起きたらそこは……
なんにだってお膳立ては必要だ。
俺は戦わなきゃ生きていけない人間だったが、その戦うって行為にもお膳立ては必要で、俺はいつだって準備に走り回っていた。
例えばというか実体験だが、プロの格闘家と喧嘩をしようとしても、向こうは手を出すと素人に手を出せば仕事を失うからよっぽどのことがない限り我慢をする。なので、誰がどう見ても正当防衛が成立し、俺を倒すために格闘技を使っても許される状況をお膳立てしなければならなかった。
俺はターゲットの行動パターンを分析し、後をつけ人通りのない通りで密輸した拳銃を格闘家に向けて突きつけた。もっとも、銃を使って倒したところで意味がないので戦う時は素手になるように適当なタイミングで銃は捨てたが。
まぁ、そんな風に相手が心置きなく俺をぶち殺せる状況を作っていたのが俺という人間で、そうして必死になって殺しに来る相手を叩き潰してきたのも俺だ。
このやり方は人間の時から変わらず、神になった今でも同じようにやっている。
回りくどいかもしれないが、本気の相手と戦わないと俺にとっては意味がないので、本気を出させるためには仕方がない作業だ。
「う……うん……ここは……?」
テーブルに突っ伏していたアディンが目を覚ます。場所は少し前まで酒を飲んでいたあの席だ。
酒場は閉店済みで店の中には俺とこいつら白翼の剣の連中以外は誰もいない。
「えーと、俺は確か途中で急に酔いが回ってきて、それで……」
記憶を呼び起こそうと思考を巡らせるアディンだが、その最中に俺の存在に気付く。
「確かお前は、カズキだったか? 介抱してくれていたのか?」
「まぁ、似たようなもんだな」
俺の答えに安心したのかアディンは少し冷静になって辺りを見回し、ここが銀鷹亭であることを理解したようだ。そして、近くに自分と同じように仲間が酔いつぶれて寝ている姿も発見し、安堵した様子を見せている。
「面倒をかけて悪かったな、この礼はさせてもらうよ。とはいっても、今は他の奴を起こさないといけないから後にしてくれると助かるが――おい、みんな起きろ! 店じまいだぞ!」
アディンは白翼の剣の仲間たちを叩き起こして回る。
「まいったな。いつもなら店主が声をかけてくれるのに今日はどうしたんだ?」
アディンは誰もいなくなった銀鷹亭の店内を見回し、首を傾げると俺に尋ねてくる。
「店主の親爺さんから何か伝言とかないだろうか? なんだか店の中の雰囲気が変なような気が」
「何が変なんだ?」
「いや、なんとなくなんだが、客が随分と前に引き払ったような――」
なんだ、割と勘が良いんだな。
実際にアディンの言う通りで客は深夜になる前に帰ったし店主も今はお休み中だからな。
「それはそうだ。随分と前にお引き取り願ったからな」
「どういうことだ? その言い方だとお前が店主も含めて客を全員帰したように聞こえるんだが」
「聞こえるも何も、その通りさ。邪魔くさいんで店の中にいた奴らには消えてもらった」
他の面子が段々と起き出してくる。
目が覚めてすぐには状況を理解できないようだが、まぁすぐに頭もハッキリとするだろう。
「邪魔とはどういう意味だ。店主と客をどうした」
質問ではなく詰問の語調でアディンは俺に話しかけてくる。
「どうしたと言われてもな。一体どうしたと思う? お前らは店主と客が無事だと思うか?」
無事に決まってるんだがな。
わざわざ皆殺しにするような趣味はないんで、『ヴァルナ』の術式を使って帰宅させただけだ。
ルールを定めるだけで、ルールに違反した奴を問答無用で人間を即死させることが出来るんだから、同じように問答無用で家に帰すってこともできる。ついでに俺が何かしたという記憶も忘れるようにルールを定めて、違反したら忘れるようにもしているんで、何があったかを知るものもいない。
「貴様、まさか!?」
