こしに来たわけじゃない。ちょっと情報が欲しいのと冒険者の登録をしてみようと思って寄っただけなんだ」
「だから何だってんだ。俺らに喧嘩を売っておいて、ただで済むと思ってんのか!」
「そうだよなぁ。確かにだから何だって感じるのはもっともだ。なにせ、俺はお前らの大切なお友達を殴ってしまったわけだし、これは軽く扱ってはいけないことだよな。喧嘩を売ってしまったことになるわけだし、そうなった以上はちゃんと喧嘩をしようと思う。なので、ルールを決めようか?」
「はぁ? ルールなんて必要ねぇ、テメェを半殺しにして終わりだ」
ルールがないとなると困るな。
そうなると俺の能力に制限がかからなくなるから、手加減をしようにも大変なんだが。
まぁ、少し努力してみるとして――
「死ねや、クソガキぃ!」
その叫びと共に二人の冒険者が俺に襲い掛かってきた。だが――
「すいません! すいません、許してください!」
二三分したら、二人は俺に対して土下座していた。
結局の所、語る所もないほどこいつらは弱かった。
殺すのも可哀想なんで術式は使わずに殴る程度に抑えていたが、それでも力の差というのはどうしようもないもので、俺が適当に殴っているだけで勝負は着いた。
「許すもなにも手加減をしてやったんだから、もう充分すぎるほど配慮してやっていると思うんだが、お前らは俺にこれ以上を要求するのか?」
「すいません! 何でもするんで、命だけは!」
何でもするねぇ? だったら、アレだな。
俺は土下座している冒険者の肩を叩き、なるべく優しい口調で話しかける。
「じゃあ、性根を鍛え直そうか?」
俺は二人の冒険者に微笑みかけながら言う。
「相手を一般人と侮り、自分たちより弱そうだと思って絡みに行く性根。そして、やられたら今度は数を頼みに襲い掛かるような性根。そして負けたら速攻で土下座をする性根。全部が全部、俺の好みじゃない。とはいえ、好みじゃないからといって消し飛ばすほど、俺も我慢が効かない性格じゃないので、お前らが真っ当な人間になれるように性根を叩き直してやろう」
「いや、そんなことを急に言われても……」
「俺たちにだって都合が……」
「じゃあ都合をつけて来い。俺の用事が済むまでにな」
アホの性根を鍛え直すのは楽しいが、そればかりに時間を取られるわけにはいかないのがもどかしい所だ。
まずは冒険者の登録でもしてみるか、酒場のたむろしている奴らの方はさっきの騒動のせいで俺と関わり合いになるのを避けたいような雰囲気に満ちているから、話を聞いて回ったとしてもうまくいかないだろう。
俺は酒場を後にして一回の隅ある簡易受付に向かう。
受付には十代半ばの少女が無表情で座っている。少女の位置からは俺が冒険者二人を殴り倒したのが見えているだろうが、それでも顔色一つ変えていない。日常茶飯事なので何も思わないと考えても良いだろうが、おそらくは違うだろう。
まぁ、そこまで興味がある相手でもないので、それほど深く考える気も起きないな。
「冒険者になるための登録を済ませたいんだが、大丈夫かな?」
俺は受付の少女に話しかける。
すると、少女の方は若干面白くなさそうな顔で俺への応対を始めた。
あまり客商売が得意な方でもないようなので受付は向いていないと思うが、どんな仕事をしようがそれは人の自由なので俺が色々と言うことでもない。
「すぐに暴力沙汰を起こすような人物を冒険者ギルドは求めていません」
「そうか、それは困ったな。一般人に絡むような輩を飼っている組織がそんな真っ当なことを言うとは思わなかった」
「確かにあの二人――ボリス兄弟は問題もありますが、冒険者としてはそれなりの働きをしているのでギルドとしては身内である彼らを庇います。それに対して貴方は我々の身内を害したのですから、対応もそれ相応の物とならざるを得ません」
うーむ、腐敗しそうな組織構造だが、こういう組織の方が属している冒険者は安心して仕事に打ち込めるんだろうから一長一短か。とはいえ、そのせいで俺が冒険者になれないというのであれば、俺にとっては不利益しか持たらさないのであまり歓迎は出来ないな。
「俺は、あの二人よりは働けると思うんで、あいつらよりもギルドに貢献できると思うんだが、それでも俺を冒険者にはしたくないと?」
「あの二人に勝った程度で粋がられても評価には値しませんね。もう少し腕が立つのを明らかにしてもらえなければ、ギルドが貴方を冒険者として迎えるメリットはありません」
まいったなぁ。随分と久しぶりだぜ、俺のことを雑魚扱いする奴はよ。
