ダンジョンへ
ミリーに案内された先はラザロスから数十分ほど歩いた森の中のダンジョンだった。
「ここがシュヴァイツェル様の指定したダンジョンです」
森の中にポツンと地下へと続く祠が森の中に存在していた。
「人が入った形跡があるな」
「はい! なので、多少は安全だと思います!」
「じゃあ、宝物を見つけるのに深くまで入り込まなければならないな」
人が入っているなら宝などは粗方取りつくされているだろうと思って言ったのだが、ミリーは俺の言葉に首を傾げている。
俺の言葉の意味が分からないと言いたげな、その仕草を見て、俺はこの世界のダンジョンの仕組みについて何となく察した。
「いや、見たことのない宝の方が良いだろうと思ってな。多くの冒険者が持って帰ってるだろう浅い階層の宝よりは、深い階層の方が印象は良いだろう」
「そうですね。じゃあ、頑張って一番下まで目指しましょう」
とりあえず誤魔化すことは出来た。
恐らくだが、この世界のダンジョンというのは無限に宝が供給されるシステムなんだろう。
俺の治めるいくつかの世界でも似たようなシステムでダンジョンを運営している所があるので、理解できなくもない。
そして、このようなシステムを利用するのはダンジョンに冒険者を何度もおびき寄せるためだ。その際にダンジョンの管理者は何らかの利益を得ている場合が多い。
「このダンジョンにダンジョンマスターというのはいるかい?」
俺は先を歩くミリーに尋ねる。
この手のダンジョンであるならばセオリー通りならいるはずだが、さてどうだろうか。
「いるっていう噂は聞いたことがありますけど、実在しているかは分かりませんねぇ。ダンジョンマスターなんて架空の存在だと思いますけど」
「まぁ、そうだろうな」
多分いるんだろうが、認知されていないんだろう。
まぁ、今の所は用は無いんで放っておいても良いか。まさか、俺の知り合いであるなんてことは無いだろうしな。仮に知り合いだったら、その時は話し合いをすれば済むだけだから問題はないだろう。
「でも、もしもダンジョンマスターがいるんだとしたら、それを倒せばきっと私もシュヴァイツェル様のパーティーに加えてもらえますよね?」
この少女は捕らぬ狸の皮算用という言葉を知っているだろうか?
世界によって言い回しが若干違うだろうが、この世界にもあると思うが――
「まずは普通に財宝を探すべきだな。ダンジョンは財宝が復活するんだろう?」
「ええ、そう聞いていますけど――」
「どれくらいの期間で復活するかは聞いていないのか?」
「そこまではちょっと……」
じゃあ地道に探そうか。
俺もなぁ、探索系の術が使えたらいいんだが、それに関しては制限がかかっていてどうにもならないからな。見つけるには足を使う他は無いのが難儀なところだ。
俺とミリーは薄暗いダンジョンの中を進む。
ダンジョン内の床は石畳で壁は成形された石積み。ダンジョンの中は完全な人口の空間だ。
文明レベルからすれば、いや普通に考えても森の中にあるような地下空間ではないのは明らかで、普通の感性ならば尋常ならざる何らかの力が働いたとしか考える他ないが、生憎と俺はこういう空間を作る側なのでおかしいなどと感じる感性は持ち合わせていない。
「――あの、今更こんなことを聞くのもどうかと思うんですが、カズキさんって何が得意なんでしょうか?」
ダンジョンの通路の中を歩いているとミリーがそんなん質問を投げかけてきた。
得意なことというのは俺にとっては難しい質問だな。
「これといって得意な物はないな」
だいたい何でもできるからな。
誰かと比較して得意な物ということになると、俺は人に劣っている物などは何一つ無いので。全て得意となってしまうから、得意な物と尋ねられてもそれを挙げにくい。
仮に自分の持つ能力を全て比較した上で、その中で優れているものを得意とした場合も俺はオールラウンドに何でもこなせるので、これが得意と断定できるものは無い。まぁ、好みはあるがな。
「えーと、じゃあ戦闘は――」
ミリーが言いかけた、その瞬間、前方の暗がりから魔物が俺達に向かって襲い掛かってきた。
俺は掌に生み出した火球を投げつけ、襲い掛かってきた魔物にぶつける。
