森を抜けた先は……
俺は元々は人間だった。
そして今は神と言われるような存在だ。
実際に俺のような存在を神と言うことに関しては疑問があるが、他に適当な呼び方も無いので神ということにしている。
神になった経緯はたいしたものではない。
朝目覚めた時に神としての資格を貰い、世界を創造する力と世界を管理する力を与えられたというだけだ。
そんな経緯で神としての自覚などを求められても困る。
むしろ、俺としては同じ経緯で神になった百人の中に神としての自覚を持つに至った輩がいることの方が驚きだ。
神としての自覚が持てなかった俺は好き勝手に世界を創り、好き勝手に創った世界を管理運営していった。
何をしたところで特に誰かに文句を言われることが無い日々。何かあっても神の力でどうとでもなる、
そんな日々を過ごしていて精神的な成長があるわけが無い。
結果として俺の感性などの根本部分は人間だった時とたいして変わっていない。
俺という人間は神になったところで精神はいつまでも人間であり、神としての力を得た大学生の頃から進歩が無い。
だからだろうか、未だに衝動的に動くことが止められない――
――森を出た俺が目にしたのは何も無い草原だった。
そして、そこで目にした光景に対して俺は衝動的に動いた。
別にたいしたことじゃない。奴隷らしき身なりをした耳長種の姉妹が人間種の奴隷商らしき男とその手下達に追われていただけだ。
中世的な文化レベルの世界であれば、こういうことは良くあることだ。実際、俺の治める世界にも奴隷は存在する。
ここで神としての自覚がある奴は下々の諍いに神が関わるべきではないとか抜かすのだろうが、生憎と俺は自覚が無いので関わることにした。
理由は……まぁ、あまりにも見苦しいからと言うだけだ。
俺は人間贔屓なので耳長がどうなろうと構わないが、大の男が武器を持って女子供を追い回している光景は俺の美意識からすると容認しがたい。
なので、俺は脚を踏み出し、耳長の姉妹と奴隷商の間に割って入った。
「なんだ、テメェは!」
言葉は問題なく聞き取れるようだ。
「さぁ、なんなんだろうな?」
さて、俺の言葉は通じるのかどうか。
「テメェ、ナメてんのか!」
奴隷商らしき男は俺に剣の切っ先を向けてくる。言葉は通じるようだ。
耳長の姉妹は俺の背に隠れて様子を伺っているようだ。この隙にさっさと逃げ出せば良いものを。煩わしい奴等だ。
「そのガキどもは俺の物だ。テメェ、俺の物を奪おうってのか?」
傍から見ればそう見えるか。状況的に俺が耳長を助け出そうとしているようにしか見えないからな。
まぁ、どう思われようと構わないが。
「そういうつもりは無いが、まぁ結果的にそうなるかもしれないな。そちらが心を入れ替えて、もっとスマートに事を進めてくれるのならば俺もそちらをどうこうしようとは思わんよ」
俺が気に食わないのは奴隷商らしき男達の振る舞いだ。
もっと優雅に事に当たるのであれば奴隷に関して何をしようと文句は無い。
「何を訳の分からねぇことを言ってんだ! 野郎ども、コイツを畳んじまえ!」
奴隷商の手下達が剣を片手に、俺に対して殺意を向けてくる。
まぁ、こうなるのは仕方がないな。
相手をしてやってもいいが、その前に聞いておかなければいけないことがある。
俺が人間と戦う時には必ず行う儀式のような物だ。
「まぁ、待ってくれ。俺をどうこうしようとするのは構わないが、一応聞いておきたい。これから先、お前たちがしようとしているのは試合か死合か殺しなのかだ」
俺の言葉に対して奴隷商と手下たちは疑問の表情だ。
俺がこの質問をすると大抵はこうなるので、いつも説明を入れることにしている。
「試合であるなら俺はお前らを殺さないし、お前らも俺を殺すことは出来ない。死合であるなら、俺はお前らを殺すこともあるが、お前らも俺を殺せるようになる。最後の殺しは条件などは一切なしの真剣勝負だが、どうする?」
一方的に相手を倒すというのは趣味じゃない。それが人間であるなら尚更だ。
俺は人間贔屓なので人間にはハンデをやるのも吝かではない。
「さっきから、訳の分からねぇことを言うんじゃねぇ!」
奴隷商の手下は俺の質問には答えずに斬りかかってくる。
質問に答えないというのは、自動的に『殺し』の選択肢を選んだことになるので、俺が自分で設定した攻撃制限と防御制限が解除される。
「残念だ。もっとも、大抵の奴は俺の話を聞かないので慣れっこだがな」
良い勝負が出来るように設定しているハンデなのだが、ハンデが必要ないなら仕方がないな。まぁ、後でフォローをしてやるから諦めてくれ。
俺は剣を手に迫ってくる奴隷商の手下に向けて術式を発動させる。
『大法天ヴァルナ』
術式の発動と同時に俺の手に一冊の本が現れる。本は自動的に開かれ白紙のページが広げられた。
「条文を追加。立法者を中心とした半径百メートル以内の生物は立法者に対して攻撃を行うことは出来ない」
俺がその言葉を発すると同時に白紙のページに俺の発した言葉と同じ文が記される。
そして、剣を構えていた奴隷商の手下たちの動きが止まる。
「テメェ、何をした!」
奴隷商も俺に斬りかかろうとしていたようだが身体が動かず困っているようだ。
「何をしたと言われてもな。お前たちを俺の定めたルールの上でしか行動できないようにしただけだ」
俺の『ヴァルナ』は一度でも誰かの定めたルールに従ったことのある一定の条件を満たした者を問答無用で支配下に置く術式だ。条文を追加することでどんなことでも強制させることができる。
例えば――
「条文を追加。立法者に対して殺意を持って行動を起こした者は罪人である」
白紙だったページに新たに文が記されていく。
「条文を追加。罪人は死を以て罪を償う」
これで終わりだ。
俺の言葉が文としてページに記され、同時に奴隷商とその手下達が一斉に倒れ伏した。
死ぬことがルールとなった以上、こいつらは死ぬ他ない。
本人が拒否しようとも、俺の『ヴァルナ』は問答無用でルールを実行する。
その結果、奴隷商たちの肉体は生命活動を停止したというわけだ。
さて、こうして奴隷商の始末をつけてやったわけだが、それに対して耳長の姉妹は何か言うことは無いのだろうか?
俺は背後に立つ耳長の姉妹を振り返って見てみると、姉妹は俺に対して怯えた視線を向けていた。
「礼ぐらいは言ってもらいたいものだな。俺は状況から言えば、キミらの為に何の因縁も無い男達を殺してしまったのだが?」
俺の言葉に対して姉妹のうちの姉らしき方が肩を震わせながら尋ねてくる。
「貴方は……その、何者なのですか……?」
俺は礼を言ってもらいたかったんだが、まぁいいか。
何者かと尋ねられたら答えよう。
「俺は神様だ」
別に隠すことじゃないだろう。
実際に神も同然なのだから、そう言ったところで問題は無い。
もっとも、こんなセリフを吐けばドン引きされるのは間違いない。
案の定、耳長の姉妹は俺の言葉に引いていて、俺の事を頭のおかしい人間のように見てくる。
こうなってしまうと多少不安ではあるが、この姉妹からも情報収集をしておくとするか。
さっさとこの世界のことを知らなければならないからな。