なるべく強さを偽装していたのが、ここにきて裏目に出るとは思わなかったな。
「腕を証明しろと言われてもなぁ。さて、どうしたものか」
「考えるだけ無駄だと思うので今日の所はお引き取りください。もっとも、明日以降に訪れた所で何も変わりませんが」
随分とまぁツンツンとしてるな。
もう少し可愛げがあっても良いと思うが、さてどうしたものか。
「君のお眼鏡にかなえば、冒険者になれるのかな?」
「私に話しかけているんですか? 申し訳ないのですが本日の業務は終了したのでお話を伺うことは出来ません」
「そうだな、君を半殺しにでもすれば君のお眼鏡にかなうかな?」
「ただの受付嬢を半殺しにしたところで何の自慢にもなりませんよ」
そんなわけはないだろうに、随分ととぼけてくれるんだな。
隠し事をする態度が気に喰わないので、ちょっと虐めてやるとするか。
「ただの受付嬢ね――年齢は十八歳、両親の顔は知らず、物心ついたころから暗殺者集団もしくは諜報機関に育てられて、暗殺者としての技術を磨いてきた。だが、任務の失敗を機に組織から脱走、組織の追手から逃亡する生活をしていた時、ギルドのお偉いさんに拾われて今に至る――ただの受付嬢を半殺しにしたところで自慢にはならないか」
受付嬢の体から僅かに殺気が漏れ出しているのが分かる。
今この場で俺に仕掛けることも考えているようだが、さてどうしてやろうかね。
「随分とおかしなことを口走る方ですね。頭の方を診てもらった方がよろしいのでは?」
「それは君の方もじゃないかな。普通の人はナイフを袖口に隠し持ったりはしないし、受付の奥に隠れているお仲間に合図を出して俺の尾行をやらせようなんてしないよ」
受付嬢が俺を睨みつけてくるが、まぁ別に怖くもなんともない。
所詮は屋敷の中で飼われている番犬気取りの愛玩動物のようなものだ。
野性は無く牙も無い、あるのは自尊心と優しい主に対する崇拝くらいだろう。
「……貴方は何者ですか?」
「俺は神様だよ。信じようが信じまいが、それが事実」
受付嬢は俺に対してあからさまな殺気を向けてくる。
そんなに俺を殺したいのなら斬りかかってくればいいと思うが、それが出来ない時点で程度が知れるな。
「馬鹿にしているんですか?」
尋ねられて俺は肩を竦める。答える必要は無いだろうというジェスチャーとして。
「また、明日来るよ。その時はちゃんと受付をしてくれると助かるな」
今日の所はこれ以上粘ったところで進展はない。なので、俺は出直すことにしてその場を去る。
殺気の籠った視線を背中に受けつつ、俺はギルドを後にした。
情報も今日の時点では入手できなかったが仕方がない。
酒場の方は明日になれば、ほとぼりが冷めているだろうから話を聞くことくらいは出来るだろう。
冒険者の登録に関しては、冒険者になること自体そこまで必要というものでもないので、状況次第では登録しなくても良いだろう。
さて、そうなるとこれからどうするべきか――
「おい、テメェか! うちの弟を痛めつけたってのは!」
野太い声で呼びかけられたので、俺は声の方を振り向く。
すると、そこには身長二メートルは優に超えていそうな巨漢が俺を睨みつけながら立っていた。
「そうかもしれないな」
巨漢の後ろには、さっき俺が揉めたボリス兄弟が巨漢の陰に隠れるようにして立っていた。
「なるほど三人兄弟なのか」
「ああ、その通りよ! 泣く子も黙るボリス三兄弟とは俺たちの事だ!」
「弟の敵討ちか? ちょっと公衆の面前で殴り倒して恥をかかせたくらいで、ご苦労なことだな」
敵討ちをしようという心意気は買ってやってもいいが、理由がイマイチだな。こいつも性根を叩き直してやる必要があるかもしれないな。
「うるせぇ、俺らの面子を潰しやがってただじゃおかねぇぞ!」
「わかった、わかった。文句は聞いてやるから場所を変えよう。天下の往来で騒ぎを起こすとカタギに迷惑が掛かるからな」
「良い度胸じゃねぇか。なら、ついて来い、テメェをぶちのめすのにおあつらえ向きの所があるぜ」
そう言って巨漢は俺に付いてくるように促す。
なんともまぁ、素朴で微笑ましいことだな。俺の知り合いだったら、俺と話などせずにその場で殺しにかかるというのに。まぁ、こういう体験もたまにはいいものか。
「へへ、テメェなんざ兄貴にかかりゃ一捻りよ」
「俺ら相手に調子こいたことを後悔するんだな」
とりあえずこいつらは徹底的に性根を叩き直そう。
そんなことを考えながら、俺はボリス三兄弟についていきラザロスの街中を進んでいった。