異郷の地と同郷の者
『取引をしませんか?』
宙に浮かぶ球体からダンジョンマスターの声が聞こえてくる。
声からは俺に対する警戒は感じられない。どうやら、でっち上げた偽の素性を『鑑定』で見て、鵜呑みにしているようだ。
恐らくは俺を単に戦闘能力が高い現地人程度に思っているんだろう。だから、取引なんて間の抜けた提案が出来る。
「取引をするよりも、そこにあるダンジョンコアを破壊した方が俺の得になりそうなんだがな」
『それをされると、私の命に関わるのでやめていただきたいのですが』
嘘だな。
俺の目の前にあるダンジョンコアはダミーで本物は別の所にあるから、壊した所で問題は無いだろうに。
交渉が上手くいけばそれでよし、上手くいかずにコアが壊されても。本物は無事なのでほとぼりが冷めるまで大人しくしていれば良いという腹積もりなんだろうが、小賢しいな。
「だがな、俺はコアを壊せば富と名声が手に入るんでな」
とりあえず、こちらの行動原理をでっち上げておこう。
富と名声を求める相手なら、それを取引材料にできると考えるとダンジョンマスターは考えるだろう。
俺は富も名声も求めていないが、まぁこういう相手の方がダンジョンマスターも話しやすいはずだから、こういうキャラで行くのがベターだろうという判断なんだが、さてどうなることやら。
『コアを破壊したところで得られる富と名声は一瞬の物ですよ。いつまでも冒険者でいるというのは難しいでしょうから、恒久的に収入を確保できる手段が欲しいとは思いませんか? もちろん、富と名声も手に入ります』
俺を冒険者と勘違いしているようだ。まぁ、『鑑定』にはそう出ていたから思い込んでも仕方ないことではあるがな。
とはいえ、自分の持っている能力を無条件に信じてしまうのはいただけないな。自分の能力に対して常に疑ってかかるのは論外だが、懐疑の念を持たないのも正しいとは言えないだろう。
「それは魅力的ではあるな」
そんなことは欠片も思っていないが俺はダンジョンマスターの話に合わせることにした。いったい、どんな提案をしてくるのやら、それが気になったからだ。
『まず、私はダンジョン内に自由に宝を生み出すことが出来ます。貴方にはそれを自由に手に入れる権利を差し上げます』
「太っ腹だな。そんなことをしていて懐は痛まないのか?」
『多少は痛みます。なので、差し上げる代わりといってはなんですが、貴方にはこのダンジョンで宝を手に入れたということを街の人に触れ回って欲しいんです』
まぁ、そんなことだろうと思ったよ。ダンジョンに侵入者が入れば、ダンジョンを運営するためのポイントか何かが手に入り、別に殺す必要は無く長期滞在だけで充分にポイントが確保できるんだろうな。
「そんなことをしてお前に何か得があるのか?」
『ありますよ。多くの人に来てもらえれば、このダンジョンは危険ではなく、攻略せずに残しておけば永遠に利益を得られる存在であると認識されます。攻略されれば、私は死んでしまうので、攻略されないように人間とは平和な関係を築いていきたいんです』
「その割には強い魔物を置いているな」
『あのアークデーモンは私の護衛です。私としては平和を望んでいますが、それより先に自分の安全を確保するのが大事と思い、番犬代わりに置いていました。その証拠にあのデーモンは上の階で見境なく人を襲うということはしていなかったでしょう』
「それもそうだな」
とりあえず平和ではなく、自身の平穏な生活を確保したいというのは分かった。
色々と言葉を弄してはいるが結局の所、自分の身の安全が一番という話だ。
「まぁ、お前が平穏な生活を望んでいるというのは何となくだが分かるよ。でもな、財宝が無限に出るというだけでお前の安全は確保できるだろうか、どんなに説明したところでお前を殺せば財宝を総取り出来るという見当違いな考えを持って動く奴は出てくるだろう」
『それに関しても貴方にお願いしたいことがあります』
まぁ、大体は想像がつくよ。
『貴方にダンジョンと人間社会の繋ぎ役になって欲しいんです』
「それだけじゃ、良く分からないな」
分かるが分からないふりをしていよう。
俺を何も知らない現地人だと思って賢しらに振る舞っている奴と話すのは滑稽で中々に面白いからな。