「おい、どういうことだよ。何が起きてんだ?」
白翼の剣の他のメンバーも意識がハッキリし状況を理解してきたのか困惑を隠せていない。
「何が目的なの? 事と次第によってはいい男相手でも容赦しないけど」
リエルが杖を構えて戦闘態勢を取っている。
いつでも魔法を放ち、俺を攻撃できるという意思表示もあるんだろう。
「目的か。まぁ、簡単に言えばお前らと喧嘩がしたいというだけだな。喧嘩に収まらない範囲でも良いんだけどよ。とはいっても、それはお前らが困るかもしれないから、範囲はそっちで決めてくれて構わない」
「答えになっていません。どうして私たちと戦いたいのかその理由を聞いているのですが」
エルナは俺に対して刺すような視線を向けながら尋ねてきた。
なるほど、理由が無きゃ戦えないって奴らということか。俺とは全く逆だな。
なるべくなら、そういう考えも尊重してやりたいんだが、それは俺の都合とバッティングしない場合に限る。
「それはお前らがそれなりに強いからで。更に言うなら強い奴らと戦うのに理由がいるのか? 俺はいらないと思っているからお前らに喧嘩を売っているわけだ」
「そんなことのために店の人たちを殺したのか。そんな無益なことのために」
「価値観の相違って奴だな。お前らにとっては無益なことでも、俺にとっては有益なんだよ。あと、言っておくが本当に無益なことなんかはこの世には無いぜ。無益とされる大概のことは、人生という限られた時間を過ごす中で、かけた時間に対してリターンが見合わないものだってだけだ」
まぁ、こいつらには関係ない話だよな。
こいつらはどんなに頑張っても限られた時間を生きるしかないんで、無益有益で判断して時間の浪費を避けなければならない運命だ。その点は俺と明らかに違うから、価値観が異なっても仕方がない。
「アディン、店にいた人たちのことは心配だけど、一旦ここから出た方が良いわ。なんか、この店の中すごく良くない気配がするの」
流石は魔導士ってやつだな。どうやらリエルは気づいたようだ。
だが、ちょっと読みが甘い。嫌な気配はするだろうが、直接的に害を与える物じゃあないんだよな。
「結界が張られているのか?」
「おそらくは……」
アディンの問いかけに頷きながらリエルは魔法で火球を生み出すと店の入り口に向けてそれを放った。
店の外に人がいたらどうするつもりなんだと問い詰めてもやりたいが、まぁ別にいいだろう。どうせ、それが誰かに当たることは無いんだからな。
「な!?」
店の外へと放たれた火球は唐突に掻き消える。
「残念だが、店の外には出られないんだ。出る方法はあるが、まぁ言わなくてもだいたい想像がつくだろう?」
「いつの間にこんな結界を……」
俺の言葉を聞いているのか定かではない様子でリエルが唖然とした様子で何やら呟いている。
「一つ訂正だが、これは結界ではなくて別の系統の術だ。そして、疑問に対する回答だが、これを仕掛ける時間はいくらでもあった」
警戒した様子で俺を見つめてくる白翼の剣の面々に対し、一応であるが説明をしてやることにした。
「お前たちは結構な時間、意識を失っていてな。いくらでも時間はあったんだ。どうして意識を失っていたかも気になるだろう? それも簡単な話で単に毒を盛ったってだけだ」
毒という言葉に反応する白翼の剣の面々だが、心配しなくてもいい。
毒と言っても死ぬような物じゃないからな。だが、それを教えてやる義理もないんで黙っていよう。
「いつの間に――」
「俺が酒を奢っただろう? あの酒に毒を混ぜた。ちなみに、この毒は魔法によるものなんだが、俺の知り合い独自の物でな。俺はこういうのはあまり得意ではないんで、お前たちを眠らせる効果と、後はまぁ御想像にお任せって感じの一つくらいしか効果を発揮しない」
「解毒法はなんだ」
アディンが俺を睨みつけてくる。
