少女からの依頼
俺は冒険者ギルドの前で出会った少女に連れられて、ラザロス市内の喫茶店を訪れていた。
「あの、私はミリーって言います。まだ駆け出しの冒険者で、その、なんて言えばいいか。色々と迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
そう言ってミリーという少女は頭を下げてくる。
リスのようなというと失礼かもしれないが小柄な少女だ。どことなく小動物のような印象を抱くが、それなりに芯は強そうにも見える。
「俺はカズキ・リョウだ。こちらこそ、声をかけてもらって助かった。なにせ、この辺りの土地は不慣れでな。一人でどうしようかと途方に暮れていたんだ」
別にそんなこともないが、こういった方がミリーは俺に対して親近感を抱くだろう。
「そうなんですか! 実は私もラザロスみたいな大きい街に来るのは初めてで、困ったりしてたんです」
まぁ予想通りだな。見た所ミリーがこの辺りの出身ではないっていうのは分かる。
どことなく服装が垢抜けないから田舎者だろうと当たりをつけていたが、予想通りだったようだ。
「その言い方だと、田舎から一旗揚げようとラザロスにやって来たように聞こえるな」
「ええ、そうなんです。私は冒険者になるために田舎から出てきたばかりで」
「一人で?」
「いえ、幼馴染も一緒だったんですけど、ちょっと揉めて喧嘩別れをしてしまって。それで一人で頑張ろうとしていたところでカズキさんに会ったんです」
それで、いきなり仲間になってくださいか。
随分とまぁ無用心だな。話しかけた相手が悪人だったら骨の髄までしゃぶりつくされそうだ。
「会ったと言っても、そちらが俺を見かけただけだろうに、どうして俺に声をかけてきたんだ?」
「それは、冒険者ギルドから出てきたってことは冒険者だろうし、それに優しそうだったからで……」
優しそうだってのは良く言われるな。ただし、少し付き合うと評価が一変するけどな。
どうにも俺の優しさというのは伝わりにくいようだ。俺は悪意を持って人と関わっているつもりはないんだが。
まぁ、それは今はいいか。それよりも今はミリーの話だな。
「それで君が頑張るってのは何をだい?」
「あれ、話してませんでしたっけ? 一緒にダンジョンに潜って欲しかったんですけど……もしかして私、このことを言ってませんでした?」
聞いた記憶がないな。
余裕がなくて必死だったんだろう、ミリーは俺に大事なことを伝え忘れていたようだ。
この世界のダンジョンがどういうものかは分からないが俺の知識では基本的には危険なものだ。この世界のダンジョンも俺が知るダンジョンと同様に危険ならミリーが勧誘に失敗したのも当然だろう。
いくら女の子の頼みとはいえマトモな神経をしているなら、その程度ことで命を賭けたりはしたくないだろうから、ダンジョンへの挑戦など嫌がるに決まっている。
「えっと、その、あの、もしかして私大事なことを言っていなかったとか?」
俺が頷くとミリーの顔が青くなる。
何をするのか知れば、俺がミリーへの協力を拒否するとでも思っているんだろう。
「すいませんすいませすいません。あの、説明が遅れて申し訳ないんですが、私と一緒にダンジョンに潜ってもらえると助かるんですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だ。ただまぁ、この辺りのダンジョンには詳しくないから頼りにされてもどうにもならない部分があることを理解してくれると助かるんだが」
「ありがとうございます! この御恩は一生忘れません!」
ミリーは安堵した表情になり、俺に何度も頭を下げてくる。
随分と必死な様子なので、どうやらただ事ではない事情がありそうだ。
それが気になった俺はミリーに尋ねる。
「聞きたいんだが、どうしてダンジョンに潜りたいんだい?」
するとミリーは顔を上げ、俺の目を見据えると顔に喜びを溢れさせ語り始める。
「それはですね。実は私! かの有名なA級冒険者、『黒刃のシュヴァイツェル』様のパーティーに勧誘されたんです! 新進気鋭の英雄であるシュヴァイツェル様に認められたんですよ私! 凄くありません!?」
シュヴァイツェルという名前は知らないので何とも言えないが、狂喜しながら語るミリーの邪魔をするのも忍びないので何も言わずに頷いておく。
