報われなかった下心。
わたくしは、嵐山にほど近いところの桂川沿いにあるマンションの三階に住んでおります。今回は自宅マンションで起こったわたくしの下心が招いた悲劇をお話ししたいと思います。
その出来事があったのは、休日の午後7時ぐらいでした。自宅リビングでサザエさん症候群と戦いながら「仕事いきたくねぇ」などとテレビを見ながらボットすごしていると、「ピンポーン」と玄関チャイムの鳴る音が聞こえました。同じように隣でゴロゴロしてる嫁が目とあごで、「あんた出てよ」と以心伝心してくるので、宅配か集金なんだろうなぁと思いながら、インターホンに出ると、若い女性の声で「すいません、忙しい時間にお邪魔してます。505号の向井です」とのこと。どうやら同じマンションの住人のようです。なんのようだろうと玄関ドアを開けると「お休み中、申し訳ないです」と甘ったるい声がします。
声の主を確認すると、ばっちりメイクに胸元を強調した上着とミニスカート姿の巨乳の女性が立っておりました。とても、休日である夕方のマンションの玄関口にいるような住人のいでたちではなく、どちらかというと繁華街のキャバクラの店先で立って客寄せパンダしてる方が似合ってる女性なのであります。
わたくしは、下半身にある息子の違和感を覚えながら「どうされましたか?」突然訪ねてこられた向井と言われる女性に聞きます。
「実は、お願いごとがありまして……」と向井さんは、うるうるした瞳でわたくしを見つめながらそう言ってきました。このなんともいえない上目使いの表情を見るだけで「なんでも言うこときいちゃいます」的な気分にされてしまうのが男に生まれた不幸なのでしょうか、すぐに「わたしにできることなら」とどもりながら言ってるのが情けないところであります。まぁ、それで肝心の向井さんのお願いごとなのですが、なんでも彼女は最近、新車を購入されたのです。それで、いざ来週に納車となった時に、とんでもないことに気がつかれてしまったのです。それは、買った車がマンションに備え付けてある三段式立体駐車場の上段以外には入らないのです。というのも、彼女の車は車高の高いワンボックスカーでして立体式車庫の中段と地下部分に潜る形になる下段には車のサイズ的におさまらないのだそうです。そこで、なんとかならないかと、マンションの管理人に相談したところ、上段部分に車を置いてる住人に場所を代わってもらうか、別料金を払って近所の駐車場を借りるしか道はないと言われたのです。無論、わざわざ目の前に車庫があるのに、わざわざ遠くにある駐車場に別料金を払ってまで駐車するってのは愚の骨頂ですので、選択肢は同じマンションの住人に上段駐車の場所を代わってもらうのが正解であります。すぐに管理人に上段駐車してる住人を調べてもらったところ、わたくしが候補の一人となったわけであります。ちなみに、わたしの前にいった住人のところは愛車が彼女と同じ車高の高い車なので無理だったそうで、セダンの車に乗ってるわたくしだと車高に関しては問題なしなので頼んできたって経緯であります。ってことで、向井さんは、さらにうるうるした瞳で「駐車場所の下段と上段を代わっていただけないでしょか?」と哀願されてきたのでありました。
そのとき、わたしくの脳裏では「きたぁー、こんなチャンスめったにないぞー。ここで気前よく代わってやれば、この巨乳女に恩を売ることになるし、これを機会にお近づきになれるじゃないか!」と囁いてきたのであります。そういったわけで、わたくしは嫁さんには一切相談せずに、その場の勢いで「いいですよ、お安い御用です。代わってあげますよ」と満面の笑みを浮かべて返事していたのであります。すると、気のいい返事を聞いた向井さんは、なんとわたくしの手をいきなり握りしめ「ありがとうございます。ほんとに助かります。もし断れたらと思うと……。このお礼はまた日を改めまして――」と喜んでくれたのです。