恐らくは、致死性のある毒だと思っているんだろう。
そんな毒は俺の趣味じゃないんで使わないが、別にそのことを話してやる必要もない。
「今までの流れから推測できるだろう? 俺はお前たちと喧嘩がしたいって言っていたじゃないか」
「ああ、そうだったな――」
アディンはようやく観念したのか腰の剣に手を掛ける。
俺を倒せば解毒できるし、この店の中からも出られると結論を出したのだろう。
実際その通りなので、問題は無い。ただまぁ、俺を倒すというのがこいつらにとっては一番の問題があるんだがな。
「手加減は出来ないぞ」
「俺は出来るんで、してやってもいいぞ」
俺の言葉に対してアディンの顔にいら立ちが浮かんでくる。
もう少し余裕を持って欲しいものだが、まぁ若いから仕方がないか。
「みんな、注意しろ。こいつは得体が知れない」
アディンが味方に対して注意を促した、その瞬間。
一人が俺に向かって突進してきた。
「ごちゃごちゃウルセェ! とにかくこいつをぶっ殺せば済む話だろうが!」
飛び出してきたのはガドーだった。
ガドーは俺に向かって突進しながら、得物の両手斧を振りかぶり全力で俺の額に叩き込んだ。
その次の瞬間、ガドーの表情が驚愕に歪む。まぁ、当然だろう、頭に斧の直撃をマトモに食らって傷一つ与えることが出来ないんだからな。
俺は俺にかすり傷も与えることが出来ずに額に触れているだけの斧の刃を指でどかす。すると、ガドーは体格からは想像もできない豹のような軽やかな身のこなしで俺から遠ざかった。
「いきなり襲い掛かる奴があるかよ」
別に襲い掛かることは悪くない。攻撃されて当然のことをしているんだからな。
だが、いきなりは良くないな。卑怯とかそういうんじゃなく、いきなり攻撃されると戦いにならない。
――俺の方が強すぎてな。
「俺はいつも戦う相手に聞くんだが、お前らは俺とどの程度の戦いがしたい?」
俺のちょっとしたルールって奴だ。
戦う相手には可能な限り、こう聞く――
「稽古をつける。手合わせ。喧嘩、倒し合い、殺し合い、そういう細かいのを全部抜きにしたルール無用の戦い。他に希望があるんなら応相談なんだが、どうだ? どれがいい?」
これを聞いておかないと戦いにすらならないからな。
もっとも、素直に答えてくれる奴ばかりじゃないのが難点ではあるが。
――で、当然と言えば当然だが、白翼の剣の面々も素直ではないので、俺の問いにいら立ちを露わにしてエルナが噛みついてきた
「ふざけているんですか?」
「ふざけていないと思っているのか?」
実はそれなりには真面目だぜ?
まぁ、おふざけもそれなりには混じってるがな。
「落ち着けエルナ。奴のペースに呑まれちゃだめだ」
アディンがエルナを窘めつつ、俺のことを鋭い眼差しで睨みつけてくる。
「――安心しろ。俺たちは貴様を殺すつもりはない。おそらくは黒幕がいるんだろうから、それを吐いてもらうぞ」
「殺しは無しな。じゃあ、お互いに相手を倒す程度の力加減ってことで」
そう告げた瞬間、俺の体から一気に力が抜け、俺の強さが白翼の剣の面々にも倒すことが出来る程度まで落ちる。
こうでもしないと戦いにならないんだから仕方がない。
素で戦うと、それこそ蟻を踏みつぶすのと変わらないような作業にしかならない。俺からすればそれは戦いと呼べるようなものではないので、それを避けるために自分の力を極限まで抑える。
舐めプだなんだと言われるが、これは舐めプじゃなくて縛りプレイって奴だ。
蟻を踏みつぶして悦に入るような趣味は俺は持ち合わせてないんで、自分に枷をつけてなるべく相手と対等になるように努めて、退屈な作業にはならないように気を遣っているというわけだ。
「じゃあ、戦るか」
俺の言葉を引き金に白翼の剣の面々は一斉に動き出す。
あまり期待は出来ないが、退屈はさせないで欲しいもんだな――――