認められるはずもなく
朝日が昇っている。
どうやら、ここも地球と同じで二十四時間で一日のようで太陽は東から昇り西へと沈むようだ。
まぁ、そんなことはたいして重要でもないので放っておこう。
俺は朝の日差しが降り注ぐ中を冒険者ギルドまで歩く。
ただし、手ぶらというわけではなく、倒した白翼の剣の面々をロープで繋いで引きずっているという有様だ。
早朝にもかかわらず、街中を歩く人々が俺の姿を見て息を潜めて何やら言っているが、別に害はないだろうから、放っておこう。
ほどなくして俺は冒険者ギルドに到着する。
時間が早いせいか人の気配は殆どないが、むしろ好都合であるので俺は白翼の剣の五人を扉から蹴り入れた。
中から僅かに悲鳴が聞こえたので、俺は遅れてギルドの中を覗く。
すると、新人らしきギルドの職員の少女が掃除道具を片手に床にへたり込んでいるのが俺の目に入った。
どうやら、驚かせてしまったようだ。あの受付嬢が驚くなら別に構わないが、新人の女の子に怖い思いをさせたのは良くなかったな。
「少し彼らと揉めてしまってね。死んではいないから安心してくれ」
俺は努めて優しい声で話しかけるが新人の少女は顔を青ざめさせている。
色々と言葉を重ねた所で効果はないと分かるので、速やかに用件を伝えることにする。
「申し訳ないんだが、昨日の昼頃に一階の受付にいた女性に取り次いでくれないか? 無理ならばギルドマスターでも構わない」
俺の言葉に少女は頷く。
怯えさせるつもりはなかったが、こうなってしまっては仕方がない。
せめて、今後は怖がらせないように努力しよう。
俺は少女が青い顔で立ち上がり、慌てて走り出すのを見届けると、昨日の受付カウンターに向かう。
そしてカウンターに肘を乗せ、昨日の受付嬢が来るのを待つ。
「おはようございます」
少女が走り去ってすぐに受付嬢がやって来た。
何事もないかのように挨拶をしてくるが、内心では俺に対して言いたいことは山ほどあるだろう。
「ああ、おはよう」
まぁ色々と思ってもらうためにやっているので、彼女の心証などは知ったことではない。なので、俺は彼女の神経を逆なでするように朗らかに挨拶をしてみせる。
「何か御用でしょうか?」
「何か御用なんです」
俺は受付嬢の言葉に応えながら、背後に転がっている白翼の剣の面々へと視線を移動するように促す。
「彼らは……」
「知っての通りA級冒険者の皆さんだ。昨日の夜に倒してここまで運んできたんだが、あれを見ても俺が不適格だと思うか? 能力的には俺の方が奴らより優れているが、そんな人材を手放してもいいのかね?」
「貴方が一人で倒したという証拠は?」
「生きているんだから後であいつらに聞けよ。きっとカズキの野郎にやられたって言うぜ?」
「そうですか……」
受付嬢は考え込むような仕草を見せる。だがまぁ、答えは決まっているだろう。
「で、返答は?」
「勿論、却下です。冒険者ギルドは貴方を冒険者とは認めません」
当然だな。こんな厄介事を引き起こすような奴を身内にしようだなんてアホはいないだろう。そんなこと考えなくても分かる。
「まぁ、仕方ないな」
「随分とあっさり引き下がるんですね?」
「当たり前だろう。こんなことをしでかした奴を身内に勧誘するわけがない。そんなことはハナッから分かっていた」
「分かっていたなら、どうして?」
どうしてと言われてもな。ただ単に戦いたかったからってのと、後はアレだな。
「君の困る顔が見たかった」
「なっ!?」
受付嬢の目が驚愕で見開く。まぁ、予想もしていなかった答えなんだろう。
「だって君がどうにも無礼なんだもん。そういう気分になったって仕方ないだろ? ムカつく奴を困らせたいってのも子供染みてるが結構な動機だぜ? こんな動機が歴史を動かしたことだって一度や二度じゃなくある」
「そんなことで――」
「そんなことでって、君は俺の価値観をどれだけ理解してるんだ? 俺が何を重視するかも知らないくせに君の価値観で物事の軽重を定めるなよ」
「こんなことをしたところで何の意味もありませんよ」
「俺はあると思ったからやったんだがな。この一件で君の評価は結構落ちただろうし、俺的にはそれで充分だ。ちょっと丁寧に対応してれば、君らの中でも大事な戦力のA級冒険者の彼らもひどい目に遭わずに済んだというのにな」
「私に非があると?」
「そう言ったんだが聞こえなかったか? 今回の件で俺が君に贈る忠告はどんな相手であっても懇切丁寧に応対しろってことだ」
俺を見る眼差しに殺気が籠ってくるが、この程度の女に凄まれてもな。
まぁ、あまりイジメすぎて衝動的な行動に出られても困るので、ここらでお暇するとしよう。
「これからは心を入れ替えて頑張り給えよ。では、俺は失礼して――」
言い終える前に受付嬢の手に握られたナイフが俺の顔面に突き立てられる。
だが、その刃は俺の肌を貫くことは出来ずに皮膚をなぞるだけだった。
「あまり直情的な行動に出るなよ。俺だから許してやってるが、ナイフを抜いた瞬間にこの建物ごと君を殺す奴だっているかもしれないんだぜ?」
「黙れ、クソ野郎」
おお、怖い怖い。慇懃無礼なのも必死に猫を被っていて今が素かな?
「さっきからゴチャゴチャとウザいんだよ、お前」
「好きな奴には意地悪をしたくなるもんでな。こればっかりはどうにもならない」
「気取ってんじゃねぇよ、クソ野郎。いちいちムカつくんだよ」
「綺麗な顔をしているんだから乱暴な言葉遣いはやめた方が良いな」
「黙れクソ野郎。死ね、いや殺す」
「ご自由にどうぞ」
俺は殺気をぶつけてくる受付嬢に背を向けてギルドの出口へと歩き出す。
俺の背中を何度も斬りつけてくるが、刃は通ることなく、俺の足を止めることさえできない。
「神様だと言ったくせに何なんだお前は! やってることが滅茶苦茶だろうが!」
攻撃が通らないことで諦めたのかへたり込み、叫び出す。
やってることが滅茶苦茶か――
「それは仕方ない。なぜなら俺は、神は神でも邪神だからな」
俺は振り返り、疑問に答えてやった。
「なので、やることが滅茶苦茶でも仕方がない」
唖然とした表情を浮かべる受付嬢を背に再び俺は歩き出す。
背後からは罵詈雑言が聞こえてくるが、そういうBGMもたまには良いだろう。
「さて、これからどうするかな」
俺は聞こえてくる声を無視してギルドの外へ出る。
冒険者ギルドは今の所は空振りだ。元々は情報を集めるつもりだったが、少し悪ふざけが過ぎたな。
これからは真面目にやるべきなんだろうが――
「あの、そこの人! 私のパーティーに入ってくれませんか!」
今後のことを考えている俺に誰かが声をかけてきた。
俺が声の方に振り向くと、そこには小柄な少女が立っており――
「ギルドを出てきたんですから冒険者の人ですよね! 仲間になってパーティーを組んでください!」
俺をパーティーに勧誘してきた。
いきなり、声をかけてくるなんて常識のない子供だ。そんな子供に対して俺が言うべきことは――
「ああ、構わないよ。君の仲間になってあげよう」
――さて、なんだか楽しいことになって来たぞ。
情報収集はひとまず後回しにするとして、この少女の話を聞くとしようか。