『貴方が権力を持っている人たちに働きかけて、このダンジョンを完全に攻略することを禁止する御触れを出してもらって欲しいんです』
「おいおい、俺は一介の冒険者だぜ? そんなこと出来るわけがないだろう」
『そのために貴方には私が持っている知識を教えるので、それを権力を持っている人に伝えてください。そうすれば私の有用性も分かるはずですし、ダンジョンを攻略すれば私が死ぬので、それによって私の知識が失われるのを惜しんでダンジョンの攻略を禁止するはずです』
随分と自分の知識に自信があるようで素晴らしいな。お手並みを拝見したいようにも思うが、さてどうしたものか。
『もちろん、貴方にもお礼はします。私が教えた知識を使って商売をすれば恐らくかなりの利益を得られると思うので、貴方にも私の知っていることを教えるので、それをお礼ということでお願いします』
俺は別に儲けたいなんて思ってないんだけどな。
別に金に困ってるわけでもないし、そもそもこいつの言う知識って何なんだろうな。
まぁ、それも含めて聞いてみたいことがあるんだが――
「一つ質問していいか?」
『なんでしょうか? 私に答えられることでしたら何でもどうぞ』
では、聞いてみるとしようか。俺が聞きたいのはだな――
「お前の学歴は?」
『は?』
「いや、だから学歴だよ学歴。別にどこの大学行ってようが構わないし、大学の格と人間の格は比例しないが、理系か文系か聞いておかないと得意分野が分からんだろ。独学で勉強してましたっていうなら、それはそれで構わんからハッキリ言ってくれ。ちなみに俺は東大の文一だから、その系統の知識はいらんぞ」
『何を言って――』
「何をってネタばらしだよ」
まぁ東大が無い世界かもしれないから分かりにくかったかもしれないけどな。
俺の世界だと東大は東皇大学って名前だったしな。まぁ、それでも日本で一番偏差値の高い大学ではあったが。
『ネタばらしって、お前まさか!』
おいおい、お前かよ。
こんな簡単にボロが出るなんて情けないにもほどがあるな。
「まさかもまさかのその通り。地球生まれの日本育ちでございますってな」
『日本人って、お前も転移者か!』
「お前もってのがな。もう少し、自分の素性は隠した方が良いと思うぜ?」
俺も転移者ではあるんだが若干毛色が違うんだよな。
とはいえ、それを話す必要もないから黙っているが。まぁ、気分次第で話してやっても良いが、そんな気分になるかは分からんところだな。
『いや、だけど『鑑定』では。一体どうやって?』
「それは残念ながら秘密だ」
『はぁ、チートって奴か厄介だな』
あれ、もしかしてコイツ、俺をチートとか言ったか?
間違いなく言ったよな。俺が努力して習得した技術をチートの一言で片づけたよな、コイツ。ちょっとイラッと来たが、まぁ我慢しよう。
『分かった。こちらも転移者であることは認める。だけど、素性については明かすことが出来ない』
「身の安全が脅かされるからか?」
『その通りだ。俺は平穏に暮らしたいんだ』
余所行きの口調から砕けた口調に変わってはいるが、そのせいで態度が悪いのが明らかになるな。
恐らくだが、年齢は二十代半ばだろう。俺の外見で年齢を判断し、年下だと思って甘く見ている気配がする。
職業についてはカタギの仕事に就いていて日本にいた頃は忙しい生活をしていた。平穏な暮らしを望むのはその反動から。
――まぁ、そんな所か。
「平穏に暮らしたいという気持ちは理解してやれなくもないな」
理解は出来ても同意は出来んがね。
俺は波乱万丈でなければ生きている実感がしない性質なんでな。
『そう言ってもらえると助かる。では、さっき頼んだことは――』
「それとこれとは話が別でなんでな。断るよ」
『……どういう考えで?』
おお、怒らない程度には分別があったか。まぁ、その程度の分別があるくらいでは褒められたものでは無いが。
「単純な話で、お前の頼みを聞いたところで俺にメリットといえるものがないからだ」
多少の利益供与はあるんだろうが、俺からすればなんであろうがたいしたものではないわけで、コイツが与えてくれるものを欲してコイツに媚びを売る必要もない。