この手を握ってくる積極性からして、彼女の言うところの「またお礼します」ってのに淫らな妄想が繰り広げられるわけなんです。「それじゃ、来週あたり納車されましたら、駐車場のキー交換しましょ」と下半身の息子の暴走と下心を隠しながら、突然の訪問者をお見送りしたのであります。楽しいひと時が終わり、嫁のいるリビングに戻ると、嫁さんが「えらい長かったなぁ、誰やったの?」と聞いてきました。わたくしは、淫らな妄想と巨乳女のことは隠して、嫁さんにつっこまれないように駐車場を代わってあげる旨を報告したのです。なんか、いちゃもんつけてくるのではないかと不安だったのですが、嫁さんは意外にも「うちは別にかまへんよ、車出すのあんたの仕事やから」とみかんをぱくついていました。「しめしめ」なんか嫁さんに文句も言われなかったし「いい感じやん」とその時のわたくしは思っていました。だが、しかし……。このあと駐車場を代わってあげたことによる地獄が待っていようとは思いもよらないわたくしだったのです。
そんな地獄が待ってるとは知らないわたくしは、来るべき「淫らなお礼」を期待しつつ、駐車場交換までの一週間ほどの日々は鼻の下をのばしながら毎日楽しい妄想をしながら暮らしていました。向井さんとはsの間、二、三回ほどエレベーターやエントランスで出くわすこともあり、その都度好意的なあいさつをされますます妄想が膨らむのであります。それでも、一回嫁さんと買い物から帰ってきたときに向井さんに好意的なあいさつをされたときに「あの人誰?」と嫁さんに聞かれたときは、妄想がばれたのじゃないかとどぎまぎしたのですが、さすがに以心伝心の嫁でもわたくしの心の奥深くまでは読めるわけでもなくつっこまれることはなかったのです。
そして、「駐車場を代わってあげる」と言った日から一週間ほど経ち、いよいよ向井さんの車が納車されるときがきました。あの日と同じように休日の夕方に玄関のチャイムが「チンポーン」となりました。いよいよ巨乳女向井さんのお礼の日です。「このあと、ドライブしません?」なんて誘われちゃったりしてとか妄想しながら、玄関のドアを開けると、野太い声で「このたびは、ありがとうございます」とラグビーの五郎丸みたいな男が立っていました。「あれ、巨乳女は?」と目をやると、イケメンラガーマン風の男の背中にもたれかかっているではないじゃないか。「しまった」と思った矢先に、ラガーマン風の男から「つまらないものですが」と菓子折りのお礼を渡されました。あっけにとられてぽかーんとしてると「すいません、それじゃ鍵」と催促される始末です。鍵を渡すとカップルはとっとと二人の愛の巣に戻っていかれれました。しかし、駐車場を交換して淫らな妄想を抱いた代償はこの男つきの強乳女の菓子折りお礼などという甘いものではございませんでした。淫らな妄想を抱いているときには、気がつかなかったのですが、この立体駐車場の下段ってのは、車庫から車を出すのに車庫の仕様上めちゃくちゃ時間かかるのです。上段が1分だとしたら三分はかかります。しかも、時間の問題ならまだ我慢はできるのですが、下段ってのは台風シーズンなどの大雨が降ると、夜中の二時であろうと水没検知のアラームがけたたましくなり、大雨が降ってる中、車を出さないといけないのであります。これは、ほんまに辛いっす。台風シーズンになると、また水没アラームが鳴るのじゃないかと夜もまともに寝れません。おかげで天気予報をこまめに見るのが日課となったほどですわ。そして、このような辛い目にあわした巨乳女の向井さんは、あの交換した日を境に、でくわしてもガン無視状態なのであります。「あぁーほんまだまされた」と恨んでも誰も助けてくれまへん。深夜に大雨のアラームが鳴ってるときに一度嫁さんに愚痴ったら、「ほんま、どあほ」の一言で終了したのでありました。チャンチャン。