目が覚めると……
目を覚ますと異世界だった。
辺りを見回しただけで、ここが異世界であると理解できる。
なぜ、そんなに簡単に異世界だと分かるのかと聞かれたら答えは単純だ。
なぜなら俺が神だからとしか答えようが無い。
自宅の外で目が覚めたら、当然そこは自宅ではないと気づくのと同じくらい簡単なことだ。
自分の治めている世界と違う世界にいることなど考えるまでも無く即座に気付く。
だが、問題はなぜ異世界にいるのかということだ。
記憶があるのは寝る直前の所までで、おそらく寝ている間に異世界に引きずり込まれたのだろう。
これも推測だが引きずり込んだのは異世界を治める神だろう。
あまり大きな声では言えないが俺は大概の神から恨みを買っているので敵には事欠かない。
恨みを晴らすために自分の治める世界に引きずり込んで始末しようと考える神がいてもおかしくはない。
自分の治めている世界ならば、神は全力で力を振るうことが出来るし、引きずり込まれた神は力を制限されるため、有利に戦うことが出来るからだ。
ここしばらく喧嘩を売ってくる相手がいなかったため俺も油断していたようだ。やすやすと異世界に引きずり込まれるというのは、どうしようもない失態だな。
力を制限されているせいで、自分の世界に戻ることも出来ない。こうなった以上はやることは一つだ。
この世界の神を倒して世界の支配権を奪う。それしかない。
俺がこの世界の支配者となれば、力の制限は解除され自分の世界に帰るための力も戻るだろう。
不幸中の幸いと言うべきか、力は制限されていると言っても失ったわけでは無い。
地道にこの世界の神を探して歩き、神を見つけて倒せばそれで済む。
穏便な解決方法もあるのかもしれないが、こんな真似をしたということは俺に対して喧嘩を売ったに他ならない。
そんな舐めた輩に対して、穏便な解決方法などは最初から放棄だ。
さて、そうと決まった以上は動くとするか。
辺りを見回したところ、なんの変哲もない森の中だ。
まずは人里を探す必要があるな。この世界のことを知るためには人伝に話を聞いた方が良いだろう。
俺が本来持っていた、世界のありとあらゆる情報にアクセスする力も制限されている以上、情報は自分の足で集めるしかないからな。
だが、その前にお客のようだ。
森の中であるため生き物の気配はあちこちからするが、その内の一匹が俺の気配に気づいたのか、敵意を持って近づいてくる。
ちょうど良い、言葉が通じるのならば少し話してみるか。通じなければ、その時はその時で対応しよう。敵意の有無などは俺にとっては些細な問題だしな。
――しかし、どうにも不便だな。どうやら情報収集系の力の殆どを制限されているようだ。力が使えれば、気配を読むようなことをしなくても済むのだが、まぁ、そんなことを思っても不毛なだけだな。不自由を楽しむのも悪くはないと思うほうが建設的で良いだろう。
さて、そんなことを考えている内に俺の前に生物が姿を現したわけだが……。
「ニンゲン、ニンゲンダ! ニンゲン、クウ!」
どうにも好きになれない存在が俺の前に姿を現した。
それは人の体に豚の頭部を持った俗に言うオークという生き物だった。
言葉から推測すると、この世界のオークはそれほど知性が高くないように見える。俺の治める世界のオークは生物として、それなりに賢くなるように仕上げているが、この世界ではそういう風には仕上げていないようだ。
まぁ、その辺りは世界を治める神の趣味嗜好の問題なので、俺がどうこう言うものではないだろう。
ただ情報収集をするためには不向きなのが俺にとって面白くないだけだ。とはいえ、ありがたい情報を頂けたわけなので、その点は感謝しよう。
どうやら、俺の姿はこの世界の一般的な人間の物のようだ。
俺の身長180cm半ば体重80kg前後の日本人の姿でもオークからすれば人間として認識される世界ということが分かったのは充分な収穫だろう。
俺の認識にある人間の姿でも問題ないとすれば、割と生きやすい世界のはずだ。とはいえ、人間は捕食される側のようだが、まぁその辺はどうでもいいな。
「ニンゲン! ニンゲン! コロシテ、クウ!」
言葉が通じるということは言語関係の力は制限されていないようなので、おそらくこの世界の人間との会話は問題ないだろう。その点も収穫と言えば収穫か。
さて、僅かではあるが情報収集も出来た。
オークは俺を害するつもりのようだが俺はどうするべきか……。
まぁ、別に殺したところで良心は痛まないので殺しておくか。
目の前のオークには悪いが俺の博愛精神はホモサピエンス的な外見をしているものにしか発揮されない。
よって、オークなどはどうなっても何も思わない。それどころか、発言を聞く限りでは人間を害しているようだから、積極的に始末しても良いとさえ思えてくる。
「では、決まりだ。死んでくれ」
オークが錆びた武器を手に俺に近づいてくる。
頭が食欲に支配されているようで、なんの警戒心も感じられない。
これでは、今の俺がどの程度の力を振るえるか試すこともできなさそうだ。
俺は煩わしくなり、現状で辛うじて使える術式を発動させる。
『天喰星ラーフ』
俺が発動させた術式によって生じた太陽と月すら喰らう漆黒の球体がオークを飲み込み消滅させる。
飲み込んだ範囲は直径五メートルくらいか……。
思ったより力が奪われているようだ。本来であれば数cmくらいまで小型化できるのだが、力が奪われているせいで制御が甘くなっている。
俺の場合、威力を出すことに関しては制限など無い。
『ラーフ』の術式も何も気にせずに放てば数光年の範囲を飲み込み消滅させられるが、迂闊にそういうことをするわけにもいかないので制御をすることに多大な労力を払う必要がある。
そして、その労力を軽減させるための力が奪われている現状では、俺の持つ攻撃術式の大半は一発でも放つとこの世界を崩壊させる可能性があるので使うわけにはいかない。
下手に世界を崩壊させたら、この世界の神が逃亡するかもしれないからだ。直接会って相手を倒さなければ世界の支配権が奪えないため、逃げられたら、俺は崩壊した世界に閉じ込められる可能性がある。それだけは避ける必要があるだろう。
「少しずつ出来ることを確認しなければならないな」
俺は自分の心に行動の指針を刻むために呟く。
大半の術式は使えなくなっているが使える術式はまだ幾つもある。
寝込みを襲われて異世界に転移させられたという情けない身の上だがこれでもそれなりに力はあった方だ。
治める世界は百を超える神○○○○にとっては不可能なことの方が少ない。
「ん? ○○○○……○○○○……。ふむ、そういうことか……」
どうやら名前も封じられているようだ。
この世界の神は随分と入念と言うかなんと言うか……。
神としての名を封じられているということは神が有する権能やら性質を最大限に発揮することが出来ないということだ。
名を知られぬ神に力は無いというのはどの世界においても同じであり、今の状況では俺も自分の権能やら、神として俺が有する性質などを完全に発揮することは出来ない。
まぁ、俺は権能などがなくとも強いので大した問題は無いが。とはいえ、名前が無いのは不便ではある。
仕方ないので、俺が人間だった頃の名前を使うとしようか。
カズキ・リョウ
人間だった頃の名前は問題なく使えるようだ。
神としての名前が使えない以上、この世界ではカズキ・リョウという名前で過ごすしかないな。
さて、多少は状況が分かったことだし、いい加減に動くとしようか。
まずは人里を探す。それが第一だ。
今後の事は人里で話を聞いてから考えるとしよう。
今後の方針をそう決めて、俺は森を出るために歩き始めた。