『全てではないだろうけど、君の欲しがりそうな物は提供できると思うんだが』
「俺の欲しがりそうな物とはなんだ? 生憎と俺には現状では不足している物は無いぞ」
『いやいや、焦らずにな。例えばこんなものもこちらでは用意できる』
その言葉の直後、宙に浮かぶ球体が発光し、それが収まると同時にダンジョンの床にカップ麺が置かれていた。
『この世界には無い品物を俺は作り出すことが出来るんだ。そして、こういう風に物を作り出すためには、ダンジョンに人が集まることで発生するポイントが必要で、それを集めるためにも君には協力して欲しい。協力してくれれば、これ以外にも元いた世界にあった物を君に渡す。そう考えれば、俺に協力するのも悪い話ではないだろう?』
俺は球体からの声を無視してカップ麺を手に取る。
別にカップ麺が欲しいわけじゃない。俺が気になったのはカップ麺のパッケージに記載されたメーカーだ。
一見すると、最初にインスタントカップヌードルを開発したメーカーの定番商品であるし、そこが製造となっているのだが――
「ああ、うん。そういうことか」
パッケージのとある箇所に魔力を流すと表面に小さく別のメーカーの名前が出てくる。
それは俺も良く知っている企業で、次元の壁を越え、様々な世界を行き来し、ダンジョンでもどこにでも品物を届けるという会社の物だった。
「なぁ、これがどこの物か、お前分かってる?」
『どういう意味だ?』
「分からないならいい。別にお前にとっては関係のない話だしな」
だが、俺にとっては関係が大いにある。
この会社の食品が届くということは、このダンジョンは間違いなく俺の知り合いが関係しているということだ。なにせ、この会社は俺の管理してる世界もしくは俺と交流のある神の世界にしか行けないからだ。
なので、この会社の品物が届くということは、この世界は俺と面識のある神が治める世界に違いない。
『君が何を考えているかは分からないが、それを生み出すのは俺以外には出来ない』
なんだか低いレベルの話をしてやがるな。
俺の考えはそういう俗っぽい所には無い。というか、カップ麺程度で騒がれてもな。
それに自分以外に出来ないというのも間違いだ。俺はもっと凄い物が出せる。
「カップ麺を出した程度で粋がられてもな。それよりもこういうのを出してみてくれよ」
『神宝庫クベーラ』
俺は手の上に出来立てのラーメンが入った丼を出す。
神宝庫クベーラは極めて単純な術式で、俺が所有している物を異空間から取り出すというものであり、そして、一度でも保存したものは原則的に何個でも複製して出現させることが出来るという術式だ。
俺の手にある出来立てのラーメンはクベーラに出来てすぐの状態で保存した物で、俺はそれを複製して出現させた。当然だが食べられる物だ、麵が伸びてもいない。
「カップラーメンもたまには良いが、店で出すラーメンの方が美味いからなぁ。お前の提案は魅力的には感じないな」
『それはどういう能力だ?』
「答えてやる筋合いがあるのか? 俺は無いと思うので答えないぞ」
『待ってくれ、こちらにはラーメン以外の物も――』
俺はクベーラを発動し、銃器や自動車を部屋の中に出現させる。
ファンタジー的に凄い物を出すよりかは、こちらの方が凄さが分かるだろう。
「俺が並べた物より凄い物が出せるのか? 無理だろう。そんなポイントは無いだろうし、そもそもダンジョンのある世界の文明の進み具合でダンジョンマスターが出せる物は決まってくる」
俺が見て回った限りでは、この世界だと銃器はフリントロックまでがギリギリで、エンジンがある機械は絶対に無理だ。
ファンタジー的な物だったら文明レベルは関係は無いが、ファンタジー的な代物で高性能な品は軒並み交換に必要なポイントが高いので、この程度のダンジョンのダンジョンマスターには入手は不可能だ。
「というわけで、お前の優位は無いんだが。さてどうする? 何を言って俺に協力を求める?」
まぁ、こいつが俺に出せる取引材料はもう無いだろうがな。
そもそも、取引という考えが間違っている。取引っていうのは何らかの対等な条件を持っている者同士がするものであり、俺とこいつの間には対等な物など何一つ無い。