火球が当たると魔物は炎に包まれ、ダンジョンの地面をのたうち回るとほどなくして動きを止めて息絶えた。
「魔導士さんなんですね! 凄いです!」
ミリーは俺の方を向いて歓声を上げるが、その背後にも魔物は迫っている。
さて、どうするか。俺はミリーがどう対処するか成り行きを見守っていると、ミリーは魔物が近づいた瞬間に振り返り、腰から引き抜いた二本の小剣で魔物の首を斬り落とした。
「えへへ、実は私も結構強いんですよ」
照れくさそうに笑いながらミリーは腰に小剣を収める。
まぁ、多少は腕が立つってくらいで、達人には程遠いというのが俺の印象だった。
俺はミリーの強さにはそれほど興味は湧かず、それよりも倒した魔物の方が気になった。
見た所、二匹とも狼のようだが――
「ダンジョンウルフですね。私、本物は初めて見ました」
「俺も初めて見るな」
俺の管理していた世界にはいなかったから、おそらくこの世界だけの固有種だろう。
もっとも、ダンジョンだけでしか生息することのできない、ダンジョンマスターの作り出したモブの可能性もあるが。
「あまり調べても面白い物ではなさそうだな。先を急ぐとしようか」
俺の言葉に頷いたミリーが俺の前を歩く。おそらく、俺を魔導士と勘違いし後衛だと思い込んで、俺を守るために前衛に立っているんだろう。別に魔導士というわけではないんだが、訂正する必要も感じないので勘違いさせたままにしておこう。
そうして、ミリーに先導され俺はダンジョンの中を進む。
時折、魔物に襲われるが戦う魔物は取るに足らない相手ばかりで特に言うこともない。
俺は魔物は生かしておいたところでメリットを感じないので基本的に殺すことにしているから、戦いの様子と言っても魔法で焼き払ったくらいしか言うべきことがない。
「――なんだか拍子抜けですね」
ミリーはダンジョン内にこれ見よがしに置いてあった宝箱から手にいれた宝石を弄びながら言う。
最初は多少、緊張もあったのだが、ダンジョンの階層を分ける階段を下りる度に、それは緩んでおり、今では緊張感など欠片も窺えない。
「カズキさんが魔法でほとんど倒しちゃうし、私が戦っても殆どの魔物は弱いですし、ダンジョンってこんなもんなんでしょうか」
ミリーの言うことはもっともで、今の所ダンジョン内を歩いていて遭遇した魔物は野生動物に毛が生えた程度の物であり、苦戦などは全くしなかった。なのに、その割には――
「宝物だって思ったより良い物が手に入りますし、ダンジョンは大変だって聞いてましたけど、全然そんなことはないですよね?」
確かにダンジョン内の宝箱に収納されている物はダンジョンの難易度に見合わないほど良い物ばかりだ。
宝箱の中身は基本的には宝石や貴金属類で、たまに魔法による加護のかけられた武具がある程度であったが、そのどれもがそれなりに良い品質の物だった。
弱い敵に良い宝、ある程度の腕がある冒険者ならかなりいい稼ぎになるだろう。だが、ダンジョンの運営側は、この状況を放置していれば収支はマイナスになるので、何か対策を練っているはずで、どこかで必ず支出分の回収を行うはずだ。
まぁ、浅い階層でこういう方針を取っているダンジョンの方針なんかのパターンはそれなりに知っているので、これから何を仕掛けてくるかは想像できるが。
「これならもう少し深くまで潜っても良いと思うんですけど、どうでしょうか?」
「いいんじゃないか。まだ、俺達には余裕があることだしな」
慢心というべきか、それともただの油断かは分からないが、ミリーはこれまでの手応えから、より深い階層へ挑戦しても問題ないと判断したようだ。
ミリーの判断はまさに、このダンジョンのダンジョンマスターの狙い通りといった所だろうが、俺は止めるということはしない。ミリーの意思を尊重するが故のおもいやりと、俺の嗜好がマッチングした故の判断だ。
「じゃあ、もう少し頑張ってみましょう。きっと下の方にはもっとすごい物があるはずですし」
そうしてミリーは意気揚々と俺の前を早足で進んでいく。
この先に何があるかも想像することなく、ダンジョンの階層を下へ下へと向かって行く。
そして、俺はそんなミリーに対して何も言わず、ただその背中を追うだけであった。