「でも、シュヴァイツェル様が言うには私をパーティーに入れるには条件があって、ダンジョンに潜って何か宝を取って来いって言うんです。だから、私は一緒にダンジョンに潜ってくれる人を探して――」
「俺に出会ったってことか」
「はい、そうです! もう、ホントに助かりました。カズキさんがいてくれなかったら私どうしたらよかったか」
随分な熱の入れようだ。シュヴァイツェルというのはそんなにたいした男なんだろうか? 少し聞いてみるか。
「どうして、そんなにシュヴァイツェルのパーティーに加わりたいんだい?」
「どうしてってA級冒険者のパーティーですよ! カズキさんも同じ冒険者なんだからA級の人の凄さは分かるでしょう! A級の人と一緒にいれば活躍の機会だっていっぱいあるし、いっぱい活躍すれば私も英雄になれるかもしれないんです。『銀の聖女セレフィアナ』様みたいになることだって不可能じゃないかもしれないんですよ!」
なるほど、英雄に対する憧れって奴か。
見た所、能力も才能もある。田舎で平凡に生きるのは物足りなかったんだろう。
その結果、おとぎ話やら何やらで聞かされたような英雄になるって夢を抱いてラザロスまで来たって感じか。
しかし、活躍すれば英雄っていうのは随分と子供っぽい考えだし、英雄になりたいっていう動機も子供染みている感じがするな。見た所、心に闇を抱えているわけでもないから純粋に憧れだけで英雄になりたがっているようだ。
「興奮してしまってすみません。ちょっと舞い上がってしまっていて。でも、これは私にとっては凄いチャンスで、これが上手くいけば私も物語で聞かされたような英雄になれるかもしれないんです」
「なるほどな。じゃあ、俺も未来の英雄の為に一肌脱いでやろうか」
この少女が英雄になるのは無理だろうけどな。
残念ながら能力も才能も容姿も優れてはいるが、飛びぬけているというわけでもない。
それにギラギラするような極限の意志の輝きというのが見えてこない。
将来的には上手くいったとしても多少稼ぐ冒険者程度が関の山だろう。
――まぁ、だからといって諦めるべきだとは思わないがな。
目標がある人間ってのは良いもんだ。それが高潔な志によって成り立っているものではなく、低俗な欲求で成り立っているなら尚更だ。
俺は人が夢を叶える瞬間を見るのは割と好きなんで協力は惜しまない。もっとも、逆に人が夢破れて地面に這いつくばるを見るのも中々に心にくるものがあるので楽しめるがな。
まぁ、とりあえず今回は協力してやる方向性で行こう。少女の夢をぶち壊すのも忍びないしな。
「ありがとうございます! じゃあ、今すぐ行きましょう! すぐ行きましょう!」
随分とまぁ、前のめりな女の子だ。
少し冷静になっても損はないと思うが、忠告してやるほど俺はこの子のことが好きというわけでもないからな。別に放っておいても良いだろう。とはいえ、完全に無視するほど嫌いでもないが。
「準備は大丈夫なのか?」
「大丈夫です。こんなこともあろうかとアイテムボックスを用意して、中に色々と入れておきましたから」
そう言ってミリーは懐から透き通った小さな立方体を取り出して机の上に置く。
「結構高かったですけど、必要な出費なので」
ミリーは苦笑しながら立方体に手をかざすと立方体は微弱な光を放ち、その直後、机の上に冒険に使うような道具が出現する。
どうやら、この世界の『アイテムボックス』というのは、魔法道具のようで、小さな立方体がその役目を果たしてるようだ。俺は自前でそういう術を持っているので必要は無いな。
「えっと、じゃあ急なんですけど行けますか? 無理だったら日を改めてってことになるんですけど」
ミリーはアイテムボックス内に道具を収納すると、それを懐に収めながら俺に尋ねてくる。
自分が先走って、俺の都合を聞いていないことに気付いたのか、若干バツが悪そうな表情だった。
「そうだな。そちらの都合が良いなら行くとしよう。俺の方は何も問題はない」
俺の場合は別に何も準備もしなくても問題ないだろうからな。
そんな俺の返事を聞いたミリーは笑みを浮かべている。状況が少しずつ好転しているからだろう。
「はい! じゃあ、今すぐ行きましょう! すぐに行きましょう!」
俺は急き立てるミリーの声に背を押され、こうして俺はラザロス近郊にあるダンジョンへと向かうこととなった。
とりあえずはミリーが目的を達成するまで、同行して情報収集はまた別の機会にするとしよう。
俺はそれなりに気が長い方だし、時間に追い立てられているわけでもないしな。