だから、こいつがするべきなのは取引ではなく、俺に対して縋りつき慈悲を乞い恵んでもらうことなんだが、それがこいつにできるかどうか。
『取引は――』
「取引は無いな。取引せずとも俺はお前が持っている物は全て持っている。だがまぁ、お前が俺の頼みを聞けば、お前に対して俺は寛容な態度を取らないことも無いぞ。お前はダンジョンコアを壊されることを嫌がっているようだから、それを止めてやってもいい」
俺の提案にダンジョンマスターは黙る。
色々と考えることはあるんだろうが、それを待ってやる義理も無い。
「考えるよりも先に俺の頼みを聞いて判断すると良い。まぁ、そんな難しいことを要求するわけじゃない。お前がダンジョンマスターになった経緯を聞きたいんで、それを話してくれるだけでいいんだ、簡単だろう?」
『……まぁ、その程度なら。まず、俺がこの世界にやって来たのは会社から帰宅する途中で――』
「ああ、お前の身の上話は良いんだ、興味がない。今まで話していて、お前の底は分かったから、お前自身についてはどうでもいい。それよりも、この世界に来る際に誰がどんな手続きを持ってお前をダンジョンマスターにしたかだけを聞きたい」
『それだったら、確か神様だとか名乗る奴が俺にダンジョンマスターとしての力を与えるから、それでもって人間と魔族の勢力バランスを整えてくれって言ってきて――』
「そいつの容姿は?」
『容姿と言われても光っているシルエットが見えるだけだったからな。声だって男か女かもわからなかったし』
あまり手がかりらしいものは無いな。
というか、こいつをこの世界に呼び寄せてダンジョンマスターにした奴が俺をこの世界に転移させた奴と同一人物であるという確証も無いんだよな。さて、どう考えるべきか。
『後は俺の体にそいつが光る玉を入れて、その後に頭の中にダンジョンを管理したりする能力が身に付いて、気づいたら何もない部屋にいたっていうのが、俺がダンジョンマスターになった流れだ』
能力をインストールしたってことだよな。
そういう技術はいくらでもあるが光る玉か、それも良くあるが――
『神宝庫クベーラ』
俺はクベーラを発動し、ダンジョンマスターの能力を誰にでもインストールするための基本セットとして用意されている光る玉を手のひらに出現させる。
「お前の言う光の玉というのはこれと似たものか?」
宙に浮かぶ球体に光る玉を掲げて見せる。
俺の手にある玉は発光しているものの中心はしっかりとした固体であり、独特の模様が走っていて、そうそう見ないものではあるが、さてどんな反応をするのやら。
『ああ、それだよそれ。それが俺の中に入って――って何でそんなものを持っているんだ?』
大当たりだな。
このダンジョンマスターをこの世界に呼び寄せた奴は間違いなく俺の知っている奴だ。
この光る玉は俺の限られた知り合いにしか渡していないもので、俺からクベーラを使って複製した物を受け取る以外では入手の方法がない上、俺が手渡した奴にしか使用できない。
だから、こいつをダンジョンマスターにした奴は俺の知り合いであり、顔を合わせたことのある奴ことは間違いない。
――だが、それだけで絞れるかというと難しい。
俺が玉を渡した憶えのある奴らは、全員が戯れにそこらの人間を拉致してダンジョンマスターにしてもおかしくはからな。
そのうえ数だけで言うと百人以上に渡しているうえ、使用状況を把握していないので、誰がコイツをダンジョンマスターにしたかなんてのは推理の仕様がない。
それにコイツをダンジョンマスターにした奴が俺をこの世界に転移させた奴と同じかどうかは、やはり判断ができない。
俺が玉を手渡した奴らは、ほぼ全員が俺を殺せるものなら殺したいと考えている連中でもあるし、俺に嫌がらせをするためなら、どんな労力も惜しまないような奴らでもあるからな。
まぁ、それでも俺は奴らが嫌いではないし、むしろ好きな部類なので奴らが俺に対しての嫌がらせとして、この世界に転移させたというなら笑って許してやってもいいだろう。
『――話したんだが、これでいいのか?』
まぁ、俺をここに転移させた奴については後で考えるとしよう。
今は、このダンジョンマスターの処遇について考えるとしようか。
さて、こいつはどうしてやるべきだろうかね。